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第一章 15


 ベルは、ラムネが作った夕食の中華料理を食べた。どれもとびっきり美味しい、とベルは思った。ベルの向かい側にラムネがいて、隣にネオンが座っている。場所はベルの部屋だ。

 ネオンの部屋はベルの部屋の隣にあり、ラムネの部屋はベルとネオンの部屋と接している。ドアの両側から鍵をかけられるが、三人は、殆ど同居していると表現しても間違いはない。ただ、一日中一緒にいるわけではなく、夕食の時だけ会うことになっている。例外として、仕事をする時や、ケーキを誘われた時などがある。今回のエッグマンはその中でも特殊で、例外中の例外だ。とある目的の為に、理由も言わずに、ネオンに協力して貰ったのだ。付き合いはラムネとの方が長く、実力も彼女の方が上だが、仕事以外のことには非協力的だ。ラムネがエッグマンに参加してくれたら、優勝も楽に出来るだろう。

 食べ終えた後、ラムネは自分と僕の分の食器を下げて、ラムネの部屋に入って行った。

 ネオンがコーヒーを二人分淹れてラムネが座っていた席に座った。

「今日はすみませんでした」ネオンはコーヒーも飲まずに謝った。

「なにが?」ベルはコーヒーを一口飲んだ後にきいた。

「私のせいで、大量のポイントとエッグを失ってしまいました」

「いや、ネオンのせいじゃない。僕のミスだ。第四チームがエンプティサーチアイテムを手に入れているとは思わなかった。それに、相手が第四位なら仕方がない」

「それでも、逃げるべきでした」ネオンは下を向いたまま言った。

「それはそうだろうね。そもそも、格闘の訓練はしていない。基礎と移動手段しか教えていないんだから、第四位に勝てるわけがない」

「はい」ネオンは上目遣いにチラッと見た。「でも、今回のルールならもしかしたらと思ったんですが」

「他の相手なら可能性はあった。ただ、誰も勝てないからラットは四位なんだ。ラッキィパンチが当たるほど、甘くはないよ」

 ネオンは、無言で数秒間見つめてきた後に「はい」と言った。

「ただ、これは遊びなんだから気にする必要はない。エッグをもう一つ所有していたんだから、次のラウンドに進むことが出来た。ナイフも奪っているから、最悪の状態ではない」

「でも、理想ではありませんよね」

「それは間違いないね」

 ネオンがまたこっちを見た。

「イオ、今回のエッグマンの映像をいくつか見せて」僕はイオに言った。

 イオは人工知能だ。僕とは長く一緒にいる。個人情報の殆どがイオに記録されているので、イオより僕に詳しい知性は存在しないだろう。

 イオは、テーブルの上にホログラムで幾つも映した。本来なら、随所に宣伝が入るか、料金を支払わないと見えない映像なのだが、出場者なので自由に見ることが出来る。

 僕の失敗は、序盤に上手く行き過ぎたことだ。運よく敵を発見し、殲滅した後、スムーズに武器屋まで移動することが出来た。理想的な展開だった。開始から五分で武器屋に到着したので、それ以前に来た人物はいないと、たかを括っていたのだ。

 ただ、第四チームは、試合開始と同時に五人に別れた。一人は一直線に武器屋に移動した。そして、遊撃に回った三人の内一人が、敵チームを発見した。敵チームを発見した、その一人がエッグの直ぐ傍にいた一人を排除して、直ぐに、エッグも破壊した。そして、開始から3分で110ポイントを獲得した。

 だが、この時間は、僕が150ポイントを獲得した時間よりも一分遅い。ただ、第四チームの一人は、開始と同時に武器屋に一直線に走っているので、ポイントを獲得した時点で、直ぐに武器屋に入ることが出来た。僕はこの時、エッグを引き渡す為に、カグヤを待っていた。結果として、人の数を有効に利用できた第四チームが先手を取った。僕が到着した時には、既に、武器を購入しており、姿を隠していたのだ。

 例えば、僕があと五分遅れていたら、僕より早く到着したチームの可能性を考慮していただろう。

 一人で出来る限りの最短時間で武器屋に辿り着いた。そして、武器を購入する為には、50ポイント以上は奪わないと、なにも買えないので、他のチームが僕より早く動くことが出来ないと自惚れていたのだ。考えればすぐに思いつくことだった。あの計画に意識が向いていたというのもあるが、それは言い訳にもならない。僕の誤算だ。

 映像で第四チームの動きを見たが、見事なものだった。明らかにプロの動きで、アマチュアとの格の差が映像からもわかる。

 もし、第四チームが武器を購入しているのがわかっていれば、第一ラウンドの動きは大きく変わっていた。対処方法もあっただろう。ただ、もう遅い。

 それに気づけなかった僕の責任だ。今までは、格下ばかりと相手をしていた。だから、圧勝出来たが、今大会には、世界ランカがいるのだ。その当たり前の事実を気づかされる第一ラウンドだった。

 気になっていた第十一チームのピンク・スパイダとブラウン・シュガーの映像を見たが、一切動きがなかった。開始と同時に、ドアと窓しかない部屋に移動して、そこで最後まで時間を潰していた。開始から十五分の時に、第5チームが発見し、接近したが、二人を見て勝負を挑まなかった。僕としては残念だが、第五チームにとっては幸運だっただろう。戦いを挑んでいれば、ブラウンに瞬殺されていたからだ。

 後は、第二十チームも見た。やはり、アミダ(イヴ)の動きは素晴らしいものだ。今大会で更に注目されることになるだろう。スポンサが付いてもおかしくない。どうして、エッグマンに出場したのだろうか?それはわからない。

 ネオンと第四チームの戦闘を見ようとした。映像を選ぼうとすると、ネオンが先に選んでくれた。

「これが一番見やすいです」ネオンが言った。

 僕は、ネオンにおすすめされた映像を見た。ネオンはビルの一室から外を見張っている。第四チームの一人が直ぐ傍の道を歩いているのを、彼女は窓から発見したが、その時既に、建物の周りに第四チームの三人が既にいた。重ねていないサーチアイテムでは、マップ上に点として人物が表示されるので、高低差はわからない。そして、ビルのどの部屋かも正確にはわからないだろう。同じサーチアイテムを二つ以上購入すれば、その精度が上がるのだが、その必要性はあまりないだろう。敵がマントで隠していない限りは。

 第四チームは、こっちが窓から外を見張っていると、知っていたようで、わざと見つかる位置を歩き、動くネオンを別の人物が観察していたのだ。そして、ネオンが僕に連絡をしたのと同時刻に、第四チーム全体にネオンの位置を知らせたのだろう。

 一番初めにやってきたのは、スモーキィ・ラットだった。唯一のドアの出入り口に立ってネオンの逃げ道を阻んだ。ただ、この時点で、窓から外に逃げ出せば、ポイントを失わずに済んだかもしれない。でも、ネオンは、ラットと向き合って戦うことを選んだ。

 二人の実力差は歴然だった。ネオンの攻撃をラットは簡単に避けている。理由としては、ネオンの攻撃モーションが大きいので、次の動きがバレているのだ。予選では通用するだろうが、世界ランカ相手に通用する動きではない。ラットがカグヤではなく、ネオンを狙った理由も、彼女の予選の動きを見ていたからかもしれない。

 勝負はあっという間についてしまいそうだが、なんとそこから、五分間も二人の攻防が続いた。というより、ネオンは明らかに遊ばれていた。ラットが攻撃する部位は、腕や脛など、当たり判定の無いところばかりだった。ラットが動いたのは、第一ラウンドで初めてのことだったので、この二人の攻防は、二億五千万人以上の人がリアルタイムで視聴していた。総再生回数はそれ以上だろう。

 ネオンは、五分間も攻撃を続けた後、ラットによって、両足を潰された。正確には、足首から先が切断されたのだ。なんとか足掻こうとするネオンを、ラットは冷たく見下ろしていた。そして、ネオンの指を踏みつけて、両手も破壊した。最後に、ネオンは、顔を蹴られて壁まで吹き飛ばされた。

 ラットとネオンが戦っている間に、第四チームの一人は、見張りを行い、残り二人でエッグの捜索を行っていた。そして、僕たちの親エッグを見つけていた。ネオンが排除された後に、親エッグも破壊された。

 僕はその間にカグヤの元に向かい、二人でエッグを死守していた。

 エッグの元から離れられなかったし、ネオンからの通信も一切なかった。だから、こんな事態になっていることには、気づかなかった。

 映像を見終わった後、僕はコーヒーを飲んだ。ネオンは黙ったまま、なにも言わない。

「コーヒー飲まないの?」僕は言った。ネオンは一口も飲んでいないので、冷めてしまうのではないかと心配したからだ。彼女は猫舌でもないはずだ。

「えっ。ええ。はい。飲みます」ネオンはカップを持って口に近づけた。

「別に無理に飲まなくていいけど」

 エンプティにダイヴしていれば、手足が切断されようが、腹に風穴が空こうが、痛みを感じることはない。一定以上の痛みはソフト的に切断されるからだ。

 ただ、だからと言って、そういう状況が好ましいわけではない。むしろマイナスの方が大きいと僕は考えている。

 エンプティにダイヴした時は、自分の体を動かすのと変わらないように、つまり、ダイヴしたエンプティが自分の体だと思い込むほど、エンプティのズレや違和感をなくす方がいいと考えているからだ。それは科学的な根拠があるわけではなく、エンプティパイロットとしての僕の経験だ。ネオンにも、そのことを伝えてある。根拠がないので強くは言っていないが、そうじゃないかな、と伝えてはいる。彼女もそれを覚えているはずだが、あの状況では対処のしようがないだろう。

「世界ランカとスパイダと第二十チームとは、戦わないこと。後は今まで通りでいいかな」僕は言った。

「………はい」ネオンは肯定したが、眉間に皺を寄せて、難しそうな顔をしている。明らかに納得していない。

 僕は、溜息をついた。

「逃げていれば、助かったかもしれない。なんの為に、毎日特訓をしていたと思っているの?」

「こういう時に、勝つ為じゃないんですか?」ネオンは訴えるような目で僕を見た。

「世界ランカには、まだ無理だよ。それにまだ実践形式の訓練はやっていない。基礎的なことしか教えていないけど」

「でも、基礎が出来たんだから、応用も出来るかなって思いました」

「基礎っていうのは、そういう意味じゃない。あくまで基礎であって応用にはなり得ない。今後やる実践訓練の時に習得が早くなったり、無駄な動きが少なくなったり、まぁ、そういう意味だよ。土台だけある家と同じだ。壁や屋根があるわけじゃない。それより、どうして第四位で試そうとしたの?それに戦闘の序盤で実力がはっきりしていたと思うけど」

「それは……」ネオンは下を向いてしまった。

「いや。別に攻めているわけじゃない。これは仕事じゃないんだから、気楽にやってもらって構わないんだけど、チームなんだから、ある程度指示には従って欲しいと思っただけだ」

「はい。気を付けます」

「いや、気を付けなくてもいいけど」少し困ったな、と率直に思った。こういうのは柄じゃない。チーム戦が嫌いな理由がここにある。

「ベルさんなら……、ベルさんなら、ラットに勝てますか?」

「無理じゃないかな?」僕は即答した。

「えっ?勝てないですか?」

「うん。だいぶ勘が鈍っていると思う。あんな大物たちが出場するなんて誤算だったし」

「でも、優勝する為には、ぶつかるんじゃないですか?」

「いや、エッグマンは直接戦う必要がないからね」

「うーん。そうですか」

「そうだよ」

「わかりました。今日はもう眠ることにします。先に失礼します」ネオンは一口しか飲んでいないコーヒーをキッチンに下げにいった。キッチンはネオンの部屋とは反対側にあるので、戻ってきた時に彼女の顔を見たが、とても今から眠る人の顔をしていなかった。会釈だけして、ネオンは自分の部屋に入って行った。

 僕はコーヒーを飲んだ。

 今回のエッグマンは仕事ではない。それは僕もネオンもそうだ。ただ、僕の目的の為に、エッグマンが利用出来ると考えたから、僕は出場したのだ。ネオンは、ここ最近、毎日十分だけ稽古をつけている。その息抜きというか、お試しの場として誘ったのだ。勿論、彼女の実力を知っているので、作戦に組み込めると計算した結果だ。

 ただ、仕事の依頼として報酬を出していれば、もっと楽に遂行出来ただろう。少なくとも、ネオンは僕の指示には従ったはずだ。だが、僕の目的と依頼の目的が違うため、彼女に悪い、と思って躊躇ってしまったのだ。

「どういうことだろう?」僕は殆ど独り言のつもりでイオにきいた。

「詳しい理由はわかりません」イオが答えた。想定していた答えと違う答えが返ってきた。

「詳しくない理由はわかるの?」僕は食事用のテーブルからコーヒーを持って、自分のデスクに戻った。ここが僕の定位置だ。

「確率で12パーセントほどですが、演算の結果でそれらしいものがあります」

「へぇ、詳しく教えて」わざとジョークを言った。

「この映像を見てください」端末にさっきのネオンとラットの戦闘シーンが映った。別の角度からの映像だった。さっきのは無音だったが、今回は音声も入っている。まだ、序盤も序盤だ。

 ネオンの攻撃を躱しながら、ラットはなにかを言っている。音声はよく聞き取れない。ネオンも返事をしているが、よく聞こえなかった。

「なんていってるの?」僕はきいた。

「唇の動きから予想するにベルへの侮辱です」

「ぼくの?」意外な言葉だった。秘密の取引でもしているのかと思ったからだ。

「それとネオンの行動の関連性はあるの?」僕はきいた。

「怒ったのではないでしょうか?」

「なにに?」

「ベルを侮辱したことに対してです」

「どうしてそんなことでネオンが起こるの?」

「信頼関係を築いた間柄ではよく見られる傾向です」

「僕とネオンは同じ仕事を何度かした程度の間柄なんじゃないかな?」

「一緒に夕食やおやつを食べています。十分、親しい間柄だと観察されます」

「ああ。なるほど。会話の内容を省いて表面上だけ見ればそうなるかもね」

「それに、一緒にいる時間が長い、というのもあります」

「それで仲良くなったと勘違いした結果、ラットの誘いに乗ったんだ」少し皮肉を混ぜて言った。そんなあからさまな誘いに乗る方が悪い。

「ネオンさんは撤回を要求していました」

「ふーん。そう」僕は映像を見た。

 ネオンの攻撃は全て躱されている。そして、ラットの蹴りで両足首が切断された。見事な蹴りだ。タイミングも動きも完璧だった。何千、何万回と練習したのだろう。

 ネオンは、地面に這いつくばっている。それでも、ラットを睨んでなにかを言っている。その声はラットにしか届いていないが、ラットにも響いていない。

 誰にも届かない叫び。

 それは、ラットがネオンの両手を潰した後も続いた。ネオンは、第四位を睨み続けた。最後に、顔を蹴られて、壁まで吹き飛ばされて排除された。

 …………。

 僕は黒い液体を飲み干した。

「ネオンに、もし、まだ寝ていなくて暇なら、これから稽古をつけてもいいと連絡しておいて」僕はイオに言った。

「ネオンさんはいつものレプリカタウンに一人でいます」

「そう。眠れなかったんだ。カフェインを摂取したからかな?」

「その可能性は1パーセント以下です」


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