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「あれ、ここはどこだ……?」
俺は気づけば信じられないような場所にいた。
いや、信じられないというのは嘘だ。
俺は雲の上に立っている。
信じられないというのは嘘だった。
雲の上に立っているのだから、信じられる。
「うむ、目覚めたかボーイよ、どうやら気が動転しておるようじゃの。変なことを考えておるわい」
気づけば眼の前にしわくちゃの爺さんがいた。
どうして生きているのかわからないほどしわくちゃなおじいさんだ。
「そんなことを言うではない、傷つくじゃろうが」
「え、なんで俺様の考えてることがわかるんだ?」
「儂は神なのじゃ。その程度のことお茶の子さいさいじゃわい」
まさか、そんなことができるなんて。
こんなに怖い思いはしたことがない。
俺は震え上がってしまった。震え上がるついでにトイレに行きたくなってしまった。ガチトイレだった。
「ガチトイレはやめんか。ここにトイレはないわい」
「ガチトイレがわかるのか? 爺さんは本当はすごいやつなんだな」
「もともとすごいわい、神なのじゃからな。こほん、そんなくそどうでもいい話をしておる場合ではなくでだな。お主は確か冬地正時という名前じゃったの」
「ど、どうして俺の名前を!?」
「言ったじゃろう儂は神じゃとな。それで正時、お主に今回一つ頼みがあって、わざわざこんな狭間に呼び出したんじゃがな」
すごい、このお爺さんは俺の名前を言い当てた。
俺の名前は極力社会にバレないように秘匿し続けていたというのに。やはり只者ではない、今にも死にそうだから思考能力もかなり低下しているものかと思われたが、頭だけは未だに衰えきってはいないらしい。
「全部聞こえておるからな。まぁよい、お主はなかなか根性がありそうじゃ。普通はこのような一見因果関係のない空間に放り出されれば、わめきや戸惑いを見せてもおかしくないじゃろうからな。やはりお主を選んで正解だったかもしれん」
「何を言っているのかさっぱりだよお爺さん。頼みとか言ってたけど、もしかして死ぬ間際に俺をだきまくらにして死にたいってことなのか? 一緒に棺に入りたいてことなのか?」
「誰がお主など抱き枕にするか、ヘドが出るわい。そうではない、お主に頼みたいことというのはな、とある世界を救ってもらいたいということなんじゃ」
「え? 世界を救う? スーパーヒーロー?」
「まぁ当たらずも遠からずといったところじゃな。お主は地球で死亡したが、まだやれることはある。お主の秘められた力を開放し、別の世界を救うことができる」
あれ、なんか今この爺さんさらっととんでもないことを言わなかったか? 俺が地球で死亡しただと? はは、すごい冗談だ。180点くらいの、すごくいい感じの冗談だよ。久しぶりに笑ったな。
「くっくっく。はーはははははっはっは! 面白い! 面白いお爺さん!」
「な、なんじゃ、急に笑い出すでない! 気が狂っとるのか」
「俺が死んだって言ったよな? でも俺はこうして生きているよ。これをどうやって説明するのかな?」
「説明すると言ってもな、現状を見てくれとしか言いようがないが……」
そう言いながらも、爺さんはどこからか取り出した画面を見せてきた。
ホログラムのような画面が宙に浮いており、それが俺の方についーっと滑ってやってくる。
「なんだよ、最先端を見せつけやがって」
「見てみるがよい、それですべてを理解するじゃろう」
大人しく画面を見てみた。
学校の制服を着た俺が歩いている。
通っていた、かなり偏差値の高い進学校のものだ。
そして、俺が横断歩道に差し掛かった瞬間、どこからか何かがつっこんできて、そのまま画面が途切れた。
「え? なんだ? 何かが今通ったよな?」
「そうじゃ、お主は高校からの帰り道、たまたま路上を走っていたアメリカンバイソンに突っ込まれ、即死したのじゃ」
「嘘でしかないじゃん、嘘つくなよマジで」
常人がとても信じられるような内容ではなかった。
「そうは言っても事実じゃからな。輸送中のトラックから脱走したらしいぞい」
「らしいぞい、ってそんな軽く……はぁ、まぁ仕方ない。そういうことなら仕方ないのかな。まぁ死因はさておき、実は俺もおかしいとは思ってたんだよ。この雲の感じという空の感じといい、どう考えても人智を超越した場所に立っているとしか思えないからな。おーけー、ひとまず話にのろう」
「おお、てっきりただのアホかと思っておったが素晴らしいではないか。よし、ならば事情を説明しよう。実はこの宇宙にはホージェンという世界があるのがな、まぁ聞いたことはないとは思うが、この世界で魔王という存在が現在とんでもないことになっておってな。このままじゃとかなりやばい。ということでお主にこれを討伐してもらいたいんじゃよ」
「うーわ、何かと思えばそんな感じかよ。俺をあまり舐めるなよ? 魔王なんて余裕だぜ」
「ま、まぁ確かに魔王というと少しありきたりというかぞんざいな感じもするが……って、んん? いいのか? こほん、まぁその魔王を倒せるものは限られておってだな。その世界にも勇者と呼ばれる存在はおるんじゃが、どうにも頼りない。このままじゃと世界が滅んでしまうことになりかねんから、この管理者たる儂がテコ入れしてやろうと思うての。魔法の才能のある魂を探しておったんじゃ」
「そこで俺様のとーじょーだぜー! ってことか?」
「うむ。お主の魔法適性は目を疑うほど素晴らしい。他の候補魂と比べてもダントツ中のダントツじゃな。正直年甲斐もなく震えてしもうたくらいじゃわい」
「一緒にトイレいこーぜ!」
「行くわけないじゃろたわけ。まぁ何はともあれお主ならうまくやれるじゃろ。では正時やってくれるな」
「任せてくれ、どうせこれを引き受けないと俺は一生死んだままってオチなんだろ?」
「当然じゃな、魂とは本来静かなる場所で休ませるものじゃ」
はぁ、やれやれ、わかりきってやがるぜ、これはまたやられたな。
というわけでなんやかんやあり俺は異世界へ旅立つことになった。
その先にどれだけの広大かつ壮大な冒険が待っているのか、このときの俺はまだ知らない。