第8話「従者に嫉妬する魔女」
――視点:リゼリア・ローゼンブルク
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魔女が嫉妬するなど、あってはならない。
それは感情の堕落であり、理性の敗北。
とりわけ、私のように千の禁呪を制し、王侯貴族すら跪かせる者が――
「……どうして、こんな気分になるのかしらね」
私は書架から魔導書を取り出しながら、静かに息を吐いた。隣の部屋から聞こえる話し声は、今日もまた、私の胸をざわつかせる。
「ルカ、あらまた来てくれたの? 本当にお手伝い上手ねぇ」
「ええ、奥様。リゼリア様には黙っててくださいね」
「ふふ、まぁなんて可愛らしい子……うちの娘にも紹介したいくらいよ」
……近隣の村の未亡人が、最近よく館に来るようになった。
礼儀正しく控えめなその態度に、最初は好感すら覚えていた。
だが、彼女の視線が、毎度ルカを舐めるように追うと気づいてから――
私の中の“魔女”ではなく、“女”が疼き出した。
それが気に入らない。
魔女は、誰にも惑わされるべきではないのに。
「……帰ったのね」
扉が閉まる音がして、私はわざとらしく足音を立てて部屋を出る。
ルカが廊下で、いつもの猫のような笑みを浮かべていた。
「おかえりなさい、リゼリア様」
「……村人と随分と仲がよろしいようで」
「え? ああ、さっきの未亡人さん? ちょっと、茶を出してただけだよ」
「“茶を出してただけ”で、あんなに頬を染めさせるなんて、よほど良い手を持っているのね、あなた」
「あれは……その、リゼリア様が教えてくれた礼儀作法の応用っていうか……」
「応用、ね」
私はルカの胸元に手を伸ばした。黒いシャツのボタンに触れると、彼が少し息を呑むのがわかった。
「なら、その礼儀作法……もう一度、わたくしにも見せてくれる?」
「……今、ここで?」
「不満?」
「……ううん。魔女様が望むなら、何度だって」
私は彼の首元に指を這わせながら、ふっと息を吹きかける。
そして、耳元で囁いた。
「覚えておきなさい、ルカ。あなたのすべては――わたくしのものよ」
その言葉に、彼はまるで鎖をかけられた獣のように微笑んだ。
そう。私は嫉妬などしない。
ただ、“私のもの”を守るだけ。
それがどんなに甘く狂った独占欲でも――魔女は欲望に忠実であるべきなのだから。