第7話「魔女の香りに溺れる朝」
――視点:ルカ
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目覚めた瞬間、世界はまだ夢の中にいた。
魔女の館は朝でも静かで、窓から差す陽光すら、遠慮がちにカーテンの隙間から覗く程度。けれどそんなことは、今の僕にはどうでもよかった。
リゼリア様の香りが、まだ体にまとわりついていたからだ。
昨夜、彼女の唇が触れた。
ほんの少し。なのに、その痺れるような感触は今も残っている。
まるで、肌の奥に“刻印”でもされたかのように――
僕の心も体も、リゼリア様に支配されている。
「……ふふ。おはようございます、リゼリア様」
僕は寝台の上で軽く伸びをして、外套を羽織りながら扉を開けた。向かうのは、いつものあの部屋――
彼女が朝の茶を飲む、東の塔の窓辺。
静かに扉を開けると、彼女はそこにいた。
薄手のローブの下、長い髪をまとめもせず、紅茶の湯気に頬を染めて。
まるで、神秘そのもの。
「……朝から、ずいぶん熱っぽい顔してるわね、ルカ」
「だって、リゼリア様の香りが、まだ残ってるから」
「……っ」
彼女の指が一瞬止まった。けれどすぐに何事もなかったようにティーカップを唇に運ぶ。
その仕草が、たまらなく愛おしい。
僕はゆっくり彼女に近づき、背後からそっと抱きしめた。
肩越しに髪をすくって、その香りを吸い込む。
「リゼリア様って、どうしてこんなにいい匂いがするんだろうね」
「……魔女の秘薬を浴びているからかしら」
「それ、僕にもちょーだい。じゃないと、一日じゅうこうして嗅いでるから」
「……っ、ばか」
リゼリア様の体温が、腕の中でわずかに上がるのを感じる。
普段は決して乱れない彼女が、僕のせいで少しずつ崩れていく。
それが、どうしようもなく、嬉しい。
「リゼリア様」
「なに」
「もう、毒でも呪いでもいいから……もっと、僕を壊して」
「……壊してどうするの」
「あなたのものになれるなら、それでいい」
沈黙。紅茶の香りがほんの少し濃くなる。
そして彼女は、ふとカップを置き、静かに振り向いて言った。
「……壊すのは簡単。でも、本当にわたくしのものになれる覚悟があるの?」
「あるよ。だって、もう僕は――」
彼女の唇が、そっと僕の額に触れた。
その魔女の香りに、僕は完全に溺れた。




