第4話「魔女と猫の夜の散歩」
――視点:リゼリア・ローゼンブルク
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夜の森は静かだった。雨は上がり、濡れた木々が月光を吸って鈍く光っている。私は外套のフードを深くかぶりながら、館を出た。
そして、すぐに察した。
「……ルカ、ついてきているのは分かっているわよ」
「ばれてたか」
草陰から黒猫の姿がふっと跳ねたかと思うと、すぐに人の姿となったルカが、私の隣に並ぶ。外套も着ておらず、胸元の開いた黒いシャツ一枚。夜の冷気をまるで意に介していない。
「一人で歩くの、危ないからさ」
「わたくしが? 魔女が? 森の中で?」
「そう。だって今の魔女様、ちょっとだけ隙があるから」
「……言葉に気をつけなさい」
そう言いながらも、私の足は止まらなかった。ルカも隣で軽やかに歩く。まるでリードもないくせに、私の歩幅を正確に真似してくる猫のように。
「リゼリア様、手……つないでいい?」
「ダメに決まってるでしょう」
「そっか。でも、言っただけ」
そう言って、ルカは私の外套の裾をそっと摘んだ。まるで、それが精一杯の我慢だと言わんばかりに。
……子どもかと思ったけれど、彼の指先は熱かった。むしろ、私よりずっと熱を持っていた。
「……ルカ」
「なに?」
「あなた、猫じゃないわね」
「……え?」
私は立ち止まって、彼を見た。細められた金の瞳、無防備な姿勢、私のすべてを受け入れようとするその甘さ。けれど、その奥底には、鋭く研ぎ澄まされた野性がある。
「あなたは……飼い猫の顔をしてるけど、本当は猛獣よ」
ルカは笑わなかった。代わりに私の手を取り、そっと指先に口づけた。
「魔女様が望むなら、牙は隠す。けれど……欲しいなら、噛みつくよ」
その言葉に、胸がざわめいた。体が少し熱を持ったのを感じる。
私がいつから、こんなにも彼に“侵されて”いたのか。
気高い魔女などと、人は呼ぶけれど――
この黒猫は、きっと、私の理性をひと噛みで壊す術を知っている。
「……帰りましょう、ルカ。夜が長くなる前に」
「うん。夜が終わる前に、もっと触れたいからね」
言葉と共に、彼の指先が私の手に絡みつく。
繋がれたのは、彼か、私か......。