第1話「朝の紅茶と甘える従者」
――視点:ルカ
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魔女の館で迎える朝は、驚くほど静かだ。
鳥のさえずりさえも遠く、ただ銀の食器が触れ合う微かな音と、淹れたての紅茶の香りだけが、この空間にある。
「ルカ。砂糖は入れるの?」
リゼリア様の声音は、冷たい水面のように澄んでいて、それだけで背筋がゾクゾクした。たぶん、普通の人間なら緊張で声も出なくなるだろう。でも、僕は――。
「うん、一杯だけ。魔女様の手ずからなんて、光栄すぎて甘さよりドキドキしちゃうな」
「……そういう口の利き方、どこで覚えたの?」
リゼリア様は眉をひそめたけれど、僕のカップにきちんと角砂糖を落としてくれるあたり、優しさを隠しきれていない。
彼女の指先は白磁のように滑らかで、紅茶のスプーンをつまむその所作一つ一つが、まるで舞踏のように美しい。気高くて、冷たくて、それでもどこか――寂しげだった。
「……魔女様」
「なに?」
「膝、貸してくれる?」
「…………は?」
ごくり、と喉が鳴る音がした。今のは、僕か、それとも彼女か。どちらでもよかった。大事なのは、その瞬間リゼリア様の表情が曇ったこと。たぶん、頭では『なぜそんなことを』と考えていたんだろう。でも心が、言葉の前に反応していた。
「ここ、ほら。椅子より柔らかそうだし、いい匂いするし」
「っ……バカなの? あなたは」
そう言いながらも、リゼリア様は拒絶しなかった。まるで自分の中のどこかに「膝を貸したい」欲望があることを、無意識に肯定してしまったような顔だった。
そして――僕は、彼女の膝に頬を埋めた。
「……ん、あったかい」
「ルカ……調子に乗らないで」
言葉とは裏腹に、指先がそっと僕の髪を梳く。リゼリア様の指は、魔女らしく冷たいかと思いきや、驚くほどやさしくて、やわらかかった。まるで、僕の存在を確かめるように、何度も、何度も。
「僕、しばらくこのままでもいい?」
「……好きにしなさい」
その一言が、あまりにも優しくて、僕の胸に甘い熱が広がる。
――この膝の温もりを、奪われたくない。
ただの従者じゃないと、思わせてみせる。
そのためなら、僕はどんな猫にもなってやる。