第10話「魔女、誘惑に負けかける」
――視点:リゼリア・ローゼンブルク
⸻
男というのは、ときにあまりに無防備で、あまりに無垢で、あまりに甘すぎる。
だからこそ――魔女の理性を蝕む。
「リゼリア様、ほら。ここ、肩のところ、少し張ってる」
「勝手に触らないで」
「でも、我慢できないんだ。こうして、リゼリア様に触れてると……なんていうか、僕の中の“何か”が、喜んでる感じがして」
私の後ろに立つルカの手が、そっと肩に触れる。
指先は熱を帯び、優しく、けれどじわじわと距離を詰めてくる。
肩、首筋、鎖骨――
「……ルカ」
「はい」
「今すぐやめないと、噛むわよ?」
「噛まれてもいい。むしろ噛まれたい」
この従者はどこまで本気なのか。
それとも――私の理性を試しているのか。
私は椅子に座ったまま、彼を見上げた。
彼は俯いて微笑みながら、膝を折って私の足元にしゃがみ込む。
まるで、忠犬のように。
「……僕、リゼリア様の毒がもっとほしい」
「何を言ってるの。これ以上染まったら、あなた……」
「それでも、いい」
躊躇いも、迷いもなかった。
私が与えた毒に、彼は自ら飲み込まれようとしている。
嬉しいのか、怖いのか――もう分からない。
けれど。
「……そう」
私は手を伸ばし、ルカの頬を包む。
「なら、あなたの覚悟を試させて」
「はい、リゼリア様」
彼が差し出した手の甲に、私はそっと唇を落とす。
魔女の呪と、魔女の愛が混じる“刻印”を、そこに刻みつけるために。
唇を離したあと、そこには紅く、妖しく、呪文めいた印が浮かび上がっていた。
「これで、あなたの魂は、わたくしのものよ」
「……うれしい」
瞳が潤み、顔を赤らめたルカの笑みが、あまりにも綺麗で。
私は――今にもその唇に触れたくなってしまった。
いけない。
私は魔女。冷酷で、気高く、誰にも惑わされてはならない。
けれど――
「……今夜は、わたくしの部屋に来なさい」
「え?」
「……呪いの制御について、教えてあげる。直接、身体にね」
ルカの目が見開かれ、すぐに蕩けた。
ああ、また一線を越えてしまう。
けれど、もう止まれない。魔女のくちづけは、一度味わえば――誰も戻れないのだから。