心配してくれるから言えなかったのよ…
しばらくすると2人は急に声を荒らげ始めた。
「なんで婚約者がいる令嬢が街で1人なのよ!!!」
「え!?」
「どうしてレオルドを連れて来なかったのですか!」
「ルークさんまで!?」
なぜ怒られているのか分からないが、とりあえずこのままカフェで騒ぐのは申し訳ないため、手早く会計を済ませて店を出る。
目的のケーキは食べることができたし満足したのだが、どうして怒られているのだろうか。
「い、一旦落ち着かない?ほら、ベンチ座ろ?」
「じゃあシャルが真ん中ね」
「なんで?」
「逃げられたら困るもの」
そんなこんなで広場のベンチに腰掛ける。
右側にはロアンナ、左側にはルークさんがいて、逃げられそうにない。
ちゃんと思考を読まれていては逃げようもないんだけどさ。
「・・・」
「それで?レオルドさんはどこなの?」
「だからいないってば」
「・・・本当に1人なのですか?」
ルークさんも疑い深い目で私を見る。
そんな目で見られてもいないものはいない。
「本当に1人です。でも大丈夫ですよ、少し前からこんな感じですし」
2人を心配させないように、と笑うも、表情はどんどん険しくなっている。
これはどうしようかな。
「…レオルドの家に行ってくる」
「私もついていく」
「ちょっと待って!!ねえ、2人とも!!!」
同時に立ち上がった2人を慌てて引き止める。
お願いだから大事にしないで欲しい。
「シャル、これは駄目よ。婚約者を1人で出歩かせる男性なんて聞いたことがないわ」
「そうですよ。来月のパーティーのドレスはどうするのですか」
婚約している貴族や令嬢にとってドレスとは、単なる装飾ではない。
彼らにとってドレスとは、相手への愛情を可視化して伝えることができる大切なものなのだ。
だからこそ、ドレスの色やデザインを選ぶ時から婚約者と共に相談しながら決めることが定番とされている。
きっとそのことを言っているのだろう。
「・・・実は、今までレオルドさんと一緒にドレスを選んだことがないので、今更というか、」
「「はぁ!?」」
2人は全く同じリアクションをする。
本当に仲いいな。
「ど、どういう、え、なん、、はあ?」
「ロアンナ、落ち着いて」
「・・・・・・・」
「ルークさんも。顔が怖いですよ。眉間のシワが深すぎます」
「今までのドレスはどうしていたんですか」
「急に完成したドレスが寮に送られてくるんです。で、当日はそのドレスを着るだけなので私に選択の余地はないんですよ」
2人を落ち着かせながら心の中でため息を吐く。
こういう反応になると思ったから今まで黙ってたんだけどな…。
「……仲良くなったんじゃなかったの?」
ロアンナがぼそりと呟いた。
彼女は目一杯に涙を溜めて私のことを見つめる。
「この前、シャルが明るくなったのにはレオルドさんが関係しているって言ってたわよね。てっきり仲が良くなったと思ったのだけれど違ったの?」
「・・・多分、私が明るくなったのはレオルドに見切りをつけて我慢しなくなったからよ」
ロアンナにハンカチを渡しながら、私は続ける。
「ずっと勘違いさせていたのね。気づけなくてごめんなさい」
「…なんでシャルが謝るのよ」
ロアンナはそう言うと、本格的に泣き出してしまった。
食堂で話したあの時、私はレオルドさんを吹っ切ったことを伝えたつもりだった。
でも今思い返せば、仲が良くなったと思われても仕方ない会話だったと思う。
完全に勘違いしていた。
「ルークさん、ロアンナを泣かせてしまってごめんなさい。折角のデートだったのに」
「僕たちのことは気にしないでください。それよりも、レオルドのことを何とかした方がいいですよ」
ルークさんは私を見つめて淡々と言葉を続ける。
「この際だからお聞きしますね。他の令嬢からのあなたへの評価があまり良くないのはご自身でも分かっているでしょう?」
「まあ…そうですね」
レオルドさんの婚約者というだけでも敵意を向けられる。
それ以上に、この扱われ方。
良い噂が流れるはずがない。
「でも正直あんな生ぬるい悪評、私には効きません」
そう、私がここまでタフにやってこれたのには大きな理由がある。
それは過去にこんなものではない、様々な視線に晒された経験があるから。
でも、その全てをここで彼らに言う必要はないだろう。
正直説明が面倒極まりないし、これ以上彼らのデートの邪魔をするのは申し訳なさすぎる。
あと本心としては、
「悪評を無視して得たこの自由な生活をもう少し堪能したってバチは当たらないでしょう?」
挑発するように言ってのければ、彼は若干遠い目をした。
あ、いま手遅れだと思いましたね??
間違ってはいないけれどもう少し隠してくれないかな。
「辛くないんですね?」
「はい」
即答すると本格的頭を抱えられる。
いよいよ呆れの感情を隠す気なくなったな。
「……貴方という人は本当に」
「なんですか」
「貴族ではない、さらには他国出身者ということまで隠していると聞いた時は本当に驚かされましたが、…その度胸はどこで得たのですか」
「さあ?多分、生まれつきなんじゃないですか?」
「……まあ、本当に辛くないのならいいんです。婚約破棄を推奨するわけではありませんが、何かあれば僕らも微力ながら手伝いますのでお声がけください」
「ありがとうございます。頼りにさせてもらいます」
ルークさんは私の返答に満足したのか、ベンチから立ち上がった。
そして未だに涙を拭っているロアンナのそばに行くと、彼女の耳元で何かを囁いた。
私の所からは聞こえなかったのだが、顔を上げたロアンナは子どものような笑みを浮かべている。
「本当に!?」
「ロアンナだって同意見だろ?」
「うん!じゃあ今すぐ行こ!!」
あれ、今何が決まったの?
すっかり涙が止まったロアンナにそれを聞く気にもなれないが気になる。
「あ、あの、」
「ではシャルさん。また学園で」
「じゃあね、シャル!ハンカチは洗って返すわね!」
「それは別にいいんだけど、」
2人は笑顔を浮かべて足早に広場を去っていった。
1人残された私はあまりの早さに唖然としてしまう。
「えぇ・・・」
結局2人が何を話していたのか分からず、モヤモヤした気持ちを抱えながら寮に帰る。
去り際の2人の笑顔にぞっとしてしまったのは気のせいであってほしいと願うばかりだった。