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3-7 自分で、魔法を得られる? この僕が?

 どちらかというと女性に近い、やわらかな声だった。


『それくらいにしておきなさい。彼の言葉は真実です』

『ヴルクビリィ様! 何故このような境界まで出てこられたのですか』


 青い狼が影を見上げた。


「っ!」


 僕は僕で、影が光を受けて正体を現したので、びっくりしてその場にへたり込んでしまった。

 体育館くらいの大きさの、白い狼。

 青い狼にヴルクビリィ様と呼ばれたということは、この白い狼こそがスルンツェ族の長……。


『この者を迎えに来ました』

「あ、あ、……」


 圧倒されて、声が出ない。


『名前は?』


 堂々とした様で、ヴルクビリィは僕の顔へ鼻先を近づけた。

 僕はぎゅっと拳を握りしめて、自分の胸を叩いた。なんとか、呼吸を取り戻す。息を吸って吐き出した。


「叶汰といいます。ヴルクビリィ様、お願いがあります。僕に魔法を教えてください」



『本来ならば人間ごときのために出てこられるような御方じゃないのだぞ。分かっているのか?』

「わ、分かってるよ……うえぇ」


 青い狼ことモドリーが呆れたように溜め息をついた。人間みたいな仕草だ。

 モドリーの背に乗って、僕は聖樹の幹に到着した。

 乗って、というよりも掴まってと表現した方が近いかもしれない。シートベルトのないジェットコースターに乗ったような気分だ。

 つまり、酔ってしまって気持ち悪い。

 モドリーの警戒を解くためにわざわざ姿を現してくれたヴルクビリィは、今、幹に体を預けてどっしりと座っている。


『本来ならば多種族の争いに干渉しないのが我が一族です。しかし、今回の一件は、月の在り方にもかかわってくるような重大な危険を孕んでいます』

『月の在り方……? こんなひ弱な人間が、ですか』

『あなたは黙っていなさい』


 たしなめられたモドリーがわずかにうなだれる。見ているとまた睨まれたので肩をすくめてみせた。


『カナタ。私があなたのために力になれることは、何もありません』

「えっ」


 思わず声を出してしまうと、ぎろりとモドリーが睨みつけてきた。


『ですが、あなたはこの聖樹の下で過ごすことにより、自らで魔法を見出すことができるようになる筈です。それが、スルンツェ族の聖樹が持つ力だからです』


 ヴルクビリィを、さらに、その上に広がる聖樹を見上げる。

 ざわり、と僕の奥底で何かが震えたような気がした。

 自分で、魔法を得られる? この僕が?


『あなたなら、大丈夫。戦乙女が選んだ人間ですから』

「選んだ、って……」


 突然櫻子さんの話題を出されてどもってしまった。

 ヴルクビリィは優雅に微笑んでいる。大きいけれど、怖くない。威厳があるけれど、それ以上に温かなオーラを纏っていた。


『あぁ、そういえば。勇者は一命をとりとめて、魔法戦士が献身的な看病を続けているそうですよ』

「ナデジェが……? よかった……」


 僕は胸を撫でおろした。鼻の奥が熱くなる。

 オドゥバーハとあんな形で別れたことは気がかりだったけれど、ヴルクビリィがそういうのであれば、きっと大丈夫に違いない。

 次に、ヴルクビリィは予想外の提案をしてきた。


『モドリー。あなたには、カナタと過ごしてもらいます』

『何を言い出すのですか、ヴルクビリィ様! おれがこんな人間と?』


 僕以上に驚いたのはモドリーだ。


『あなたには他種族のことをもっと知ってもらう必要があります。いいですね?』

『……はい……』

『カナタも、いいですね?』

「あっ、はい。よろしく、モドリー」


 モドリーはまだ反論したそうだったけれど、ぐっと堪えたようだった。


『ついてこい、人間』


 モドリーはとぼとぼと歩き出した。人間にたとえるなら、我儘盛りの少年、みたいだ。


『あなただけの魔法が見つかりますように』

「はい、ありがとうございます。がんばってきます」

『オラ! 行くぞ!』


 うかうかしていると、モドリーを見失ってしまいそうだ。僕はヴルクビリィへ頭を下げて、足早にモドリーを追いかけた。


「待ってくれよ。どこへ行くつもりなんだ」

『不本意だが、おれのねぐらへ案内してやる。ヴルクビリィ様から言われたことには逆らえない』


 その言い方があまりにも不本意そうで、思わず吹き出してしまった。

 そしてその反応が不愉快だったようで、モドリーはしばらく言葉を発さなかった。

 ……ふしぎだ。

 戦乙女である櫻子さんや、勇者パーティからは、もはや福山叶汰という人間は魔王に飲み込まれてしまっていると思われている。

 そして、戦乙女たちを欺いて勇者を攻撃し、大賢者ヴォダを殺害したとも。

 絶体絶命、四面楚歌。残された時間だってそんなにない。

 だけど、ちっとも焦っていないんだ。

 ここまで追い込まれたら、逆になんとかなるような気がしてきたのだ。

 いろいろありすぎて危険を察知するセンサーがぶっ壊れてしまったのかもしれない。

 遠回りのように見えて、近道なのだという確信があった。



『着いたぞ』


 立ち止まったモドリーが、突然言葉を発した。


『食べる物は自分で取れ。夜は冷えるから寝床は貸してやる。以上だ』


 さらさらと小川が流れる傍らに、枝で組まれた小屋が経っていた。


「分かった。ありがとう」


 僕はまず、小川に近づく。

 見事な清流だ。しゃがんで、両手で水をすくってみると透き通ってひんやりとしていた。魚が泳いでいるから毒はなさそうだけど、生水がそのまま飲めるかどうかは分からない。

 まるで、小学生のときに行ったキャンプみたいだ。

 ブーツを脱ぐ。袖と裾をまくる。

 ためらうことなく川に入ってみた。鮎のような鱒のような川魚を、上からゆっくり狙って一気に両手で捕まえた。

 ばしゃんっ! 勢いよく水が跳ねる。


「獲れたっ!」


 すると、モドリーが呆気にとられたような表情でこちらを見ていた。


「モドリーも食べるかい? 宿を借りるお礼をさせてくれ」

『あ、あぁ』


 魚すくいで立派な収穫を得て川から上がると、モドリーが近づいてきた。


『お前、変わった奴だな』

「いたって普通の人間だよ」


 まくっていても多少は服が濡れる。掴んで絞ると、水が滴り落ちた。上着は脱いで、川辺に置く。


「因みに、火打石みたいなやつはある? 流石に川魚を生で食べるのは避けたいんだけど」

『それなら簡単なことだ』


 モドリーが突然、吠えた。

 ぼぼっ! 同時に、魚が炎に包まれる。


「待ってくれ! 焦げる、焦げるから! あちちちっ」


 慌てて炎に手を突っ込む。


「……熱く、ない?」

『当然だ。魚だけが燃えるように炎の魔法を放ったのだから』

「すごい……。いや、それはそれとして」


 落ちていた小枝を魚にぶっ刺して、燃えている地面に突き立てた。

 目の前に座ると、ほのかに暖かさを感じる。ぱちぱちと爆ぜる音。段々と、魚の皮が焦げていい香りがしてきた。


『どうした』


 炎の向かいにモドリーが見える。


「いや、火がこわくないのかな、って」

『おれは獣じゃない。誇り高きスルンツェ族だ』

「それは大変失礼しました」


 こんがりと魚の表面が焼けたところで、小枝を地面から引っこ抜く。魚をモドリーへ向けると、器用に小枝から外して自分のものにした。

 僕も僕で、小枝に刺したままの焼き魚を皮ごと頬張る。ぱりっと小気味いい音がして、中からふんわりと芳ばしい香りが立ち昇ってきた。

 もぐもぐと口を動かす。やわらかな川魚の身はあっという間に僕のお腹に収まった。

 空腹が満たされてくると、思考も落ち着いてくるようだった。


 分かった気がする。焦っているんじゃなくて、僕は怒っているんだ。

 他の誰でもない、受け身で来た僕自身に。選択を間違い続けてきた、ことに。

 

 ごろんっ、と足元に何かが転がってきた。


「これは何?」


 モドリーが投げてきたのは、りんごのような見た目をした紫色の果物だった。


『聖樹の実だ。食べろ』

「えっ。聖樹の実だなんて、そもそも食べていいのか?」

『魚の礼だ。それに、この実こそ我が一族の力の源だから、お前の求める物が手に入る助けになるかもしれない』


 実を拾って、まじまじと見つめる。聖樹の実なんて初めて目にした。スルンツェ族のものだけなんだろうか。

 そういえばクゥワストも聖樹の皮を材料にしたって言っていた。

聖樹、食用にしてしまっていいのか。もっと崇めた方がいいんじゃないだろうか。


『要らないなら返せ』

「いやいや、食べるよ。ありがとう。いただきます」


 見た目はりんごだけど、食べ方はみかん。

 やわらかな皮を剥くと、中には房が詰まっていた。……味は、レモンだ。


「酸っぱいけど、美味しいね」

『聖樹の実だからな』


 なんだか、このツンデレな感じがオドゥバーハみたいだ。

 ぷっと吹き出したら、またもや睨まれてしまった。

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