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3‐10 僕に、魔法を止める方法を教えてください

 オドゥバーハと、ナデジェ。

 完全装備のふたりは、テムノッタたちを倒しながら僕たちへ近づいてきた。激しい剣戟。踊るような鮮やかな剣舞には見惚れてしまう。


「オドゥバーハ! 回復したのか……?」

「あたしもいるわよ」


 僕の目の前まで来て、じっとオドゥバーハが僕を見下ろしてくる。


「な、なんだよ」


 体格がいいおかげで、若干たじろいでしまう。

 だけどオドゥバーハが次にとった行動は意外なものだった。下げたのだ、頭を。


「疑ってすまなかった」

「……」


 僕はこんな状況だというのに、気がつくと笑みが浮かんでいた。


「オドゥバーハでも、悪いと思うことってあるんだな」

「どういう意味だ」

「オディも反省してるのよ。カナタ、あたしにも謝らせてほしい。攻撃してごめんなさい」


 ナデジェも深く頭を下げてくる。僕は首を横に振った。

 僕にも責任はある。選択を間違え続けた結果が、今の事態を招いている。

 だからこそ収束させなければならない、僕の力で。


「ここはあたしたちに任せて、カナタとサクラはヴォダ様を止めに行って」


 再び現れるテムノッタの集団。

 戦いに慣れているふたりは、攻撃の手を止めずに話しかけてくる。ふたりとも、たくさんの戦いを経て、ここまで強くなったんだ。

 なんて、頼れる背中なんだろう。


「ありがとう、ふたりとも」


 鼻の奥が、つんとした。だけど泣く訳にはいかないので、鼻をすすってごまかす。


「行きましょう、叶汰くん」


 櫻子さんが僕を促した。

 うん、と答えて、僕は右手を空に翳した。指輪に魔法の力が満ちているのが今なら分かる。


「ヴォダさんを止めよう。そして、元の世界を取り戻そう」



 ヴォダさんを見つける頃には、太陽はもう沈んでいた。

 空の裂け目と夜空の境界線は目を凝らさないと見ることができない。タイムリミットは、間もなく訪れようとしている。


「本当に、諦めの悪い子たちだね」

「諦められる訳ないです。僕らが勝ったら世界を元に戻す方法を教えてください」


 ふっ、とヴォダさんの口元に笑みが浮かんだ。


「いいだろう。かかっておいで、坊や」

「行きます!」


 両手を入れ替えながら棒をくるくると回転させ、その反動で自分自身も跳ねる。間合いを詰めて、飛びかかる!


「ぬるいな」


 がっ! 僕の攻撃はいとも簡単に止められてしまう。ヴォダさんの、素手で。


「うわっ!」


 視界がぐるりと回る。投げ飛ばされて、ぶつかる前に棒を使って体勢を立て直す。

 手がじんじんと痺れていた。握って開いてを繰り返して感覚を確かめる。まだだ。まだまだやれる。

 だけど、素手であんな力が出せるなんて、信じられない。


「まだまだ!」


 棒を構える。隣に、櫻子さんが立った。


「わたしのことも忘れないでください。わたしが何と呼ばれているか、知っているでしょう」

「い、戦乙女……」

「そうです。ヴォダ様の企みは、ふたりで止めましょう」


 行きます、と櫻子さんが今度は飛び出す。ブレのない動きに一瞬見惚れ慌てて我に返る。立ち上がる。櫻子さんが右から攻撃するなら、僕は左を狙う。前なら後ろ。目が合うと、どうしたいのかが分かる。体が思う以上に、動く。

 だけど、ヴォダさんの強さは圧倒的だった。


「弱い。弱すぎる。人間は、魔族に比べたら脆すぎるんだよ……」


 ぱき、ん……っ。


「櫻子さんっ!」


 僕が櫻子さんの名前を呼ぶよりも早く、砕け散るのは櫻子さんの聖剣。勢いよく吹っ飛ばされた櫻子さんは、どんどん広がってきているダークグレーのゼリーの上に落ちる。

 ずぶずぶ、と。

 取り込まれていく。櫻子さんが。


「さ、櫻子さん。待ってて、今助けに」

「よそ見をしている暇はないだろう、坊や?」


 その通りだった。僕はヴォダさんに首を掴まれ、持ち上げられてしまう。

 みし、と嫌な音が全身に伝わる。顔が歪む。体が思うように動かせない。手から棒が滑り落ちて地面に落ちた。

 苦しい……っ、息が。だめだ、気を失うな、僕……。




『無様だな』

「……ノーク?」




 最初の出会いと同じ、真っ暗闇の空間に。

 ノークと僕は、向かい合って立っていた。


『何のために修業した。何のために、手に入れた。魔法を。力を』

「守るためだよ。櫻子さんを」

『即答か』


 くくく、とノークが馬鹿にしたように笑ってくる。


『だとしたらこんなところで寝ていてどうする』

「うっ」


 ノークが真っ直ぐ腕を伸ばしてきた。そのまま、僕の心臓の位置に、手が吸い込まれる。


「えっ? えぇっ?」

『力を貸してやる』


 応じるように、鼓動は大きく跳ねる。

 目を見開いて捉えるのは、手放してしまった僕の武器。弾かれたように飛び出して右手の中に取り戻す。


「僕は、あなたを止めます!」


 そのとき、左手にも熱が生まれる。

 中指の黒い指輪が形を変える。銀色の棒だ。足に力を込めて、走り出す。


「新たな武器? 面白い」


 ヴォダさんが手を突き出してきたとき、ぐわぁっと僕の前面から熱が飛び出た。


『確かに、こいつひとりでは無理だろうな』


 高熱を帯びた金属のようにどろりとした塊は――ノークとなって、そのまま銀色の棒をヴォダさんへ向ける。鮮やかな手さばきで回転させた棒の端をヴォダさんの肩に載せ、勢いをつけて背後へと回り込む。

 背後からヴォダさんを貫く、銀色の棒。

 さらに朱色を濃くしたノークの武器から、ぽたぽたと滴り落ちるのは。

 血、だった。


「かはっ」


 ヴォダさんが血を吐きながら両膝をついた。胸から飛び出た切っ先を握ると、ばりんと割れて飛び散った。


『とどめを刺せ』

「えっ、……」


 ヴォダさんの後ろに立つノークの声で、僕はこれが現実だとようやく認識する。


『我にできるのはここまでだ』

「……あ、……」


 声が出ない。足が、手が、かたかたと小刻みに震えていた。

 情けない。この期に及んで、僕は理解できていなかった。ヴォダさんを止めるということが、もはや殺すしかないということだと。

 ヴォダさんの表情に、笑みが戻ってきていた。ただ、それは今までのどれとも違っていた。

 それがさらに、僕に追い打ちをかける。


「……どうやらここまでらしい。私を殺せば、君は英雄だ。そして、新たな悪の誕生でもある」

「ヴォ、ヴォダさん」


「――なんて言うと思ったかい?」


 ヴォダさんと僕の間に風が巻き起こる。


「魔法はかけ終わった。私が死んだとしても計画は止まらない。月はスルンツェ族の聖樹の上に落ち、世界は崩壊する。ははははは! ははははは!」


 どこにそんな力が残っているのか分からないくらいの高笑いの後、ヴォダさんが血の塊を吐いた。前のめりに倒れて、動かない。


「そうだっ、櫻子さんっ」


 駆け寄る。櫻子さんはダークグレーのゼリーに埋まっていた。


『気を失っているな。戦乙女がこれとは、無様なものだ』


 実体を保ちきっていないノークが、僕の隣でどろりと嗤う。


「ノーク。お願いがあるんだ」

『断る』

「まだ何も言っていないじゃないか!」

『貴様の言いたいことなど手に取るように分かる。戦乙女を助けろなどと抜かすのだろう?』

「そうだよ」


 金属みたいなノークを僕は真っ直ぐに見据えた。視線は逸らさない。折れて、たまるか。


『……我も甘くなったものだ。一族の仇を救うなど』


 表情は見えないけれど、苦虫を噛み潰したような言い方だった。


『命は保証しないぞ』


 どろりと融けたノークは、そのまま櫻子さんを包んでゼリーから持ち上げた。


「……ありがとう」


 ぱしっと僕は頬を両手で叩いて気合を入れ、走り出す。

 ヴォダさんはまだわずかに息をしていた。


「うっ、重たい」


 なんとか体を仰向けにすると、僕の手にはべっとりと血がついた。朱く見えたけれど、実際は紫色。ヴォダさんが人間族ではない証だった。

 ゆっくりと瞼が動いて、ヴォダさんの瞳に僕が映った。


「お願いです。月の入れ替えの魔法を、止めてください」

「……無理だと、言っただろう」


 ひゅーひゅーと、肩で息をしながらヴォダさんが答えてくれた。


「それなら、質問を変えます。僕に、魔法を止める方法を教えてください」

「……どうして、そこまでしようとする?」


 正義の味方になりたいのか、と尋ねられているようだった。

 それは、ちょっと違う。


「僕は、共感も、理解も、諦めたくないんです。櫻子さんの正体を知って、ポモッツへ行って、そう思えるようになりました」


 それから、もうひとつ。

 どれだけ理不尽なことがあったとしても。ずっと譲れない、僕の信条だ。


「……若い、な」

「まだ、十六歳ですから」

「ふふ。それは、確かに。ならば、ひとつだけ約束がある」


 ヴォダさんが震えながら手を伸ばして、僕の頬に触れた。ぬるり、と温かな赤紫色が塗られる。


「君がもし世界に絶望することがあれば、今度は君が世界を滅ぼしてほしい。その条件を飲んでくれるなら、魔法を教えよう」


 それは、声ではなかったのかもしれない。直接僕のなかに響いてきた言葉だったのかも、しれない。

 どこまでも、ヴォダさんは僕を悪役にしたいのだ。

 そんなこと、ありえない。だからこそ僕は答えた。


「分かりました」

「……契約完了だ」


 ふふふ、とヴォダさんが力なく笑った。


「三魔族の聖樹の加護を受けた君なら、私なんかよりも遥かに恐ろしい脅威となってくれるだろうな……」

「最期に、ひとつだけ訊いてもいいですか」


 閉じかけていたヴォダさんの瞳がわずかに開く。

 僕が思い浮かべるのは、館に飾られていた青い髪の女性の、肖像画だ。


「ヴォダさんは、奥さんを愛していたんですか?」

「……フヴィエズダ族の聖樹、オルロイの神木。あれに毒を纏わせたのは私だ。誰も聖樹に近づかせないために。妻の尊い犠牲に」


 ずきん、と胸が痛んだ。それが、おそらく、すべてに繋がる理由なのだろう。

 大賢者がそれを認める日は、二度と来ないだろうけれど。


「君の精神に、直接魔法を書き込んだ。発動条件は、私の死だ」

次回、最終話です。

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