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1-1 誰も気づいていなかった。

新作は青春ラブコメです。完結まで毎日更新予定です。

 




 僕の好きな人が、一週間行方不明だったことに誰も気づいていなかった。

 ……僕以外。


 発覚したのは、朝の教室にて。実に些細なきっかけだった。


「今日も神石は天使だな」


 自習に取り組んでいるはずの佐伯が、呑気に後ろの席から話しかけてきたからだ。僕は肩越しに振り返って口を尖らせた。


「お、お前、急に神石さんの話をしてくるのはやめろよっ」


 眼鏡の奥から、佐伯がにやにやと笑ってくる。


「なんで陰キャみたいにどもってんだよ」

「……だって」


 敢えて見ないようにしていたのに、早々に降参。ちらり、と教室のほぼ真ん中の席で立っている神石さんへ視線を向けた。

 神石櫻子。

 登校してきたばかりで、ちょうど鞄を椅子に置いたところだ。隣の女子に話しかけられて、温和な笑顔で応じている。

 さらさらの黒髪は肩より長い。大きくて二重の黒目はアーモンド形。透き通るような白い肌、形のいい鼻と唇。

グレーのセーラー服を、校則通り着崩すことなく着用している。

 佐伯の言う通り、神石さんは天使のような見た目をしている。いや、天使を見たことはないけれど、天使のような見た目をしているという確信がある。

 そして、僕が神石さんに片想いしていることを、佐伯は知っている。

 だからこそ僕は、心の底から自分の想いを口にした。


「一週間ぶりに姿を見ることができたんだ。元気そうでよかった」

「は?」

「は? って、何だよ」


 佐伯が眉をひそめて、手のひらをこちらへ向けてくる。


「やめろ福山。お前の太眉は圧が強い」


 福山とは僕のことだ。福山叶汰(かなた)、十六歳。中肉中背。黒髪黒目。自分で言うのもなんだけど、どこにでもいるような普通の男子高校生である。


「ふざけるなよ。一週間、誰も話題にしないから、触れちゃいけない事情があるのかと思って気が気じゃなかったんだぞ」

「お前、何言ってるんだ? 神石は先週も普通に学校に来てたぞ」 

「……は?」


 予想外の反応だった。

 先週ずっと神石さんは欠席していたと反論しようとすると、佐伯は本気で怪訝そうな表情で僕を見てきた。


「おいおい。天使が好きすぎて視覚で認識できなくなったとか、笑えない冗談はやめろよ」

「冗談、って」

「おはよーう」


 言葉を失っていると、西島が割り込んできた。三人の中で唯一、髪を明るく染めているので、ちょっと目立つ。

軽音部の西島は、通学鞄より大きなギターケースを背負っている。立ったまま僕の頭の上に両腕を置いてきた。重たくて、ちょっとだけ痛い。

 佐伯が西島を見上げた。


「おっす。なぁ、聞いてくれよ。福山が変なこと言い出したんだけど」

「なになに? 天使案件?」

「お、おかしいのは佐伯だよ。西島も、神石さんが先週休んでたのは知ってるだろう?」


 首を傾けて西島を見上げる。西島は、ぱっと両腕を離した。


「待て待て。福山こそ何言ってんの」

「……え?」

「福山、かわいそうに……」


 級友ふたりからの同情のまなざし。表現しようのない気持ち悪さが胃の奥からせり上がってくるような気がした。

 もう一度、神石さんの方を見る。いつの間にか問題集とノートを広げて自習を始めていた。

 誰も、先週休んだことについて尋ねない。

 ……どういうことだ?

 頭がくらくらしてきた。僕にだけ、一体何が起きているんだ?


「あ、分かった。変なこと言って、天使に近づく口実を作ろうとしてるんだな。しかたない、俺らが一肌脱いでやるよ」


 西島が神石さんへ体を向ける。慌てて僕は西島の制服の裾を掴んだ。


「待って、今のはちょっとした冗談だから! 忘れてくれ!」

「いいのか? せっかくのチャンスなのに」

「佐伯まで、やめてくれ。僕は遠くから神石さんを見ているだけで十分なんだよ……」

「仕方ないな。この臆病者め」


 なんとかふたりを説得して、違和感は残るものの場を収める。

 佐伯も西島も不服そうだったけれど、タイミングよく担任が入ってきたのでおとなしく席に着いた。


「……」


 改めて、神石さんをこっそりと見る。

 同じクラスになって一ヶ月が経とうとしている。ただ、会話したのは片手で数えるほどだ。

それでもこっそりと片想いをしている。正直、自分でも気持ち悪いという自覚はある。

 神石さんを見つめていると、彼女はすっと右手を挙げて、席を立った。

 同じタイミングで後ろの席から佐伯が僕の右腕を掴んで持ち上げた。


「えっ?」

「お? やってくれるか、福山!」


 僕へ話しかけてきたのは級友たちではなく、担任だった。


「えっ? えっ?」


 状況が分からずに教室内を見回す。

 神石さんと視線が合って、口角の上がる瞬間を目撃。僕は見事机に撃沈した。

 ごすっ。


「……くっ!」


 天使の微笑み、破壊力がすさまじい!


「じゃあ、我がクラスの文化祭実行委員は神石櫻子と福山叶汰で決定! 全員、拍手!」


 担任が大きな声で宣言した。そして僕たちに向けられる拍手。

 座ったままの僕は勢いよく佐伯を睨みつけた。


「さささ、佐伯! 何してくれるんだよ!」

「せっかくの天使とお近づきになれるチャンスなんだぞ。感謝しろ」


 囁いてくる佐伯。悪ガキの笑顔だ。眩しくて、腹が立つ。


「ほら、立って立って」


 促されて僕はしぶしぶ立ち上がる。もう一度、神石さんと目が合った。


「よろしくお願いします。福山くん」


 名前を、呼ばれて、しまった。何ということだろう。認知されている、天使に。

 ぶわぁっと全身の血液が沸騰するような気がした。


「よ、よ、よろしくお願いします!」



 神石さんを初めて認識したのは、半月前の調理実習だった。隣のテーブルで、鯖の塩焼きをきれいに食べているのを見た。

 たったそれだけのこと。たったそれだけで、目で追うようになってしまった。

 次に彼女のことを認識したのは、昇降口に飾られた巨大な油絵だ。

 池のほとりで咲く巨大な桜の木の絵。ピンク色だけではなくて、たくさんの色を使って描かれている。花なのに、青や黒でも塗られているのがふしぎだった。

 足を止めて眺めていると、絵の中に吸い込まれそうな感覚に陥った。

 下に小さく掲示された作者の名前は『神石櫻子』。

 その名前が鯖の塩焼きの彼女と一致したとき、何も繋がっていないのに、すべてが繋がったような気がしたのだ。

 ……こんな単純に人は恋に落ちるものだったのか、と自分でも呆れてしまうくらいの出来事。


 そして今、僕は公の理由を引っさげて神石さんを探している。

 今から文化祭実行委員会だっていうのに、どこへ行ってしまったんだろうか。

 五限が終わったときは、まだ教室にいたのは確認している。一緒に視聴覚室に行こうって誘え、と佐伯たちに茶化されているうちに姿が見えなくなってしまったのだ。

 二年一組の教室は南館にあって、視聴覚室のある東館までは十分くらいかかる。

 一秒だってまともに会話できないのに、いきなり十分も二人で歩くなんてハードルが高い。

 たぶん脈拍が速くなりすぎて死ぬ。


「いや、普通に考えて先に視聴覚室へ行ったのかもしれない」


 呟いて、気持ちを落ち着かせようと試みる気弱な僕である。

 それに、ほぼ会話したことのない男子と一緒に歩くのは、神石さんにとっても苦行に違いない。うん、そうに違いない。

 結論を導き出した僕は二階の渡り廊下へ向かって歩き出す。そのとき、見覚えのある黒髪が視界に入った。

 中庭に、神石さんの後ろ姿が見えた。

 何をしているんだろうか? 立ち止まって、柵から少し身を乗り出す。自慢じゃないが、これくらいの高さと距離があれば、僕だって平常心で神石さんを観察することができるのだ。

 神石さんは、すっと左人差し指を宙に向けた。すると。

 ふわり、と。浮いたのだ、神石さんの髪の毛が、風もないのに。宙に。

 しかも光っていた。人差し指の、爪辺りが。


「なんだ、あれ。CG……?」


 じっと見つめていたのがよくなかったかもしれない。

 ばっ、と神石さんは振り返って、顔を上へと向け、僕を認識した。

 しまった。気づかれた! 隠れようにも、もう遅い。

 見られていたことを確認して、さらにそれが級友であるということを理解すると、神石さんの黒目が見開かれる。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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