第6話「魔女のくちづけは毒の味」
――視点:リゼリア・ローゼンブルク
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魔女のくちづけは、時に呪いよりも甘く、毒よりも残酷である。
そう教えてくれたのは、かつて私が師事した老魔女だった。
誰かにその唇を許すときは、相手の運命すら狂わせる覚悟でいろと――
私は、火の落ちた暖炉の前で微睡んでいた。ルカは私の膝の上、まるで飼い猫のように、静かに眠っていた。
けれど、その寝息の合間に、時折喉を鳴らすような音が混じる。
まるで甘えているようなその仕草が、どこまでも、罪深い。
「……ルカ」
指先が彼の髪を梳き、頬へと沿う。
起こすつもりはなかった。けれど、彼は目を開けた。あの、獣のような金の瞳で、まっすぐに私を見る。
「ん……リゼリア様」
「目を覚ましたなら、もう部屋に戻りなさい」
「やだ。まだ離れたくない」
猫のくせに、甘い声を出してくる。
もう幾度目になるだろうか、こうして彼に情を乱されるのは。
……なら、試してみるのもいい。
私は彼の頬に手を添え、そっと顔を近づけた。
ルカの瞳がわずかに揺れる。
そして――唇と唇が、ふれる。
ほんの一瞬、淡く、やさしく。
けれど、その一瞬は確かに“毒”だった。
彼の瞳が見開かれ、すぐに熱を帯びる。
「リゼリア……さま……今のは……」
「ただのご褒美よ。今夜は、よくおとなしくしていたから」
「……こんな……毒みたいに甘いくちづけを、ご褒美って言えるの……?」
彼の手が、私の指先に触れた。爪を隠した獣のくせに、触れ方だけは酷く優しい。
「ねぇ、もう一度……して」
「ダメよ。あれは、二度と許されない毒なの」
「それでも、僕は……あなたに喰われたい」
ああ――やはりこの獣は、完全に私の毒に酔った。
私が引き返すべきだったのは、いつだったのだろう。
彼を膝に乗せた夜か、耳を撫でた夜か――それとも、くちづけを交わした、今この瞬間か。
どちらにせよ、もう遅い。
彼も、私も――引き返せるところには、もういない。