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2-5 僕は、こみ上げてくる感情を確かめる。

「いえ。こちらこそ、クゥワストを取ってきてくださってありがとうございます」


 ふわりと微笑む櫻子さんが、……かわいい。

 あぁ、生きててよかった。

 またもや別の意味で感動していると、プリテルがベッドの端に腰かけてきた。僕に手を伸ばして、肩や腕に触れてくる。


「えっ、ちょっと?」

「それにしても、人間の姿に戻ったのは謎だね。霧の影響かな」


 茶化すのではなく、真面目な表情で首を傾げている。

 僕は自分の考えを口にすることにした。


「そもそも、ポモッツへ来てから、ずっとあった違和感が消えているんだ。僕のなかにまだ魔王はいるんだろうか」


 ぎゅっ、と拳を握りしめる。


「もしかしたら、魔王はほんとうに消滅してしまったのかもしれない」

「だとしたら、それに越したことはありません。ですがそんなことがあるのでしょうか。魔王が自然消滅するだなんて……」

「可能性のひとつだろう。それを確かめるためにも、父に会ってくるといい」


 櫻子さんと僕は、顔を見合わせて頷いた。

 怪我のおかげか、その晩は夢も見ずにぐっすり眠れることができた。



 翌朝。雲ひとつない晴れ空には、ふたつの月が浮かんでいる。


「で、でかい」

「とびっきりのを用意したからな」


 プリテルが家の前に繋いでいたのは、見たこともない大きな鳥だった。

 インコのように、青と黄色と黄緑色が混じっている。背中には馬のように鞍が被されて、頭部にかけられた革から手綱が伸びていた。


「プタークといいます。空中移動用の、人間に害をなさない魔物です」

「魔物」


 移動手段は、まさかの魔物だった。電車や飛行機なんて異世界にある筈がなかった。

 今日の櫻子さんは、長い黒髪を頭上で丸くまとめていた。かわいいけれど何故だろうと思っていたら、空を飛ぶからだと気づいた。

 櫻子さんが説明してくれるものの僕は若干引き気味だ。

 さらっと言ったけれど、人間を攻撃してこない魔物が存在するというのは初耳だ。

 ぎょろりと丸い目が僕を捉えた。びくっと肩を震わせてしまったのをプリテルが目ざとく見つけて笑う。


「大丈夫さ。取って喰ったりしてこないから」


 しかもばしばしと背中を叩いてくる。本調子じゃないのでやめてほしい。


「あ、そうだそうだ。ちょっと待っててくれ」


 プリテルは一度家に入って、すぐに戻ってきた。手には一本の長い棒を持っている。


「餞別だよ。持っていきな」


 受け取った棒はマットブラック。光が当たるとオレンジや青、紫色の粒が光る。金属のような冷たさと重たさだ。ちょうど僕の身長くらいの長さ。


「剣を扱うのはハードルが高いだろうし、棒なら突いても振り回してもいいからまだなんとかなるだろ」


 突然の申し出に僕は目を丸くした。

 受け取ったばかりなのに、棒はふしぎなくらい手になじんでいた。


「ありがとう、プリテル。だけどお金を持ってないんだ」

「聞いてなかったのかい。餞別だと言っただろう」


 とてもありがたい話だった。人間に戻れたのはいいけれど、僕には魔法が使えない。


「伸縮できるようにしてあるから、普段は短くしておくといい」

「分かった。いろいろとありがとう。感謝してもしきれないよ」


 方法を教わって、棒を二十センチくらいに縮める。シャープペンシルのように手でくるくると回してみた。

 うん、これくらいなら扱いやすそうだ。


「器用だな」


 プリテルが目を丸くしている。僕は腰元に差した。


「行きましょう、叶汰くん」


 櫻子さんが僕を促した。まるで馬のようにプタークにまたがっている。


「わたしが操縦するので、叶汰くんは後ろに乗ってください」

「えっ、あ、うん。わかった」


 当然のように指示されてどもってしまった。プタークは一羽しかいないし、僕には乗り方が分からない。

 そうは言っても、櫻子さんの後ろから櫻子さんを掴めと? 無理だ!

 おろおろしていたらプリテルが容赦なく尻を叩いてきた。


「早く乗りな! 手伝ってやろうか?」


 櫻子さんも櫻子さんで手を伸ばしてきた。


「じ、自分で乗るよ!」


 しかし乗馬経験もない僕は、プリテルにも手伝ってもらってなんとかプタークの後ろに跨った。ふわふわしていて、触り心地がいい。


「鞍に後部用の革紐がついています。それをしっかり握っていてください」


 櫻子さんのマントに隠れている革紐を見つけて、言われた通りに握りしめた。

 ふわり、といい香りが櫻子さんから漂ってくる。うなじがきれいだ。いや、僕は一体何を凝視しているんだ? これじゃただの変態だ。

 正気を保つためにぶんぶんと首を横に振ったら、何故だかプリテルに笑われた。


「ベルブラドはここから南西の方にある。山越えはないから、快適だと思うよ」

「いろいろとありがとうございました」


 プリテルへ向かって櫻子さんが声をかける。


「こちらこそ、父によろしく伝えておくれ。ワタシはこの街から出ることができないから」


 ふわっ。変な浮遊感。ばさり、とプタークが羽ばたいて宙に浮いたのだ。


「う、うわぁーっ!」


 一気に空へ急上昇! 

 ジェットコースターにすら乗り慣れていないので、内臓が悲鳴を上げた。


「ベルブラドは、山を三つ超えた先にあるそうです」


 進行方向を見ながら櫻子さんが説明してくれた。

 僕たちはオルロイをあっという間に後にする。


「……すごい……」


 眼下に広がる景色に、息を呑んだ。森の巨大さが、街の広さがよく分かる。さっきまであの場所にいたなんて、信じられない。

 櫻子さんが無言なので僕もしばらく黙っていた。空気抵抗は思ったよりもなくて、快適に空を飛んでいく。

 なんだかファンタジーすぎて実感が湧かない。

 近づけるような気がしていたふたつの月へは、まだかなりの距離がある。


 しばらくして、櫻子さんがぽつりと呟いた。


「叶汰くんの志望大学は県内ですか?」

「えっ?」


 この状況にまったく合わない質問で、唐突で、びっくりして変な声を出してしまった。


「あー……僕は、大学じゃなくて調理系の専門学校へ進むつもりなんだ。将来、料理人になりたくて。だから進路指導とちょっともめてる」


 僕たちが通っているのは進学校なので、四年制大学へ進まない方が珍しいのだ。


「そうだったんですね。なんだか、叶汰くんらしいです」


 声がほのかに笑っている。ちょっとだけ、むずがゆい。


「さ、櫻子さんは?」

「わたしは、悩んでいて。遺産の発掘とか歴史ある美術品の修復をしたいので、そういう職業に就くためにどんな進路が最適なのかを調べているところです」


 絵が上手いから美術系の大学に進むのかと思ってたけれど、ちょっと違うらしい。

 だけど、壮大で、櫻子さんらしいとも思った。


「ポモッツで旅をしたことがきっかけなんです。世の中には受け継がれていった方がいい美しいものや歴史がたくさんある一方で、隠れていたり、埋もれていたり、壊されたものもたくさんあると知りました。そういうものを未来へ引き継いでいく仕事を、わたしはしたいと思っています」


 今日の櫻子さんはいつもより饒舌で、かっこいい。

 顔を見ないで済むおかげで、僕も普通に会話ができる。


「すごいな」

「いえ、そんな。まだ何も始まっていませんから。だけど、叶汰くんには知ってもらいたかったんです」


 ……それは、どういう意味で?

 僕は静かに息を呑み、櫻子さんの言葉を待つ。


「ずっと、自分は何のために生きているんだろうと思って過ごしていました。それがポモッツでの出来事で一変しました。人間って、価値観がこんなにも変わるんだってびっくりしました」


 櫻子さんの声がわずかに明るくなる。


「だから、二年生に進級したら、もっといろんなことへ挑戦してみようと思ったんです」

「文化祭の実行委員も、その一環?」

「はい」


 櫻子さんの首が揺れた。

 ……あぁ。僕は、こみ上げてくる感情を確かめる。

 櫻子さんが、好きだ。


「謙遜してるけど、僕は、やっぱり、すごくかっこいいと思うよ」

「ありがとう、ございます」


 そこからまた、僕たちは無言で空を進んでいった。



「あの一帯がベルブラドだと思います」


 櫻子さんが砂漠のような場所を見つけて、プタークは地面に降り立った。

 一面、砂。サボテンみたいな緑色の植物の横に茶色いテントのようなドームのような建物が点在している。

 しゃがんで砂を触ってみると、さらさらで乾燥していた。砂というよりはグラニュー糖みたいな感じだ。

 オルロイと違って空気はかなり乾燥している。

 櫻子さんは結んでいた髪の毛をふわりとほどいた。どちらもかわいいけれど、下ろしている方が見慣れている。


「櫻子さんはヴォダさんに会ったことがあるんだっけ」

「はい。かなり変わった方だという印象があります」


 櫻子さんはマイルドに表現したけれど、飲んだくれという言葉からはまったくいいイメージが湧いてこない。

 例として、未来が時々ビールを飲んでは酔っぱらって絡んでくるのがめんどくさいからである。悠の方は、双子なのにまったく酒を飲まない。未来の介抱役だから、と言っていた。

 櫻子さんがプタークの手綱を引いて歩き出す。


「とりあえず、一軒一軒当たってみましょう」

「分かった」


 僕が頷いてついていこうとしたときだった。

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