第十話「卒業の朝に、君と誓う未来」
三月。
冬の終わりを告げる風が、校舎の窓を揺らしていた。
結衣と緋人が通ったこの高校での時間も、あとわずか。
秘密の結婚生活を続けながら過ごした三年間は、平穏ではなかったけれど——確かに、かけがえのない日々だった。
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卒業式の朝、結衣は制服の襟を整えながら、小さく深呼吸をした。
「この制服、もう着るのも最後か……」
ふと振り向くと、キッチンにはエプロン姿の緋人。
二人は相変わらず秘密を守りながら、同じ屋根の下で暮らしていた。
「お弁当、入れておいた。アレルゲン除いたやつ。あと、あったかいお茶も」
「ありがと……って、卒業式に弁当持ってく人いないよ?」
「式が終わったら、どこか行くだろ? 桜でも見に。だから、お前のお腹が鳴らないようにって思って」
結衣はくすっと笑って、そっと彼の手を握った。
「本当に……優しすぎ。ずるいよ、緋人くん」
「ずっと一緒にいたいって思ってるんだから、当然でしょ」
そう言って微笑む彼の横顔が、結衣の胸にあたたかく染みた。
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卒業式。
校庭に立ち並ぶ生徒たち。
一人一人の名前が呼ばれるたびに、会場に拍手が響く。
緋人の名前が呼ばれたとき、女子の歓声が小さく上がった。
それでも、彼はただ、真っ直ぐ前だけを見ていた。
そして結衣の番が来た時、緋人は誰よりも静かに、そして強く拍手を送った。
それは誰にも知られない、でも確かに通じ合った“夫婦としての拍手”だった。
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式が終わり、校舎の裏で二人は再び顔を合わせた。
人目を避けながらも、今日は特別だった。
「これから、どうする?」
緋人が尋ねる。
「芸能の仕事、もう少し本格的に戻ろうかな。でも、無理はしない。ちゃんと、私のペースで」
「俺も、グループ続けながら……演技の仕事、また増やしたいって思ってる。だけど」
緋人は一歩、彼女に近づいた。
「“秘密”のままじゃ、前に進めない気がするんだ。……この関係も、そろそろちゃんとしたい」
結衣は目を見開いた。
「……籍、入れてるだけで、誰にも言えてないもんね」
「俺さ、もう一度、プロポーズしてもいい?」
その言葉に、結衣の瞳が揺れた。
「今度は、隠さずに。“真白結衣さん。俺と、人生を並んで歩いてくれますか?”」
「……はい。何度でも、そう言うよ。私も、あなたと生きていきたいって」
春の風が吹き抜け、桜の枝がかすかに揺れた。
二人の影は、並んで、まっすぐ伸びていた。




