第十一話(最終話)「春、秘密の扉が開くとき」
卒業式が終わった午後。
淡いピンクの花びらが風に舞い、街はほんのり春色に染まっていた。
「結衣も来るよな? カラオケ打ち上げ!」
クラスメイトの由香が声をかけてきた。
「もちろん。……でも、私、部屋の空気が合うか少し不安で……」
「大丈夫! 禁煙ルーム取ってるし、加湿器も借りといたから!」
「さすが由香……!」
結衣は笑って頷いた。
高校生活の中でできた信頼と友情が、そっと背中を押してくれていた。
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カラオケ店の一室に、十数人のクラスメイトが集まった。
マイクを持った男子たちの熱唱に、歓声と笑い声が絶えない。
緋人は、いつものように静かにソファに座っていたが、結衣が隣に座ると、少しだけ照れたように笑った。
「こういう場所、久しぶり」
「うん。でも……こうやって、皆といられるの、悪くないね」
「……なんなら、一曲歌ってみる?」
結衣は目を丸くした。
「私が?」
「俺が伴奏やる。アカペラで」
冗談交じりの提案に、結衣は小さく笑い、立ち上がった。
「じゃあ……“ありがとう”って気持ち、歌ってみようかな」
部屋が静まり返る。
普段はテレビ越しに見ていた“真白結衣”が、目の前で歌い始めた瞬間だった。
――その声は、透明で、あたたかくて。
何より、ここにいる“友達”のために向けられた本物の歌声だった。
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歌い終わったあと、一瞬の沈黙。そして、盛大な拍手と歓声。
「結衣、すごっ……!」
「これで芸能活動再開とか、もうプロじゃん!」
「いや、もうプロだし!」
「……みんな、ありがとう」
結衣は照れながらも、心からの笑顔を見せた。
その隣には、さりげなく緋人。
彼の手が、そっと彼女の手を握ったのは、誰にも気づかれない小さな“秘密”だった。
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カラオケのあと、二人で夜風に当たりながら歩いて帰る途中。
「今日、なんだか少しだけ……“秘密じゃなくてもいい”って思えた」
結衣がぽつりと呟いた。
「無理して公表しなくてもいい。だけど、必要なときが来たら、ちゃんと話そうって思えたの。怖くないって思えたのは……緋人くんがいてくれたから」
緋人は歩みを止めて、真っすぐ彼女を見つめる。
「じゃあ、いつか“秘密だった僕たち”を、みんなにちゃんと紹介しよう」
「……うん。未来の私たちは、きっと“ふつう”に笑ってる。そう信じられる」
春の夜空に、星が一つまた一つ瞬いていた。
もう、“秘密”の扉は、開かれている。
そしてその先にあるのは、未来という名の、真っ白な日常。
――二人なら、歩いていける。




