第五話「崩れゆく均衡と、揺れる想い」
結衣は鏡の前に立ち、ふと自分の頬に浮かぶ微かな赤みを見つけた。
「また……アレルギー反応?」
ここ数日、彼女の体調は不安定だった。
気温の変化、花粉、疲労、そして、心の揺らぎ——
どれが原因かはわからない。ただ、どれも重なっていた。
芸能活動のスケジュールは過密だった。
撮影、イベント、リハーサル。
完璧を求められる世界の中で、彼女は自分の「制限」を押し殺していた。
自宅に戻っても、緋人とはすれ違いが続いていた。
彼は最近、グループ活動と個人仕事の両方で忙しく、家に帰るのは深夜。
朝も顔を合わせることが減っていた。
「……緋人くんは、気づいてくれてるのかな」
そう呟いた時、頭がふらつき、視界がぐにゃりと歪む。
重くなった身体をベッドに預けると、胸の奥がかすかに苦しかった。
⸻
数時間後、結衣は病院のベッドにいた。
意識を失って倒れたところを、マネージャーに発見されたらしい。
「結衣!」
駆けつけた緋人の声に、結衣はまぶたを開けた。
見慣れた彼の顔。けれど、どこか、遠い。
「ごめん、また心配かけて……」
緋人は、唇を噛みしめていた。
「違う。俺が気づいてなきゃいけなかった。……一緒に暮らしてるのに、何も見えてなかった」
その声は、怒りではなく、悔しさに満ちていた。
「緋人くん……」
「君のそばにいるって決めたのに……俺、守れてない」
その言葉に、結衣の胸がきゅっと締めつけられる。
心配をかけたくなくて、無理をしていた。
でもそれは、緋人の想いを裏切ることでもあったのかもしれない。
⸻
翌日。
医師から「しばらく芸能活動を休止した方がいい」と告げられた結衣は、迷っていた。
芸能の世界に立ち続けること。
大切な人と一緒に生きること。
その二つが、両立できるのかどうか。
結衣の目には、決意と不安が交錯していた。
そしてその手を、緋人がそっと握った。
「全部を守るのは難しい。でも、俺が傍にいる。絶対に、離れない」
その言葉は、どんな薬よりも結衣の心を温めた。