幼馴染からの忠告 (レオルド視点)
「いた」
「ん、ルーク?久しぶりだな」
業後、いつものように令嬢たちと談笑していると教室の入り口に幼馴染の1人が立っていた。
周囲の令嬢に断りを入れてからルークに近づくと、いつにも増して冷たい視線を向けられる。
「挨拶はいらない」
「あー…機嫌悪いな。どうした」
彼に何かをした覚えはないし、そもそも会うのは久しぶりなはずだ。
「レオルド、お前に話がある」
「急にか?心当たりが、」
「ロアンナがお前を呼んでいる」
「何?」
ルークは無表情のまま淡々と話を進める。
ロアンナが俺のことを呼んでいるなんてよっぽどのことだろう。
基本的に彼女は穏やかな性格をしており、こんな風に人を呼びつけることなんて滅多にない。
「・・・分かった」
「話が早くて助かるよ。じゃあ行くぞ。鞄を持ってこい」
「学外なのか?」
「ロアンナの家に行く」
それだけ言うとルークは踵を返してしまった。
背中を伝うのは大量の冷や汗。
先程まで俺のそばに集まってきていた令嬢たちにまともに声をかける余裕もなく、鞄を掴んで教室を飛び出した。
「いらっしゃい。待っていたわよ」
ロアンナは私室で優雅に紅茶を飲んでいた。
そして俺の姿を見るなり、向かいのソファーを勧めてきた。
その間にもルークは当たり前のようにロアンナの隣に座る。
「ルーク、レオルドを呼んできてくれてありがとう」
「ロアンナもありがとう。シャルさんは素直に寮に帰ってくれたか?」
「ええ。疑う素振りもなかったわよ」
シャルの名前が出た瞬間、顔を上げてしまった。
俺はシャルの話題にめっぽう弱い。
その自覚は強くあった。
「…シャルに何かあったのか?」
「あら、気になる?」
ロアンナはクスクスと笑う。
昔から思っていたが、ここぞという時に限って食えない女だ。
絶対にミスで情報を開示しないし、読み取らせない。
さすが社交界で生まれ育った令嬢だ。
「失礼なことを考えている余裕があるなら気の利く言葉の1つでも言ってみたらどう?」
「・・・これは失礼した」
「あ、本当に言わないでちょうだいね。人様の婚約者に口説かれる趣味はないから」
そしてまた笑う。
もう諦めよう。どうせ勝てないんだ。
気持ちを切り替えて、素直に聞くことにした。
「俺をここに呼んだ理由を教えてくれないか?」
「そうね。お互いに暇じゃないもの、手短に済ませましょう。来月には学内のパーティーもあることだし」
ロアンナは紅茶を一口飲み、ゆっくりソーサーに置いた。
そして口を開いた。
「あなた、シャルのことを何だと思っているの?」
その言葉には今までロアンナから感じたことがない程の怒りが込められていた。
「シャルを、何って」
「婚約者として、そして1人の人間としてどう思っているのか聞いているの」
ロアンナは俺をじっと見つめる。
その目は真剣そのもので、茶化している様子でも冗談を言っている様子でもなかった。
「…シャルのことは大切に思っているよ」
「ふーん」
「・・・・・・」
「それだけ?」
ロアンナは目を細める。
その視線からは何も読み取ることが出来ない。
「レオルド、シャルは私たちの大切な友達なの」
「知っているよ」
「だから、あの子が辛い思いをするのは嫌なのよ」
ロアンナは目を伏せると続けて呟いた。
「でもね、私たちはあなたの幼馴染でもあるの」
困ったように笑うロアンナに気まずくなる。
「ルークとも話していたのよ。できるだけ私たちから干渉することなく、2人を見守っていようって。でも、手遅れになってからでは遅いじゃない」
「手遅れ…?」
「レオルド、シャルさんはお前が思っているよりずっと強いお人だ」
それまで静かに話を聞いていたルークが口を開いた。
その目は必死に何かを訴えている。
「はっきり言わせてもらうと、本心を隠すのがとても上手い。怖いほど上手だからこそ、ずっと見ていないと彼女の変化にはなかなか気づけない」
「どういうことだ。お前が何を知っているんだよ」
「……本当に何も気づいていないんだな」
ルークの声が低くなった。
彼は目を伏せてため息を吐く。
「彼女は子ガモではない。先を行く人が居なくても十分に歩ける人だ」
「・・・」
「レオルド、早く彼女の手を取らないといつの間にか手が届かないどころか、見えないところへ行ってしまうぞ」
「ルークの言う通りよ。本当に大切にしたいなら早くシャルに向き合いなさい」
2人の真剣な眼差しが俺を射抜く。
でも、その勇気がない。
「レオルド、貴方は何に迷っているの」
ロアンナは静かに問うてきた。
言っていいのか。
__俺が彼女の夢を奪ったことを。
彼女はまさに鳥かごの中の鳥だ。
本当は自由に飛べるはずなのに、その羽を使わせないように閉じ込めている。
彼女は、本当ならば____
「まあ、言いたくないなら言わなくていいわよ。それを聞くのは私たちではないものね」
ロアンナは静かにそう言った。
ハッとなり顔を上げると、ルークが静かに頷いたのが見えた。
「話したいことは以上よ。忠告しておかないと見ていられなかったのよ。呼びつけてごめんなさいね」
「…2人ともありがとう」
「相談したいことがあったらいつでも声かけてくれ」
2人の幼馴染の温かい言葉に感謝しながら、俺は屋敷を後にした。
いつまでも逃げていられない。
ここまで背中を押してもらったんだから、一度シャルと話をしよう。