第八話「暴かれゆく秘密と、試される絆」
冬の気配が近づき始めた11月。
結衣の芸能活動は、徐々に再開されていた。
無理のない撮影日数、厳格なアレルゲン管理、そして緋人のサポート——
けれど、穏やかに見えた日常は、ある一つの“投稿”で揺らぎ始める。
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「……これ、何?」
事務所に届いた一本の匿名通報。
そこには、あるSNSアカウントのリンクと、こう記されていた。
「このアイドル、秘密で結婚してるらしいよ。証拠もある」
リンク先には、ファンの誰かがアップした“それらしい”写真。
深夜、結衣がマスク姿で、誰かと手をつないで歩いている——
明確な顔は写っていない。けれど、緋人のシルエットに酷似していた。
マネージャーの声が低く響く。
「今は、まだ“噂”の範囲。でも……事務所としても無視はできない」
「……はい」
結衣は俯き、小さく息を呑んだ。
冷たい汗が背筋を流れる。
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その夜。
結衣はいつものように帰宅したが、緋人の顔を見ると、自然と涙がこぼれた。
「どうした……?」
「……ごめん、私、もしかしたら……バレちゃうかもしれない」
スマホを見せながら、声を震わせる結衣。
緋人は画面を一瞥し、苦々しく唇を噛んだ。
「誰が……」
「わからない。でも、きっとファンの誰か……夜道で、気をつけてたつもりだったのに……」
「……気にするな。結衣は悪くない。俺が、守る」
そう言いながら、緋人はそっと結衣を抱きしめた。
彼女の体温を確かめるように、強く、けれど優しく。
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数日後。
ネットでは「真白結衣・極秘結婚疑惑」の文字が一部で拡散され始めていた。
事務所も緘口令を敷き、結衣は一時的に表舞台から姿を消すことになった。
「私、夢を捨てなきゃいけないのかな……」
ぽつりと漏らした結衣の声に、緋人は首を振る。
「違う。俺たちは、どちらかが犠牲になるような関係じゃない。俺たちは、“選べる”。一緒に」
「でも、緋人くんのファンにまで迷惑かけちゃったら……」
「かけてもいいって言ったら、怒るか?」
「……ちょっとだけ怒る。でも、嬉しいと思う。そんなふうに言ってくれるの、緋人くんだけだから」
緋人は結衣の額にそっと口づけた。
「だったら、信じろ。この手は、離さない」
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その夜、結衣は小さくうなずいた。
震える心の奥に、再び光が差し込む。
まだ秘密は、暴かれていない。
けれど、暴かれたとしても――きっと、ふたりは乗り越えられる。