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3-4 喉が詰まって、言葉が出てこない。

 鮮明ではないものの、スマホの中では櫻子さんとナデジェがメジーシュ族を装ったテムノッタたちと戦っていた。三十秒足らずの動画だったけれど、ふたりの強さは誰が見ても明らかだ。


「……マジか……」


 スマホを放り出したくなったものの、なんとか堪えた。


「いつの間に録られていたんでしょう」


 櫻子さんが天を仰ぐ。


「記憶操作はできても、撮られた動画はどうにかできるものなの?」

「やってみないことには、分かりませんが……」

「この世界って不便ねぇ」


 しみじみとナデジェが呟いた。


「とりあえず適当に返事しておくよ。今日はもう、帰ろうか」

「……はい。そうですね」


 櫻子さんが溜め息をつくのは、珍しい。


「ところで、天使って何ですか?」

「さ、さぁ。何だろうな。悪と戦う正義の味方ってことじゃないかな」


 しどろもどろになりながら答えたけれど、櫻子さんは納得してくれたようだ。

 櫻子さんのことを天使と呼んでいることは絶対にバレてはならない。知られた日には、恥ずかしくて死ぬ。

 僕は画面を隠して、メッセージを打った。

 櫻子さんのことについて、絶対に適当な返信はしない。


『全然知らなかった。だけど、すごくかっこいいな』



 家に帰ると、幸い、双子は帰ってきていなかった。

 軽く食事を済ませてシャワーを浴び、スウェットに着替えてベッドに寝転ぶ。しばらく目を閉じていると扉がノックされた。


「おい、叶汰」


 悠の声だ。声のトーンから、扉越しにも僕を気遣っているのが分かる。


「帰ってるんだろ? お前、大丈夫か? ニュース観たぞ」


 高校で謎の爆発が起きた、ということになっているのは僕もネットニュースで確認した。


「大丈夫。体調が悪くて先に帰ってきてたから」

「そうか。未来は日勤だった筈だから、帰ってきたら診てもらえよ」

「うん。分かった。ありがと」


 悠が去っていく足音を確認して、僕はもう一度動画を再生する。櫻子さんたちがテムノッタと戦っている。

 僕は、そこに映っていない。


「……魔王の指輪を確認しなきゃ……」


 考えに考えた結果。僕がすべきことは、それだと思った。

 ただ、そのためにはオドゥバーハに会わないといけないのに、手段も方法も分からない。


「異世界人、めんどくさいな……」


 こつん。

 掃き出し窓に何かが当たって、僕は弾かれるように窓を開けた。


「オドゥバーハ! 今までどこにいたんだよ!」


 窓を開けると、ベランダに立っていたのはオドゥバーハだった。


「話がある。出てこられるか」


 その表情は今までで一番険しい。最初に会ったときのように、僕に対して敵意を向けているように感じるのは気のせいだろうか。


「僕も、オドゥバーハに話がある。ちょっと待って」


 ベランダに出て、外用のサンダルを履く。風は少し湿っていて、雨が降り出しそうなぬるさだった。


「ついてこい」


 ひらりとオドゥバーハは地面へ飛び降りた。一般人の僕に対しての配慮は全くない。オドゥバーハらしいといえば、らしい。

 指輪から黒い棒を取り出して、慎重に地面へと降りた。

 一階のリビングのカーテンは閉まっている。悠はテレビを観ているようだった。

 オドゥバーハは塀をひょいと飛び越えて家の外に出た。僕は音を立てないように門を開けて、追いかける。


 ようやく立ち止まったのは近所の公園だった。

 夜空にはどんよりとした雲と、不自然な裂け目。


「それで、話ってなんだよ? オドゥバーハ」


 振り返ったオドゥバーハは、僕に向かって黒い指輪を突き出した。


「すべてお前の狂言だったんだろう、魔王め!」


「……え……?」


 突然の断言に、思考が追いつかない。


「いきなり何を言い出すんだ。魔王は封印したじゃないか」

「しらを切るのもいい加減にしろ。こちらは証拠を掴んでいるんだ。今まで、よくも俺たちを謀ってくれたな」

「ま、待ってくれ。おかしいのはオドゥバーハの方じゃないのか? お前こそ今までどこにいたんだよ」

「誰にも気づかれないように調べたいことがあったからだ。その結果、カナタの魂は既に魔王に乗っ取られているということが判った。何故なら、ヴォダ様の――」




 ――そのとき、オドゥバーハの後ろで何かが怪しく光った。




 ふわりと揺れる、ロングワンピース。


「やめろ! プラート・シー!」


 振り返ろうとするオドゥバーハ。彼の後ろで剣を振り上げたのは、プラート・シー。

 一瞬なのに、まるでスローモーションのように展開される。


「ノーク様の指輪を返してもらおう。勇者オドゥバーハよ」


 ざしゅっ!


「かはっ」


 袈裟懸けに斬りつけられたオドゥバーハが地面に膝をつく。ころん、と魔王の指輪が地面に落ちた。


「刃には特別な毒を仕込んである。じわじわと心身を蝕み死に至らせる毒だ。救国の勇者もここまでだ」


 ふふっ、とプラート・シーが笑みを零した。


「オドゥバーハ! 大丈夫か!」


 急いで僕はオドゥバーハに駆け寄る。

 ごすっ! ところが、オドゥバーハは僕の頬を殴ってきた。後ろに吹っ飛ばされて、ジャングルジムで背中を打った。じんじんと痛い頬と背中。

 ……それから、心。喉が詰まって、言葉が出てこない。


「毒を受けてもそれだけの力を出せるか。流石だな」


 プラート・シーは感心したように拍手を送る。転がっていった指輪を拾い上げ、プラート・シーは満足そうに笑みを浮かべた。

 彼女の言動すべてが、僕にとって逆効果なのは明らかだった。


「こ……これで……はっきりしたな……」


 肩で息をしながらも、オドゥバーハは僕を睨みつける。


「違う、違うんだ!」

「俺は、お前を、許さな……い……」


 オドゥバーハは最後の力で僕を殴ったようで、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 どさり。土埃が舞い上がる。

 助けたいのに、僕も体が動かない。ゆっくりと、プラート・シーが近づいてくる。


「オディ!」


 大きく心臓が跳ねた。

 オドゥバーハに駆け寄ってきたのは、ナデジェだった。

 最悪だ。最悪すぎる。ナデジェが現れたと、いう、ことは……。


「……オドゥバーハ……。叶汰、くん……」


 櫻子さんも、駆けつけたということだ。

 僕の後ろに立っている。怖くて振り返ることができない。櫻子さんの顔を、見られない。


「カナタ! 信じていたのに、どうして!」


 今にも泣きそうなナデジェ。躊躇うことなく、僕へ弓を向けてくる。


「ま、待ってくれ。話を聞いてくれ!」

「叶汰くん、これは一体、どういうことですか」


 櫻子さんもまた僕を通り過ぎてオドゥバーハの元へ行き、振り返ってきた。

 僕を見つめる櫻子さん。困惑と絶望の入り混じった表情で、その手にゆっくりと光を集めていく。


「〈跪きなさい、コンソーラシオン〉」


 美しく顕現する、戦乙女の大剣……。


「僕は、僕は……」


 ぽつり、ぽつりと降り出す雨が、戦乙女の武器を濡らす。


「福山叶汰だ。魔王なんかじゃ、ない……」


 そのとき、ふわりと体が浮いた。


「待ちなさい! ――」


 櫻子さんの叫びは降り出した雨にかき消された。




 プラート・シーに抱きかかえられた僕は、雨の中を飛んでいた。

 髪も服も、すべてが等しく濡れていく。

 泣いてもごまかせそうなのに、涙は出てこなかった。


「……どうしていきなり斬りつけたんだよ……」

「私の目的はノーク様を取り戻すことだ」


 いい加減にしてほしい。誰も彼も、どうしてこんなに話が通じなさすぎるんだ。


「馬鹿なのか? 指輪さえあれば何とかなるとでも思ったのかよ」

「……」


 図星だったらしい。

 雨に濡れて重たくなっていく体と、思考。それでも、僕は、オドゥバーハとの会話を思い出す。


「オドゥバーハは、ヴォダさんが何かを隠しているような言い方をしていた。つまりこの指輪の封印を解くには彼に会う必要があるんじゃないか?」


 僕が、皆の誤解を解くためにも。

 ヴォダさんがどんな魔法で指輪へノークを封じたのか、知る必要がある。


「……頼みがある。僕を、ポモッツへ連れて行ってくれ」


 遠くから雷鳴も聞こえてきた。

 もう、梅雨に入ってしまったんだろうか。

 ……櫻子さんは、梅雨の前の雨を何て教えてくれたんだっけ。


「君はノークを取り戻すために。僕は、僕として生きていくために」


 魔王を復活させるつもりはないけれど、あくまでも交換条件として提示する。

 しばらくして、プラート・シーが呟いた。


「……いいだろう。しっかり掴まっていろ」


 頷く間もなく、僕たちは白い光に包まれた。

 繭のようなやわらかな球体のなか、僕はようやく目を閉じる。



「くしゅんっ」


 自分のくしゃみで目が覚める。

 雨に濡れたせいで全身が冷えていた。ゆっくりと上体を起こすと、僕がポモッツに来たとき初めに飛ばされた館だと気づく。


「プラート・シー? どこにいるんだ?」


 肌にまとわりついたスウェットが気持ち悪い。ぽたぽたと水を滴らせながら廊下に出ると、前回とは違い照明がついていた。スズランの形をしたランプが等間隔に奥まで続いている。

 ごくりと唾を飲み込み、明らかに誰かがいるであろう部屋の扉を両手で押した。

 ばんっ!

 眩しさに目がくらみ、腕で光を遮った。




「やぁ、待っていたよ」

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