番外編「薔薇の鎖」
――視点:ルカ
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リゼリア様の指先は、まるで花弁のように柔らかいのに、時折、棘のような冷たさを帯びる。
その触れ方一つで、僕の身体は簡単に火照り、そして縛られてしまう。
「おいで、ルカ。今日は“忠誠”を試す夜よ」
その声は、月よりも白く、夜よりも甘い毒だった。
僕は逆らえない。
首元の緩いリボンを自らほどき、リゼリア様の前に膝をつく。
目を伏せると、彼女の足音が絹のように近づいてくる。
スカートのすそが僕の指先にかすかに触れたとき、胸の奥が震えた。
「ルカ、あなたは誰のもの?」
耳元に落ちる問いに、僕は迷わず答える。
「……僕は、リゼリア様のものです」
その答えに、彼女は満足そうに微笑んだ。
そして、顎を指先で持ち上げられた。
まっすぐに向けられる真紅の瞳。
その視線にさらされると、僕の中のすべてが晒されてしまう気がする。
「けれど最近、少し調子に乗っていたみたいね。未亡人の手に茶を運んだり……にこにこ微笑んだり……」
「……リゼリア様を害するものか、見定めるためです。そのためなら無垢な少年の仮面でも、被ってみせます。でも……」
「でも?」
「でも……その微笑みの熱は、誰にも向けません。リゼリア様だけにしか……」
そのとき、リゼリア様はふっと笑った。
それは冷たい笑みではなかった。けれど、心を見透かすような微笑みだった。
「なら、その証を見せなさい。――身体で、わたくしに刻みつけて」
その言葉に、僕の背筋が震える。
羞恥と期待がない交ぜになって、身体の芯に火がともるようだった。
彼女の指が、首筋をなぞる。
そこは、契約の紋が刻まれている場所――僕が、彼女の“もの”である証。
「あなたのこの身体、心、欲望……すべてわたくしに差し出して」
「はい……」
触れられるたび、僕の思考は霞んでいく。
快楽の波に飲まれながらも、僕はどこかで抗っている。
完全に溺れてしまいたいのに、ただの獣になりきれない“僕”の一部が、まだ抵抗している。
(違う、これはただの悦びじゃない……これは、“服従”なんだ)
けれど――
「気持ちいい? ルカ。あなたのその震えは、悦び? それとも、恐れ?」
「……わかりません……リゼリア様の声が、指が、全部……僕を、壊しそうで……」
その瞬間、リゼリア様はそっと僕の額にキスを落とした。
それは慰めではなく、完全な支配の印だった。
「いいのよ、壊れて。どうせあなたは、最初からわたくしのものでしょう?」
僕は目を閉じる。
快楽と服従の狭間で、理性と本能が軋む。
だが、抗うことさえ甘くなるほどに――彼女の魔力は、僕を染め上げていく。
ああ、もう逃れられない。
リゼリア様、僕は――あなたに、飼い慣らされてしまった。