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眼の前の女は自分のことを神だと言った。
頭がおかしいとしか思えない。
「頭がおかしいとしか思えない」
そのまま言ってやった。
こういうバカにはストレートにかましてやったほうが分かりやすいというものだ。
「まぁなんの知識もない凡人からしてみればそのように聞こえるのも無理はないかしら。よくあるやつね、自分の常識が全てだと思って押し付けてくる感じの人? そういう人ってたいてい話が通じないから大嫌いなんだけど」
バカにしようかと思ったら、逆にバカにされてしまった。
なんだかすごく漏らしたい気分になった。
「そんなに怒るなよ。俺の気持ちにもなってみろ、お前の言う通り凡人なんだよ。説明が上手い人ならそんな凡人にも分かるような説明をしてくれるものだと思うけど」
「もちろん、できるだけの言葉は並べるつもりよ。まぁ要するに私は神なのよ、わかった?」
「よく分かったよ。君の頭が悪いということがな。じゃあ僕は今そんなに暇じゃないからこれでおさらばさせてもらうよ、さようなら」
「ちょっと待ちなさい、そんなにあっさり去られたら私が地上に降りてきた意味がないじゃない。あなたの出自を問うわ、あなたは一体何もの?」
俺がどこかに行こうとしたら俺の服を掴んで引き止めてきた。
まじでなんですか、完全にダル絡みされてますわこれ。俺が何者か知ってどうするつもりなんだ? そもそも神とか言ってて頭おかしそうだし関わりたくないんだが。
「なんで俺がわざわざ時間を使って答えないといけないんだ」
「私が気になるからよ。答えさえしてくれればしつこくは迫らないわ。でも私はなかなかにしつこい性格だから、たぶんぐだぐだとした押し問答を続けるよりスパッと答えちゃったほうが結果早いとは思うけど」
なんてやつだ。
やっぱり関わるべきではない人材だ。
「俺は一般人だよ。そして人間だ。一般人であり、人間の男なんだ。名前は正時だ」
「そんな訳ないわ。あなたが草原のど真ん中でよくわからない機械を操作しているのを見たもの。この世界にある機械なんて限られてる。それもこんなリンドの街のような辺鄙なところとは無縁なはずよ。それにその機械を通してなにか話してた。誰? 誰と話してたの? あなたは何者なの、私気になるわ。すごく気になって夜も眠れなくなりそうだわ!」
少女はずいずいーと迫ってくる。
かわいい顔が目の前まで来て、俺は不覚にも少し照れそうになってしまった。照れてはないからな。
「う、うるさいな。俺は旅人だ。遠くからやってきたんだよ。俺が答えられるのはここまでだ。まだ俺はこの世界について何も知らない。知らない上で迂闊に発言するわけにもいかないからな」
「世界……? 今世界って言った? どういうこと? ある説によれば、今私達がいる大地は星になっていて、空の彼方にはたくさんの別の星が存在するっていう話もあるみたいだけど……まさか……」
俺は完全に口を滑らせたようだ。
やばい、あんまり自分のことは他人に話したくなかったのに。俺という存在がこの星にどういう作用をもたらすか分からないんだ。情報もまるでない。ゆえにもっと慎重になるべきだった……
「もういいだろ、俺はこれで去るから。さいならだ」
「ちょっと待ちなさい!」
少女は立ちふさがってきた。
「なんだよ?」
「なにするつもり?」
「いや、こっちのセリフだけど」
「これからどうするつもりなのかって聞いてるの? どこで一体何をするの? どんな目的をあなたは持ってるの? なにかのミッション? それとも野望? 組織絡み? 神を揺るがす存在? それとも」
もうすごかった。プッシュがえげつなかった。俺はこいつから逃げることはできないんじゃないかと、そう確信めいた何かを植え付けられるほどにはすごかった。
「無理! もう無理よ! いいわ、教えてくれないって言うなら別に構わない。ちょうど私も暇してたのよ。あなたに付いていくわ。この私が特別に同行してあげる。神であるこの私がね。どう? すごく光栄でしょ?」
なんでかそういうことになっていた。
意味がわからなかった。
「ふざけるな、俺は当面は一人で生きていくんだよ」
「じゃあ代わりにあなたの目的を教えなさいよ。それを教えてくれないっていうなら別に私がついていくことを容認してもらっても構わないでしょう?」
なんでそういうことになるんだ。やばいだろ、どういう理論だよ。
ああ、もうこれは無理だ。こいつをこれから引き剥がすことにどれだけの神経をすり減らせばいいのかわからない。それはとてつもなく長く不毛な戦いになることだろう。
「はぁ、俺の運もここまでか……」
「天ってすごく暇だったのよね。基本的には外界を見下ろすくらいしかやることもないし。ああ、でもアイスクリーム屋さんとかヨーヨーを売ってる店とかはあるのよ。全然暇つぶしにはなるんだけど、刺激は欲しいじゃないやっぱり?」
俺は転生早々とんでもないやつを引き連れることになってしまったようだ。
まぁどうせすぐに飽きてどっかいくだろ。それまでの辛抱だ。