第0話「月下に拾われた少年」
――視点:僕
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僕が“彼女”に出会ったのは、満月の夜だった。
飢えと寒さに耐えかねて、街の外れ、森の中を彷徨っていたとき。
崩れかけた礼拝堂の廃墟で、とうに凍えたような身体を丸めていた――あの夜。
「あなた、何者?」
その声に、意識が引き戻された。
足音もなく現れたその人影は、まるで夜の化身のようだった。
漆黒のマントに、銀の髪。
深紅の瞳が、まるで魂の奥底を見透かすように僕を覗き込んでいた。
「……人間、です。死に損ないの」
「ふうん。どうやら、魔力を少し感じるけれど?」
その瞬間、僕の鼓動が跳ねた。
誰も知らないはずの“それ”を、あっさりと見抜いた女――
この人は、普通じゃない。
魔女だ。おそらく、相当な力を持った。
「なら……いっそ、僕を拾ってくれませんか」
「拾って、どうするの?」
「僕は……あなたに使われるなら、それでいい。食事と寝床さえ与えてくれるなら、命でも、魔力でも、何でも差し出します」
笑われるかと思った。
けれど、彼女は静かに僕を見つめたまま、言った。
「……面白い子ね。まるで猫。媚びて、擦り寄って、でも牙を隠してる」
「そうかもしれません」
「いいわ。気に入った。あなたをわたくしの従者にしてあげる」
その言葉が、僕の世界を変えた。
それまでの凍えるような日々に、終わりが訪れた。
命を懸けるに値する誰か。
その腕の中に、僕は“存在を許される場所”を見つけた。
魔女リゼリア・ローゼンブルク。
この人の傍でなら、命なんて惜しくないと思った。
いや、命なんて。
心も身体も、悦びも快楽も――全部、彼女のものになりたいと願った。
「名前は?」
「ルカ、です」
「今日からあなたは、わたくしの“ルカ”。わたくしに仕えることだけが、あなたの存在する意味」
「……はい。喜んで、リゼリア様」
月の光が、彼女の背に降りていた。
まるで、夜そのものが祝福するかのように。
こうして僕は、魔女の屋敷に“拾われた”。
それがすべての始まり――甘く、淫らで、決して逃れられない運命の始まりだった。