第3話「雨音と膝枕」
――視点:ルカ
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雨の夜が好きだ。特にこの館で迎える雨は格別だ。
厚い雲が月を隠し、世界を灰色に染めるその静けさのなか、唯一の光として灯る魔女――リゼリア様は、本当に、美しい。
僕は今、彼女の膝の上にいる。
「ルカ、重いのよ。いい加減、どいて」
「ううん。やだ。今夜はこうしていたいんだ」
雨の音に紛れて、甘えた声でささやく。拒まれたらそれまでだけど、彼女はこうして膝を貸してくれる。あまり表情を崩さないのに、指先はやわらかく髪を撫でるから、どんどん欲張りになる。
「……まったく、何が“従者”なのかしら」
「うん、本当は従者なんてどうでもよかったんだ。ただ、あなたの隣にいたかった」
「……」
リゼリア様は黙った。けれど、指が止まらない。僕の髪をすくって、梳いて、撫でて、耳のあたりを優しくなぞる。
そこは――僕が猫耳を出すとき、一番敏感な場所。
「……っあ」
喉から甘い声が漏れた。しまった、と思った時にはもう遅かった。
「……ルカ、今の声はなに?」
リゼリア様の声音が、わずかに艶を帯びた。好奇心が混じるその響きに、背筋がゾクリと震える。
「な、なんでもない。ちょっと、耳がこそばゆくて……」
「耳……? どこが?」
彼女の手が、もう一度そこをなぞる。ぞくり、と熱が走る。猫耳が、じわりと浮かび上がるのがわかった。
「っ、リゼリア様……っ、だめ……そこ、弱い……っ」
「へぇ……じゃあ、もっと触ってあげたら、どうなるのかしら」
目が合った。魔女の紅の瞳が、まるで魔法陣のように妖しく輝いていて――まるで、僕のすべてを試すようだった。
僕は、ぞくぞくと痺れる体を抱えたまま、彼女の膝に甘えて、喉を鳴らす。もう人としてのプライドも、自制心も、とうにない。
「リゼリア様……お願い、撫でて。もっと……僕だけを見てて……」
「……仕方ない子ね」
雨はまだ止まなかった。けれどこの夜、僕は――彼女の膝の上で、永遠に眠ってしまいたいほど幸福だった。