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3-9 そうだ。こんなところで怯んでちゃ、だめだ。

 つまり、櫻子さんが説明するには。

 ヴォダさんの国葬に姿を見せないプリテルをふしぎに思い、櫻子さんはオルロイまで行った。

 そして知らされた。ヴォダさんが人間族ではないことを。

 誰も気づいていなかったのだ。ヴォダさんが、魔族であることを。

 さらには、プリテルが、肉親の葬儀でさえオルロイから外に出ることができない理由を。


「プリテルのお母さんは、巫女だったそうです。人間でありながらフヴィエズダ族の聖樹を守るために呪いを受けて亡くなり、その呪いをプリテルも引き継いでいるのだそうです」


 クゥワストを何百年にわたって醸造することができない理由も、呪いの影響だという。

 だからこそ明るみに出せなかった。プリテルは、戦乙女である櫻子さんに相談することに決めた。

 それから櫻子さんは王国の書庫で歴史を調べ、人間の王国の成り立ちにひとつの可能性を見出す。ヴォダさんが、関わっていたかもしれないということを。

 そして、ヴォダさんが爆死した館。

 そこはかつてのヴォダさん一家が住んでいた場所で、彼の遺した『証拠』があったという。


「刃を向けて、ごめんなさい。身勝手かもしれませんが、どうか、ヴォダさんの企みを一緒に止めてもらえませんか」

「も、もちろん。僕はそのために、ここで修行していたんだ」


 弾かれたように櫻子さんが顔を上げた。ようやく視線が合って、どちらともなく口元に笑みを浮かべる。


「ヴルクビリィ様から聞きました。今の叶汰くんに指輪は必要ないかもしれませんが、受け取ってもらえませんか。少しは戦乙女の加護が役に立つかもしれません」


 櫻子さんは、首から提げていた指輪を外して、僕に差し出した。

 僕は迷わず受け取る。


「そんなことない。僕にとって、この指輪は必要なものだよ」


 右手の薬指に銀色の指輪をはめると、冷たいのに温かい感触が戻ってくる。

 ……そのまま指輪を額に当てて目を閉じた。

 力が漲ってくるような、気がした。いいや、気のせいじゃない。

 本当に、漲ってくる……。


『人間ども、準備はできたか』

「モドリー!」


 僕たちを待ち構えるようにして立っていたのはモドリーだ。その後ろにはヴルクビリィもいる。


『もはや大賢者を止めることができるのは、三魔族の聖樹の加護を受けたカナタだけでしょう』

「加護……? 僕が?」


 ヴルクビリィは静かに微笑んでいる。

 確かに、僕は三魔族の聖樹に出合った。そこで、加護を与えられていたというのだろうか。


『大賢者はジェクイへと向かいました。戦乙女よ、彼を支えてあげてください』


 櫻子さんが強く強く首を縦に振った。


「戻りましょう、叶汰くん。わたしたちの世界へ」



 僕たちが戻ってきたのは、葉の生い茂る桜の下だった。

 足元にまだ残っていた光の粒子は、視線を下ろすとゆっくりと散っていった。

 池の水面はおそろしいくらいに静かだった。というか、周りには誰もいなかった。さらには人間だけじゃなく、すべての音が聞こえてこなかった。 


「なんだか、何かがおかしい気がする」

「叶汰くん。あれを見てください」


 すっと櫻子さんが遥か上を指差した。

 彩度低めのオレンジ色。夕焼けに染まった空。

 沈みかけている、小さな太陽。

 それから僕たちに違和感をもたらしつづけた、空の裂け目。それが少しずつ広がって、奥の闇がまるでゼリーのように街へと零れ落ちていた。

 ダークグレーのゼリーは膜のように建物や自然を覆っている。どろりと、少しずつ範囲を広げている……。


「急ぎましょう。まずは、ヴォダさんを見つけなければいけません」


 櫻子さんの言葉ではっと我に返る。顔を見合わせて頷いたとき、頭上から声が降ってきた。


「その必要はないよ」

「ヴォダさん!」


 降ってきたのは声だけじゃない。

 ヴォダさん自身が、ふわりと着物を風で膨らませながら、僕たちの目の前に降り立った。


「やはり、生きていたんですね」

「それはこっちの台詞だよ、坊や」


 ヴォダさんはどこなくうれしそうだ。まだ、僕を悪役にするのを諦めていないということでもある。


「まさかスルンツェ族の元で魔法を得るだなんて思いもしなかった。期待以上だ」

「ヴォダ様……。どうして、こんなことを」


 櫻子さんの声が震えている。いくらプリテルから話を聞いたとはいえ、まだ信じられないようだった。


「あの空の切れ目も、ヴォダさんの仕業ですか」

「大掛かりな魔法だろう? さて、どうなると思う?」


 分かりません、と僕は答える。


「今日はこの世界に定期的に訪れる、『月』の見えない日らしいね」


 どうやらヴォダさんが言っているのは、新月のことらしい。心底ふしぎそうにしている。


「私からしてみれば、おかしな話だ。月はいつも空に存在して、力の源となっている。だとしたら、この世界にも二つ目の月があってもいいと思うんだ。たとえ、この世界にとってそれがアンバランスだったとしても」

「つまり、この世界で二つ目の月を作ろうとしているんですか。ありえません」


 櫻子さんに、僕も同意だ。

 そもそも異世界とこの世界では『月』の意味が違う。二つも月があったら、重力がおかしくなるに違いない。


「ありえないことを成してみせるのからこそ、悲願なのさ。たとえばこの世界で二つ目の月が魔力を孕んでいたらどうだろう? ジェクイがポモッツに干渉することが可能になるのでは?」

「まさか……」


 何かを察した櫻子さんが息を呑んだ。

 優秀な生徒に満足するように、ヴォダさんが両腕を大きく広げる。


「その通り! さらに新たな月は、ポモッツのひとつと交換する。いびつな月はすぐにでも地上に落ちるだろう。たとえば、スルンツェ族の聖樹の上に」


 さらりと言うけれど、とんでもない話だ。

 月が落ちたら聖樹は破壊されるだろうし、その下に広がるレスゼレニーだってただじゃ済まない。当然のようにレスゼレニー以外にだって被害は及ぶだろう。


「そんなことしたらポモッツが崩壊しますよ!」


 ヴォダさんはにやりと口の端を歪ませた。

 いや、それすら気のせいかもしれない。まるで別人のように、無表情で、虚ろな瞳で僕たちを見ている。

 見つめられるだけで冷や汗が流れて、指先が冷たくなっていくようだ。


「君たちはたくさん間違っている」


 僕は、氷のように冷たい声というのを初めて耳にした。体の内側から凍ってしまいそうな感覚に陥る。

 ぎゅ、と何かに手を握られる感触で冷静さを取り戻す。いつだって僕を助けてくれるのは、櫻子さんだ。そうだ。こんなところで怯んでちゃ、だめだ。


「共感も理解も求めてはいない。私が欲しているのは、崩壊と、その後に訪れる――無」


 ヴォダさんは雄弁だった。推理小説で、探偵に罪を暴かれた真犯人が自白するように。


「正義と悪を対立させたいと言ったのは覚えているかい。そこで最終的に私が求めているのは、人間族の聖樹の消滅だ」


 ……つまり。

 ヴォダさんの本当の望みとは、聖樹の消滅なのだ。

 ヴォダさんが右腕を大きく振った。ぐにゃり、と背後の空気が揺らいだ。

 ぶわぁっと僕たちを取り囲むのは無数のテムノッタ。


「話し合いの余地はないということでしょうか」

「そうだね。これは君たちがこの世界に生まれる前から計画していた、私の悲願だから」


 テムノッタが僕たちに迫ってくる。ヴォダさんはくるりと背を向けて、空へと跳ねた。


「待ってください!」


 櫻子さんの制止は当然のように届かない。そして今にも襲い掛かろうとしているテムノッタ。僕はありったけの大声で叫ぶ。


「〈力を貸してくれ、スヴィーターニー〉」


 右手に黒い棒が生まれ、その風圧でテムノッタを薙ぎ払う。

 櫻子さんの表情が驚きに変わった。


「叶汰くん、それは」

「僕の魔法だよ。スルンツェ族の聖樹の下で手に入れた」


 自然と背中合わせになる櫻子さんと僕。


「……男の子って、ずるいです」

「……え?」

「わたしが叶汰くんを守りたかったのに」


 肩越しに櫻子さんをちらりと見る。その手にはいつの間にか聖剣が握られていた。


「〈跪きなさい、コンソーラシオン!〉」


 ぶわぁっ!

 威力が違った。光の武器はいとも簡単にテムノッタたちを蒸発させてしまう。


「さ、流石、櫻子さん。ははは……」

「いえ、まだまだです」


 心なしか櫻子さんの声に怒気がはらまれているような気がする。


「テムノッタは次から次へと生じます。発生源を絶たない限り、ここから進むことはできません」


 説明通り、今度は池からテムノッタが這い出てくる。

 スヴィーターニーを振り回し、振り下ろし、蹴散らす。完全な消耗戦だ。倒しても、倒しても現れるテムノッタ。


「無策でヴォダ様と戦うつもりだったのか?」


 そこへ、呆れ混じりの声が響いた。

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