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第一章 16



 ネオンは最後の蝙蝠を捕まえた。

 これで十五回目。タイムもまずまずだと、自分で評価した。生身なら汗が噴き出して、疲れて倒れこむほど動いているのだが、エンプティなのでその問題はない。

 さっきベルさんから連絡があった。少し稽古をつけてくれるそうだ。どういう心境の変化だろう。

 別に励まして欲しかったわけじゃない。

 慰めて欲しかったわけでもない。

 同情なんかされたくもなかった。

 それでも、ベルさんのあっさりと冷めた言葉を聞いたときに、なにかを期待していた自分がいることに気づいた。

 少しだけ惨めな気持ちになった。自分と同じ熱量を持って欲しいとは思わないが、それでも、少しは伝わると、思っていたからだ。

 でも、思い出しただけだ。

 この世界はそうだ。

 全部自分一人でなんとかしなくちゃいけないんだ。誰にも頼れない。私だけの力しかないんだから。

 ここは、昔の日本の住宅街をイメージした第二十レプリカタウンだ。場所は、北海道の田舎にある。冬なら雪が積もるかもしれない。そうか、ベルさんと会って、まだ三カ月しか経っていないのか。

 ここの唯一のステーションから人影が現れた。ピントを合わせると、カジュアルなファッションに身を包んだ、エンプティだった。否。正確には、外見だけでエンプティだと断定できないが、それでも、ステーションから現れるのは、エンプティ以外にいないだろう。生身の人なら、航空機で現れるはずだからだ。

 そのエンプティは識別番号を送ってきた。それを確認して、ダイヴしているのが、ベルさんだとわかった。私も識別番号を送り返して私であることを証明した。

 ベルさんのエンプティはドイツ製のようで、金髪のロングヘアだ。白い肌にブラウンの瞳。ショートパンツにへそを露出したTシャツに黒いジャケットを羽織っている。恐らく、ベルさんが選んだのではなく、初めからそのエンプティが着ていた服装なのだろう。ベルさんは、動きやすい恰好ならわざわざ着替えたりしない。服の色や肌の露出よりも、行動を妨げないかどうかでしか服を選ばない。生身の時は、楽な恰好かどうかが判断基準のようだ。

 ただ、両手と両足が普通ではなかった。両手にボクシングのグローブのようなものを付けている。靴はグローブと同じくらいの厚さのブーツみたいだ。

「バットキャッチをしていたんだ」ベルさんは、私を見て言った。お互いの距離は五メートル。

「はい」私は答えた。恰好について質問したかったが、今は控えた。

「勘違いして欲しくないのは、その方法は間違っていない。というより、確実に上達しているよ。それは一カ月前と動きを比べたら明らかだ。ただ、実戦で通用しなかったのは、経験が乏しかったからだね。……まぁ、その経験が物凄く重要なんだけど。だから、これが終わったら、今まで通りバットキャッチを続ければいい。後は鬼ごっこをしていれば半年後には、本戦の出場者たちも圧倒出来るだろう。世界ランカは無理だろうけど」ベルさんは、体のストレッチをしながら言った。本当に体の筋を伸ばしているのではなく、エンプティの性能を確認しているのだろう。

 私は頷いた。ベルさんの言いたいことが、よくわからない。回りくどい言い方をしているのは明らかだ。

「それで、これから手っ取り早く経験値の差を埋めようと思う。手順をいくつか飛ばすことになるから、難しい要求になると思うけど、形だけは様になるだろう」ベルさんは言った。

「それは、そのグローブとブーツに関係があるのですね?」私は質問した。

「勿論」ベルさんは笑わない。

「それで、どんな特訓なんですか?」

「それより、エンプティの修理代金はどれくらいの見積もりになったの?」

「…どうなんでしょうか?」突然、話が変わったので、一瞬だけ反応が遅れた。「一応保険でなんとかなるはずですけど」

「いや、こういう大会では保険適応外になる例が殆どだよ」

「ですから、予め高い保険料を支払っていました。三日間で百万ほど取られましたが、多分、今回の修理代金はそんな金額では指一つ直せないでしょうから得をしました」

「ああ。なるほど。運がよかったね」

「いえ。出来れば無傷で終えたかったです」

「それはそうだ」ベルさんはほんの一瞬だけ、フッと息を漏らして笑った。

 もしかして、今のは私を心配しての言葉なのだろうか?だとしたら、この先輩はとんでもなく、不器用な人なのだろう。それは、私が何度も感じたことだ。これから行われる特訓も、同じように心配してのことだろうか?

 ほんの少し、嬉しくなった。

 無力感に覆われて、でも、どうしようもなかった。どうすればいいのか、わからなかった。ベルさんは、そんな時に、道を示してくれる。それがどれだけ救われるのか、ベルさんにはわからないだろう。

「それじゃ、始めようか」ベルさんは言った。

「はい」私は返事をした。自分の声に力が入っていることがわかった。

「ネオンは電柱移動とバットキャッチと鬼ごっこを経て、動き自体はホントに良くなった。ただ、実戦経験が皆無だろうから、敵の動きから次の動作が、予測出来ていない。それに、ネオンの攻撃も相手にバレバレだ。あれじゃ、何時間攻撃してもかすりもしないよ。その二つを補う為の訓練を行うんだけど、僕はこの方法しか知らない」ベルさんはグローブに包まれた右手を突き出した。

「このグローブとブーツは衝撃を和らげる役割がある。だから、それなりの力で殴っても、エンプティが壊れることはない。今から、ネオンを攻撃し続ける。ネオンは、それを躱して僕に反撃するのが最終目標だ。ただ、それは無理だろうから、吹き飛ばされた時に、アシストに頼らず、自分で受け身をとること。後は、攻撃を肘から先と膝から先で防御するのに徹すればいい」

「私はグローブを付けなくてもいいんですか?」

「うん。問題ない。一発も当たらないから。それじゃ始めるよ」

 そう言うと、ベルさんは、一瞬で近づいてきた。と思ったら、私ははるか後方に吹き飛ばされていた。壁に激突しそうになったが、アシストが、私の意思に反して、勝手に受け身をとっていた。私は起き上がってベルさんを見た。

「それじゃ駄目だ。自分で飛ばされた先になにがあるかを確認して、受け身をとる。出来れば、両足で着地して、直ぐに次の動作に移る必要がある」ベルさんは、喋りながら接近して来た。

「痛っ」私はベルさんに蹴られて、また吹き飛ばされた。アシストでまた受け身をとった。

 受け身どころじゃない。接近から、攻撃までが早すぎて、なにが起こっているのかわからない。気づいたらソフトが勝手に受け身をとっている。吹き飛ばされた先を見る余裕もない。

 攻撃を躱す?

 可能なら反撃?

 確かにそれは無理そうだ。私は両手を前に構えて、ガード体勢を作ってみた。それは全く意味をなさず、私は空中を舞っていた。

「何度も何度も見ていると段々と目が慣れてくる。吹き飛ばされるのも、体が覚えるだろう。それに、エンプティは、疲れることもないし、痛みもない。だから、集中力だけ切らさなきゃ問題ない」ベルさんは淡々と説明しているが、私はその間に、二回も宙を舞った。

「なにかコツとかってないんですか?」私は必至に早口で言った。そうしないと、次の攻撃が来て、吹き飛ばされることになるからだ。

「ない。経験値っていうのは、こういう場数だと、僕は教えられたし、僕自身もそう思う。そうだね。最終日には、かなり違ってくるだろう。ただ、世界ランカとスパイダと二十チームには勝てないけど」

「これで上達できますか?」

「それは間違いない。今日もあと六時間くらいは出来るだろう」

「えっ?」私は強烈なアッパを顎にくらい、強制的に空を見ていた。両足が地面から浮いている。空中で一回転して着地した。

 なぜか息が切れていた。汗は一滴も出ないのに。

 前言撤回。

 もしかしたら、ベルさんは怒っているのかもしれない。そのストレス発散に、私をサンドバッグにしている可能性を、ほんの少しだけ疑った。


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