第5話「甘やかしてほしい夜」
――視点:ルカ
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魔女の館に戻るころには、夜がすっかり深くなっていた。
暖炉の火が赤々と燃えていて、木の床に揺れる影が、まるで僕たちを誘うようだった。
リゼリア様は外套を脱ぎ、静かにソファに腰を下ろす。その姿はいつも通り冷ややかで、けれどどこか、柔らかい――“僕だけが知っている”表情をしていた。
僕は、たまらなくなって、そっと彼女の足元に膝をついた。
「ねぇ、リゼリア様」
「……なに?」
「今日は、甘やかしてくれない?」
彼女は、一瞬だけ瞬いた。呆れているのか、困っているのか、あるいは……それとももう、慣れてしまったのか。
それでも、拒絶の言葉はなかった。
だから僕は、そっと彼女の膝に頭を預けた。まるで、毛並みのいい黒猫のように。
「……本当にあなたは、手のかかる子ね」
リゼリア様の指先が、僕の髪を梳く。
いつものようにゆっくりと、ていねいに。
けれど今夜は、それだけじゃ足りなかった。
「もっと……撫でて。耳のとこ、さっきみたいに」
「……あれは、特別だったのよ」
「じゃあ、今夜も“特別”にして」
僕は彼女の膝に顔をすり寄せる。頬をなぞる黒髪を指で整えながら、リゼリア様が息をひとつついたのがわかった。
「甘えん坊の獣なんて……本来なら、すぐに躾けるのだけど」
「うん、してもいいよ。だけど今夜は、もっと優しくして。撫でて、抱いて、僕だけを見てて……」
リゼリア様の指が、そっと僕の猫耳をなぞる。ぴくりと反応した耳が揺れて、ぞわっと甘い熱が走る。思わず喉が鳴るのを止められなかった。
「っ……リゼリア様……それ、反則……」
「どこが? ただの撫で方よ」
その声音が、酷く艶やかで、どこか愉しそうで。
今、僕は完全にこの魔女の掌の上にいる。甘やかされ、溺れさせられて――けれど、それがたまらなく幸福だった。
「今夜だけは……子猫として甘やかしてよ」
「……言ったわね。今夜“だけ”よ」
その言葉に、僕は目を閉じた。
この夜が終わらなければいいのに――そう思いながら、リゼリア様の温もりに包まれた。