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3‐2 僕はその場にうずくまった。

「ぎゃっ」


 突然後ろから肩を叩かれて変な声が出てしまう。


「ナデジェ!」


 肩越しに振り返ると、セーラー服姿のナデジェが立っていた。


「こっちに来てたのか。っていうか、どうしてセーラー服なんだ」

「さっき来たばかりよ。普段の服だと浮くでしょうが」


 ナデジェの見た目だとセーラー服でも浮くけれど、ツッコまずに黙っておくことにする。


「あれ? オディは?」

「いや? 見てないけど」


 僕は首を左右に振った。


「先にカナタのところへ行くって言ってたんだけど。大事な話があるからって」

「じゃあ、そのうち来るだろ。ところでナデジェ、この動画どう思う?」


 僕はメジーシュ族の動画をナデジェへ見せる。するとナデジェの表情がさっと曇った。


「何、これ……」

「僕にも櫻子さんにも分からないんだ。それに、ポモッツから戻ってきたとき、僕の瞳はメジーシュ族と同じ朱い色に変わっていた。今は櫻子さんの魔法で元の色に見せているけれど」

「……ヴォダ様の魔法が手遅れだった、っていうこと?」

「分からない。ただ、少なくとも、僕のなかに魔王ノークの気配は感じられない」

「嫌な予感がするわね」


 ナデジェが両腕を組む。


「それに、空を見てみてくれ」


 裂け目を認識したナデジェは、うわ、と変な声を出した。


「思っていたよりまずそうね。早くオディと合流しなきゃ」

「そういえば」


 僕は改めてナデジェへ顔を向けた。


「ナデジェとオドゥバーハは幼なじみだって前に聞いたけれど、ナデジェって領主の娘なんだろ? いいところのお嬢様ってこと?」


 ふと思い出して尋ねると、ナデジェは目を丸くした。


「えーっ! そんなことまで聞いたの? あの子、よっぽどカナタに気を許しているのね」

「……あれが気を許している態度なのか……?」


 とても友好的には思えないのだけれど、と口を尖らせてみる。

 ナデジェはうれしそうに表情を綻ばせた。


「なかなか昔のことは話したがらない子なのよ。パーティのどのメンバーよりも、打ち解けるまでの時間は短かったんじゃないかしら」


 勇者パーティには他のメンバーもいたのか。いや、当然かもしれないけれど。


「あいつ、孤児だって言ってた」

「そうなのよ。わたしたちの故郷は王国でもだいぶ辺境の方。わたしの父が地方の領主なんだけど、戦争孤児を積極的に保護して支援しているのね」


 戦争、というのは対メジーシュ族のことだろうか。オドゥバーハの話と一致する。


「あの子には才能があったけど、孤独だった。あたしには才能がなくて、家柄があった。どちらもあの子の傍にいるには枷でしかなかった。だから、あの子が勇者に選ばれたとき、見失いたくなくて必死に努力したの。……追いかけていったら、こんなところまで来ちゃった」

「好きなんだな、オドゥバーハのこと」


 ナデジェは照れることも茶化すこともせず、強く頷いた。


「大好き。オディは力さえあればなんでも出来るって強がっているけれど、悪い子じゃないの。だから、カナタも仲良くしてあげてね」

「まぁ、あっちが友好的に接してくれるなら」

「大丈夫よ。そこまで話ができてるなら!」


 ばしばしとナデジェが背中を叩いてきた。


「痛い痛い、やめろって」

「あたし、サクラのところへも行ってみるわ」


 ナデジェが大きく伸びをする。 


「サクラのこと、しっかりと守りなさいよ」

「……うん」


 僕は指輪に視線を落とした。

 瞳のことも含めて、僕は櫻子さんに守られてばかりいる。なんて情けないんだろう。

 オドゥバーハが力を求めるのが今ならよく理解できる。ひ弱な僕では、櫻子さんを守れない。

 煮え切らない返事に何かを察したのか、ナデジェが肩をつついてきた。


「まだ好きっていってないの?」

「な、なんでそれを!」

「ばーか。見てたら分かるわよ。あんたもがんばりなさい」


 文句を言おうとしたらさっさとナデジェは歩いて行ってしまった。


「見てたら、分かる、だって……?」


 魔王はノーカウントにしてくれていたんだろうか。いや、そんな甘い話はないな。ただただ魔王が鈍感で、ナデジェが敏いだけの話だ。

 情けなさに拍車がかかって、盛大に溜め息を吐き出す。

 それに、これ以上ここにいても収穫はなさそうだ。

 帰ろうとしたところで、櫻子さんからメッセージが入った。


「ぎゃっ」


『クッキーを焼いてみたのですが、ちゃんと形になりました。どうでしょうか?』


 しかも画像付きだ。ちゃんとしたクッキーだ。この前の惨憺たる仕上がりとは全く似ても似つかない。まさか、家で練習したとは。


「うぅ……」


 かわいい。かわいすぎる。僕はその場にうずくまった。

 ポモッツから戻ってきて、櫻子さんは何か変なのだ。

 距離が近い。僕に、頻繁にメッセージを送ってくれる。

 幸せすぎて死にそうだ。いや、死ぬわけにはいかない。櫻子さんを守れるように、強くならなければ。


「よしっ」


 立ち上がって両手で頬を叩くと、僕は家路を急いだ。



 久しぶりに雨が降っていないこともあり、僕たちは屋上に不法侵入していた。


「……すごい……」


 櫻子さんが感嘆を漏らす。

 昨日メッセージをやり取りした結果、今日は櫻子さんとナデジェの分のお弁当も作ってきたのだ。わかめの混ぜご飯。野菜の肉巻きは、にんじんといんげん。作り置きのきんぴられんこん。それから、出し巻き卵という渾身の内容だ。


「いただきます」

「全部見たことないけど全部美味しい! すごい!」

「ナデジェの箸の使い方が上手ですごい」

「ふふん。サクラのおかげよ」


 櫻子さんはナデジェの隣で嬉しそうに口をもぐもぐと動かしている。


「とても美味しいです」

「よかった。それにしても、オドゥバーハはどうしたんだろうな」


 僕は空を見上げた。不自然な裂け目は、今日も変化なし。


「何かに巻き込まれてないといいけれど」

「巻き込まれたとしてもオディは強いから問題ないわよ。ところで、昨日は走ってたみたいだけど」


 突然ナデジェが僕を見てきた。


「えっ?」


 驚いたのは何故だか櫻子さんだ。


「い、いや、体力をちょっとでもつけようと思って」


 僕は慌てて両手を振った。


「せっかくだから手合わせしない?」

「いやいや、ナデジェとだなんて無理だよ。それに今食べたばかりだし」

「何甘いこと言ってるの。敵はいつ襲ってくるか分からないのよ」


 櫻子さんが不安そうに、ナデジェと僕を交互に見てくる。

 ナデジェはやる気満々だ。僕はスマホで時間を確認する。まだ昼休みの時間は、残っている。


「……分かったよ」


 せめて食べたものが飛び出てこないようには、したい。

 ナデジェは既に立ち上がって屈伸運動をしている。

 僕も立ち上がって、指輪に左手で触れた。ふわっ、と指輪から風が生まれる。そのまま引っ張るように指でつまむ。

 しゅわっ。プリテルからもらった黒い棒が手の中で具現化した。

 僕は両手で棒を握りしめて、剣道のように構えた。

 棒術の動画は見ているけれど、自分でできる自信はない。なにせ、すべてがイメージ練習なのだ。


「〈羽ばたけ、オンソルーレ〉」


 しゅるんっ。対してナデジェが出してきたのは弓ではなく、長い棒だった。


「ナデジェの武器って、弓矢じゃないのか?」

「あたしは魔法戦士。指輪の力で、どんな武器でも作ることができるの」


 にやり、とナデジェが笑う。好戦的な様子で、すごく楽しそうだ。


「勝った方がサクラのクッキーを食べられる! いいでしょう?」

「えっ!」

「えっ? ナデジェ、ちょっと待ってください」


 櫻子さんが困惑の声を上げた。


「さ、櫻子さん。昨日のクッキー、持ってきてるの?」

「……はい」


 俯いたまま櫻子さんがランチバッグから紙袋を取り出した。中は見えないけれど、昨日何回も画像で見たから知っている。ちゃんと美味しそうなクッキーだ。

 ごくり、と僕は唾を飲み込む。食べてみたい。すごく、食べたい。


「分かったよ。勝つつもりで行く」

「そう来なくっちゃ」


 ナデジェと僕は向き合って間合いを取る。

 風が、吹いた。


「いくぞっ!」


 ナデジェに向かって突進し、棒を振り上げた。


「芸がないわね」

「付け焼刃でどうにかなるもんじゃないだろっ」


 嘘だ。そのまま振り下ろしはしない。薙ぐように――下から掬うように、狙うのは足元だ。


「ふふっ。見え見えよ」


 ナデジェは最初の立ち位置から動かない。通じないフェイントはそのままナデジェの棒でひっくり返される。


「おわっ!」


 視界がぐるりと回転する。払われたのは僕の方だった。どさっ。腰を地面にぶつけて目を瞑ってしまった瞬間、冷たい感触が首元に当たった。


「はい、あたしの勝ちー」


 目を開けると、僕の首にナデジェの棒が触れていた。


「サクラのクッキーはあたしが美味しくいただくわ」

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