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100ものアレルギーを持つ女   作者: AQUARIUM【RIKUYA】
第1章:高校編
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第2話 「白い粒と、ほどけない絆」


桜の花びらが風に舞う昼休み。

教室に広がる弁当の匂いに、真白結衣は眉をひそめた。


彼女の弁当箱の中には、特製の雑穀クラッカーと、アレルギー専門医が処方した栄養ゼリー。そして、体に触れるすべての道具は、無菌処理された専用のスプーンとフォークで包まれている。


「……お米、なんてもう十年は口にしてないな」


呟いた言葉に誰も気づく者はいない。

唯一、それを聞いていたのは、斜め後ろの席に座る**逢坂緋人あいさか ひと**ただ一人だった。


彼は気づかぬふりをしながらも、心の奥がざわめくのを止められなかった。



その日の放課後、撮影帰りの緋人は結衣の待つマンションに向かった。

秘密の結婚生活を送る二人は、校外のある一室でだけ、本当の夫婦に戻る。


「ただいま、結衣」


「おかえり。……今日はね、少しだけ無理しちゃった」


そう言って結衣が出したのは、ほんのひと口分の白米が入った茶碗だった。

「お米って、やっぱり……あったかい匂いがするのね」


「まさか……食べたのか?」


結衣は、軽く笑ってうなずいた。


「……子供の頃の記憶、ふっと思い出しちゃって。小さいころ、母が握ってくれたおにぎり。あの時はまだ、発作が起きる前だったから」


緋人の顔が青ざめる。

「今、症状は? 苦しくないか? 病院行こう」


「ううん、大丈夫。吐き気は少しあるけど、アナフィラキシーは出てないから」


その強がる姿が、余計に危うく見えた。

緋人は、結衣の手にそっと手袋越しに触れた。


「俺がいない間に、何かあった? 誰かに言われたのか?」


「……誰にも言われてないよ。ただ、誰にも気づかれてないだけ。私がどんなに怖くても、寂しくても、誰にもバレないように完璧にしてるから」


結衣の声は震えていた。

「でも、緋人だけには……本当の私を見ててほしい。見てくれてるって、信じたいの……」


緋人は深く息を吸い込み、強く答えた。


「信じてるよ。俺は、結衣の全部を知ってるから。

食べられないものも、触れられない痛みも。だから俺にとって、白米が食べられないことなんて、どうでもいい。

俺が食べて、君の前で『美味しい』って笑うから。それで一緒に幸せになろうよ」


結衣の瞳に、涙が浮かんだ。

けれどその涙は、悲しみではなかった。救われた安心の証だった。



その夜、彼女は静かにベッドに横になりながら、緋人の寝息を背中越しに感じていた。


米を口にしたことによる後悔は、あった。

けれど、あの夜、緋人と交わした言葉だけは、宝物のように胸に灯り続けていた。


秘密の結婚生活は続く。

けれどそこには、誰よりも深く、理解し合った二人だけの「安心」が、確かに息づいていた。

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