第六話「秘密を抱えて、二人で歩む学園祭」
夏の終わり、学園祭の準備が校内を騒がせていた。
色とりどりの装飾、汗と笑顔、そして青春の喧騒。
だが、真白結衣と緋人にとっては、少し違った意味を持つ行事だった。
「今年のクラス企画、カフェ形式に決定だって」
そう話しかけてきたのは、同じクラスの友人・真奈だった。
彼女は結衣のアレルギー体質と秘密の結婚のことを知る、数少ない理解者の一人。
「カフェ……材料、空気中の成分、椅子の材質……全部チェックしないと」
結衣は小さく息を吐いた。学園祭は、楽しいだけじゃない。
彼女にとっては、アレルゲンの嵐の中に飛び込むようなもの。
でも——逃げるつもりはなかった。
「手伝えることがあったら言って。無理はしないで、でも、諦めないで」
真奈の言葉が、背中を押す。
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一方、緋人は校内イベントでグループとしてミニライブを行うことになっていた。
その準備と練習で忙しい中、結衣のことが気がかりで仕方なかった。
「どうしてあいつは、無理してまで頑張ろうとするんだろうな……」
楽屋の隅で、ふとこぼした言葉に、メンバーの一人が苦笑する。
「それはお前も同じだよ、緋人。放っておけないんだろ?」
「……ああ。絶対に、守りたいからな」
彼の瞳には、結衣の姿がはっきりと浮かんでいた。
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学園祭当日。
教室には結衣のために、アレルゲンを徹底的に排除した専用スペースが用意されていた。
真奈たちが、夜遅くまで準備をしてくれたものだった。
「ありがとう、みんな……本当に、感謝してる」
結衣は、ぎこちなくも笑顔を見せた。
マスク越しでも伝わるその温かさに、クラスの空気もどこか和らぐ。
そして校庭——
ステージの上で歌う緋人の姿があった。
観客の歓声の中、彼の視線が一瞬、校舎の2階にいる結衣を捉える。
その目に宿った「強さ」と「想い」。
結衣はそれを受け止め、胸に手を当てた。
「大丈夫、私はここにいる。私たちは……一緒に、歩いてる」
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夜、後夜祭のキャンドルの灯りの下。
人目を避けた裏庭で、二人はそっと手を重ねる。
「今日、笑えてたな」
「うん。緋人くんの歌、届いてた。ちゃんと、私の中に」
緋人は小さく息を吸い、言った。
「……俺さ、これからも忙しくなる。結衣の時間を奪っちゃうかもしれない」
「でも、私は逃げないよ。隠れたって、体はついてくる。だったら、ちゃんと向き合って、選びたい。私自身の人生を」
「じゃあ……俺も、そばにいさせて」
そっと、指を絡める。
秘密の結婚生活は、まだ続く。
でもこの日、二人は一歩、確かに「共有できる未来」へ近づいていた。