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1‐2 疑うことなんてできなかった。

 ――神石さんが一週間休んだことを、僕以外が認識していないことと、何か関係があるんじゃないだろうか?


 閃いた瞬間、足は勝手に動き出していた。

 僕は渡り廊下から階段まで全速力で走って、急いで中庭へと降りた。


「かっ、神石、さん……!」


 情けない。めったに走らないせいで息が切れている。

 肩で息をしながら、曲げた両膝に手を置く。それから、ゆっくりと顔を上げた。

 神石さんは明らかに動揺していたし、そんな表情もきれいだし、そしてこんな至近距離に立つのも初めてで、本来ならばしどろもどろになりそうだったけれど。

 訊かずには、いられなかった。


「一週間学校に来なかったことと、今のは関係があるの?」


 えっ、と神石さんが驚きを漏らした。


「福山君、記憶消去の魔法が効いていないんですか? あっ」


 僕の勢いに気圧されたらしい。そして失言だったらしい。神石さんは両手で口を押さえた。


「まほ、う」


 おうむ返しに呟く単語。


「今、魔法って、言った……?」

「……」


 たっぷりの沈黙の後、神石さんが、ゆっくりと首を縦に振った。

 疑うことなんてできなかった。だって今、僕は見てしまったのだ。そして僕以外が忘れていることと繋がってしまったのだ。


「……神石さんは、魔法使い……?」


 あああ、ううう、と神石さんが呻きながらうろたえている。

 青くなったり、赤くなったり。こんな風に表情がころころ変わるとは思わなかった。

 いつも穏やかで、静かな人だと思っていたから。

 神石さんは意を決したように、中庭の時計を確認した。僕もつられて視線を向ける。委員会が始まるまで、まだ少し時間はある。


「見られてしまったからには仕方ありません」


 ごくりと唾を飲み込んだ。まるでこの後、僕を殺しそうな台詞だ。

 目が黒いと思っていたけれど、間近で見る瞳の色は、ちょっとだけ青色が混ざっていた。まるで桜の絵と同じ、複雑な色合い。すごく強い光を放っている。

 神石さんに殺されるなら本望だと、決意を固めて、拳をぎゅっと握りしめた。


「まずは、座りましょうか」


 促されてしまった。どうやら、神石さんは僕を殺したりしないようだ。


「あ、うん」


 僕たちはベンチに並んで腰かけた。

 まさかこんな展開になろうとは。当然ながら神石さんへ顔を向けることはできないので、地面へ視線を落とす。蟻が、隊列をなして行進していた。


「先ほどの光は、問題なく魔法を使えるかどうかの確認でした」


 ぽつり、と神石さんが呟くように告げる。


「わたしは異世界で旅をしていました」

「異世界……?」


 佐伯がハマっているというライトノベルを思い出した。

 異世界転移、聖女、魔王。あとはなんだっけ、チート? 勧められたときに読んでおけばよかったとにわかに後悔する。


「その世界の名前は『ポモッツ』といいます。反対に、この世界のことは異世界……『ジェクイ』と呼ばれていました」


 ゆっくりと神石さんが語り出す。


「この世界でいう『月』のようなものがふたつあるふしぎな世界です。わたしは『聖女』とか『戦乙女』と呼ばれて、勇者たちと共に冒険していました。『ポモッツ』へは断続的に転移していましたが、ついに魔王を倒すことができたのが、この前の一週間です」

「神石さんは、異世界で英雄になったんだね」


 僕は素直に感想を述べた。

 だから、こんなきれいな瞳をしているんだと思うと納得できた。もしくはその逆かもしれない。きれいな瞳をしているから、英雄になれたのだ。


「信じてもらえるんですか?」


 少しだけ神石さんの声のトーンが上がった。


「目の前で見ちゃったし。そもそも、どうして僕だけ神石さんがいなかったことに気づいていないのかふしぎだったから、納得できた」


 きょとんとした神石さんは、ふわっと微笑んだ。


「福山くんって、変わってますね」

「うっ」


 思わず胸を押さえてしまう。たとえ横目のみの認識であったとしても、至近距離での天使の微笑みは、やっぱり破壊力が抜群だった。


「そろそろ視聴覚室へ向かいましょうか。それと」


 立ち上がった神石さんが、ポケットからスマホを取り出した。


「よかったら、連絡先を交換しませんか?」

「は、はい!」


 なお、僕が動揺してスマホを地面に落としたのは言うまでもない。



「ただいまー」


 誰もいない家の階段を駆け上がり自分の部屋に入った僕は、そのままベッドへ仰向けに倒れ込んだ。


「あああああ!」


 いてもたってもいられなくてベッドでひたすらに寝返りを打つ。

 好きな人の隣に座ったから? とんでもない秘密を打ち明けられたから? 一緒に委員会に出席したから? 帰り際に、また明日、って言ってもらえたから?

 スマホが震えた。メッセージアプリの未読件数、一件。


『今日はお疲れさまでした』


 神石さんのアイコンは、きれいな桜の花だった。

 震える指で返信する。


『こちらこそお疲れさまでした。これからよろしくお願いします』


 なお、僕のアイコンは、何の変哲もないじゃがいもと玉ねぎとにんじんの画像だ。カレーを作る前に撮影したもので、特に深い意味はない。

 ぼふっと枕に頭から突っ込んだ。ようやく落ち着いて、天井を見上げる。

 信じられない一日だった。

 佐伯や西島たちへは絶対に言えない。だって、その内容が『神石さんは異世界の聖女だった』という、信じられないものなのだ。

 両手で顔を覆って、すぐに手を離した。

 聖女だったなんて。そういうかっこいいところも、……好きだ。

 彼女は戦乙女、とも言っていた。つまり魔法とか剣とかで戦っていたんだろうか。

 想像するだけでおそろしいけれど、命の危機もあったりしたんだろうか。


「僕も異世界へ行けたらな……」


 ふわっと浮かんだ思考。首を振って打ち消した。

 僕は主人公枠なんかじゃ、ない。

 それに、早く大人になって、自立しなきゃいけない。


「……」


 急に冷静になって、天井を見上げる。

 今回の一件で神石さんと急接近できたことはとんでもない幸運だったけれど、これ以上彼女に近づくことはできないだろう。何せ、彼女は桜で、僕はじゃがいもなのだ。

 だから、この秘密を墓場まで持っていくだけのことだ。

 ……そのまま、しばらくぼんやりとしていた。

 いつの間にか日が沈んでいたので、上体を起こしてカーテンに手をかける。


「あ、今日は満月か」


 窓の向こうには、小さなまん丸の月が浮かんでいた。

 神石さんは、異世界には月がふたつある、って言っていた。

 月がふたつ。物理的にどうなのか気になる。いや、ファンタジーの世界だから、物理法則なんて関係ないか。溜め息を吐き出してカーテンを閉めようと顔を上げる。


「……!」


 そして文字通り、絶句した。

 ぐわっ、と。 

 小さかったはずの満月が、どんどん大きくなってこちらに近づいてきていた。

 カーテンを閉める代わりに窓を開けて身を乗り出す。


「いや。月じゃ……ない……?」


 教科書やテレビで見るようなクレーターはない、のっぺりとした球体が迫ってくる。

 目の前が真っ白になる。

 音が、やけに鮮明に脳内に響いた。


『戦乙女の力が及ばない、貴様に決めた』


 声じゃない。音だ。骨を揺らすような振動――

 そのとき知った。




 爆発する瞬間というのは、音も光も認識できないのだと。




「……ん……」


 じんじんと体のあちこちが痛みを訴えていた。

 ゆっくりと顔を上げると、目を疑うような光景が広がっていた。

 家の二階にいたはずの僕は、がれきの中に仰向けになって倒れていた。

 あちらこちらで炎が上がり、救急車のサイレンや泣き声や悲鳴が響いている。


「助けて」「お母さんが屋根の下にいるの」「痛いよ……痛いよ……」「苦しい」「血が止まらない」「誰か助けて」……。


 コンクリートの下から誰かの腕が伸びているのが見えて、背筋が凍る。


「うっ……痛い」


 なんとか起き上がって、のろのろとがれきの上に座る。

 ポケットからスマホを取り出した。真っ黒なディスプレイに僕の顔が映る。額と頬が切れて、うっすらと血が出ていた。自分自身でも見たことのない動揺した表情。ブレザーも破れてぼろぼろになっている。それでも、動けるだけマシなのかもしれない。

 電源ボタンを押し続けても、スマホは真っ黒のまま。


「くそっ、なんでだよ」


 僕に両親はいない。僕を育ててくれているのは、社会人として働いている双子の姉と兄。まずはふたりの安否を確認したかった。僕の無事を、伝えたかった。

 それから、神石さんも。


「そうだ。たしか、戦乙女が何とかって、聞こえた気がする……」


 ずきずきと頭が痛む。打ちどころが悪かったのかもしれない。


「戦乙女が、何て言ってたんだっけ……。思い出せ……」


 痛む部分を手で押さえていると、影が覆い被さってきた。


『弱き者よ。力を貸してやろう』

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