第九話「遠ざかっていた家族と、交差する想い」
真白結衣が家を出て、東京で一人暮らしを始めたのは、高校進学と芸能活動の両立が理由だった。
けれど、その裏には、家族との確執という“もう一つの理由”があった。
特に母親との関係は、長らく冷え切っていた。
「芸能活動なんて、あんたの身体でできるはずがないでしょう」
「“普通”の生活をしなさい。あんたは、特別なんかじゃないんだから」
病弱だった結衣にとって、家族の“過保護”は、やがて“枷”に変わっていた。
母親の言葉は、彼女を守っていたようで、同時に縛ってもいた。
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そんなある日、マネージャーが言った。
「真白さん。ご実家からお手紙が届いています。……お母様からです」
手渡された封筒。柔らかくも硬質な筆跡。
そこには、短く、そして重い言葉が並んでいた。
「久しぶりに話せないかしら。あなたが今、何を考えているのか、知りたいの」
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緋人は手紙を読んだ結衣の様子にすぐ気づいた。
「会ってくるといいよ。……逃げるだけじゃ、きっと後悔する」
結衣はしばらく黙っていたが、小さくうなずいた。
「うん……向き合ってくる。ちゃんと、“私の選んだ今”を伝える」
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数日後。
帰省した結衣を迎えた母親は、どこか変わっていた。
あの時の厳しさよりも、疲れたような眼差し。
「……ずっと、怒ってたの。あなたが、私の言うことを聞かなくなったことに」
「でも、私、本当は怖かっただけだった。あんたが倒れたら、って」
「私が守らなきゃいけないって、そればっかり考えてた」
静かな居間。結衣は、ゆっくりと口を開いた。
「私も、ずっと不安だった。
でもね、守られてばかりじゃ、私は“私”になれないって思ったの」
「私、誰かの隣に立ちたかった。“される存在”じゃなくて、“選ぶ存在”でいたかったの」
母親は、目に涙を浮かべたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……あんた、ちゃんと強くなったのね」
結衣は目を見開き、そして静かに笑った。
「ううん。強くなれたんじゃなくて……私の弱さを、認めてくれる人が、そばにいてくれるから」
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帰り際、玄関で母親が言った。
「その人……緋人くんって子かしら」
結衣は驚いた顔をした。
「どうして……」
「ネットで少し見ただけよ。私も、少しは柔らかくなったの。心が」
「……ありがと、お母さん」
抱き合うことはなかったけれど。
この日、二人の間にあった長い冬は、静かに解け始めていた。
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夜、東京に戻った結衣は、緋人に抱きついた。
「ただいま」
「おかえり。……笑ってるな、今日は」
「うん。ちゃんと、家族に会ってきた。そしたら、私の中の“誰かに許されたい気持ち”が、少し、ほどけたよ」
緋人は微笑み、言った。
「これでまた、ひとつ“秘密”が減ったな」
「……うん」
その夜、結衣の夢には、母親が泣きながら微笑む姿が出てきた。
そして、それを見守る緋人の瞳は、今まで以上に、あたたかかった。




