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あいさつってすごい

作者: 農家大感謝

 すごいことに気づいた。今日の昼休みにいつものように2組の前を通ったとき、廊下の向こうからアイちゃんが歩いてきた。笑顔がかわいくて、明るいアイちゃん。近くに来たのがうれしくて、何か話しかけようと思ったけど、やけに緊張しちゃって、アイちゃんを笑わせられるような言葉を思いつく前に、通り過ぎてしまった。悔しくて、僕より背の高いアイちゃんの後ろ姿を眺めていたんだけど、その向こう側に先生がいて、「こんにちは」ってあいさつすると、アイちゃんも「こんにちは」って笑って言った。だから思った、僕もアイちゃんにあいさつするだけで、アイちゃんが笑ってくれるんじゃないかって。考えすぎて変な言葉を言うんじゃなくて、ただのあいさつでいいんじゃないかって。明日はがんばって話しかけてみようと思う。


 本番の前に練習が必要だと思って、毎朝校門のまえの横断歩道にいるおばあちゃんを練習台にしてみた。いつもあいさつするけど、いつもよりももっと気持ちを込めて、白髪でしわしわだったけどアイちゃんだと思って、「こんにちは」って言った。おばあちゃん、ちょっとびっくりしてたけど、「こんにちは」って笑ってくれた。アイちゃんがあいさつしてくれたと思うといっぱい人がいたのに、にやにやしちゃいそうだった。でも、その日は結局アイちゃんには会えなかった。昼休みに2組のまえにいっても、放課後、校門でうろうろしてても、アイちゃんはいなかった。これは、もしかすると、まだ練習が足りなかったのかもしれない。もうすこし実力を磨いてからにしなさいと、恋の神様かなんかがいっているのかもしれない。


 昨日のこともあって、気持ちだけじゃなくて、もっと勇気をこめたあいさつをしないとアイちゃんは笑ってくれないんじゃないかと思って、今日はいつも通らない道から学校にいくことにした。先生が行っちゃダメって言ってた、廃工場の脇を通るほうだ。そこは道路もぼろぼろで、車もほとんど通らなくて、まわりの家はお化けがでそうなくらいさびれてて、朝なのにすごく暗く感じた。正直、走りだしたいくらい怖かったけど、この怖さに負けないことこそ、僕に必要な勇気だと思って、なるべくむねを張ってゆっくり歩いた。廃工場のほうを見ると、ぼろぼろなんだけど、奥のほうにきれいめな車が何台かみえて、僕以外にも人がいるんだと、少しだけ安心した。だれもいないから鼻歌でも歌おうかなと思ったとき、いつもみかけるビルが遠くにみえて、ほっとして歩くペースを上げようとした瞬間、横から「わん!」って声がして、しりもちをついた。僕よりちょっと小さいくらいの犬が、すごい目つきで、こっちに向かって「うううっ」ってうなってた。目つきもうなり声もきいたことないくらい怖くて、人生ではじめて食べられるんじゃないかって思った。けど、だからこそ、ここだと思った。思い切り立ち上がって、自分でもびっくりするくらい大きな声で「こんにちはっ!」って、なるべく美しい角度でお辞儀した。そしたら、いかくされてると思ったのか犬が怒ってこっちにとびかかってきたから、僕はなんとか横に飛びのいて、がむしゃらにビルのほうに向かって走った。犬も追いかけてきたから、恐ろしいかけっこになってしまったけど、アイちゃんだと思ったら、アイちゃんが僕を追いかけているみたいで、うれしくて、人もいないからにやにやしながら走った。なんとか生き延びることはできたんだけど、結局その日もアイちゃんには会えなかった。きっと、まだ勇気が足りないのかもしれない。


 そう思って、今日はなんと廃工場の中を突っ切ることにした。怖いけど昨日の道より近道になってると思う。さびた柵の上からよじ登って、敷地に入った。建物の中を通って反対側から出るつもりだったけど、昨日見たような車があったから、人にばれちゃダメだと思ってこっそり通ることにした。入口のドアを開けると、ほこりっぽいような鉄っぽいようなにおいが鼻に入ってきてちょっとむせた。よしがんばるぞと思って、歩き始めたとき、奥のほうに人が見えて、スーツケースのような箱の中身を見せ合ってた。ばれたら怒られると思って、横の道から行こうと思った瞬間、肩をたたかれた。

「だめだよ、ぼく、こんなとこ来たら」

真っ黒な服を着て、僕を六人くらい詰め込めるようなとにかくでかい男がこっちに話しかけていた。

「この辺は人が少ないからいけますよね。売りすか?それとも人質すか?」

「このくらいの坊やが一番高くつく」

でかい男は隣にいる僕を二人くらいしか詰め込めなさそうな若くて細い男としゃべっている。誘拐とか、人身売買のような恐ろしい犯罪の話をしていると理解した。ニュースで見た子供が犯罪に巻き込まれて亡くなった母親の泣き顔を思い出した。もう家に帰れないかもしれない。もしかしたら死んじゃうかもしれない、いや、死ぬよりもっとひどいことをされるかもしれない。怖くて、涙が出そうになる。どうしてこんなことに、どうしてこんなところにきてしまったんだろう。僕はなんてばかなんだ。











 いや、

 違う。


 するべきことを思い出した。アイちゃんのときはもっと緊張するだろうと思ったら、こんなの全く怖くなってきた。一度決めたら、すぐ、うおおおおおおおおおおお

「こんにちは!」

はっきりとした声、素晴らしい角度、そして勇気を詰めたこの思い。よくここまでたどり着きましたね。そんな声が聞こえる。ここまで僕を成長させてくれて、ありがとう。ただただ、感謝を。

「うお!急にしゃべんじゃねえよ!」

でかいほうが殴ってきた。腹に衝撃が走って胃が飛び出そうになる。痛い。でも、これが、アイちゃんだったら。今度は顔をぶたれる。目がちかちかする。でも、アイちゃんなら。痛い。痛いよう。でもそれをこえるくらいうれしいんだ。にやにやが止まらない。

「なんだこいつ気色わりぃ」

ぶつ手が少し緩んだ瞬間、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。きっと今なら、今度こそアイちゃんに。そう思いながら視界が暗くなっていった。



 昼休み、いつものように2組の前に行く。アイちゃんの姿があった。もう大丈夫だ。すれ違う瞬間を待って、よし、いくぞ、うおおおおおおおおおおおおおおおお

「こんにちは!」

「は、はは」

アイちゃんの笑顔がまぶしい。あいさつってすごい。 完




 



 

ほぼ実話

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