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セリーヌ魔術伯と、やらかした三人組

 王都魔術師学会から派遣されて来たセリーヌ・セルバンティンは、目の前に置かれた謎の金属を見て、こめかみを抑えてしまう。

 

 このキノクニ領に来た目的は、10日ほど前に制圧された郊外のダンジョンの件についての聞き取り調査。別の調査班が、新しく発見されたダンジョンの認可を行い、このキノクニ領に新たなダンジョンが発見されたこと、そこの調査が始まったことが公布されたまでは良かったのだが、ここに来て魔術師学会としては見過ごせない事実が発覚したのである。


 ダンジョンスタンピードの制圧、その直後のダンジョンの消滅。

 さらに数日後、新しいダンジョンが生まれたと言う事態に、魔術師学会としてはこと細かい調査が必要であると、判断したのである。

 そのことをキノクニ領の領主であるブンザイモン・キノクニへと打診し、学会の派遣調査員として一等魔術師であるセリーヌがやって来たのである。

 そして細かい説明をキノクニから受けたのち、その証拠として目の前に提出されたのは、伝承の中でしか存在してはいけないもの。


 光を錬成した金属・オレイカルコス。


 それを提出されて、流れの冒険者がダンジョン地下のガーディアンを破壊し、ダンジョンコアを回収しましたと言われても、どこの誰がそれを信じると言うのだろうか。


「……キノクニ殿。私の鑑定の魔導具でさえ、これがオレイカルコスである事は判別できた。だが、それが判別できたことが問題だとは思わないか?」

「さぁ? 私にはなんとも……」

「ここに、書物にしか存在しない金属があります。これはキノクニ領のダンジョンのガーディアンのものであり、ある冒険者がそれを討伐し、さらに存在するはずのない下層へ向かい、ダンジョンコアを破壊しました。その結果、ダンジョンは消滅しましたが、すぐ近くに新しいダンジョンが生まれました……この事実を認めると言うことは、ダンジョンの存在そのものの、これまでの仮説が全てひっくり返る」


 現在のダンジョンの存在についての説は、古い遺跡などの下層に、異形の存在が残したダンジョンコアがある。そこから瘴気が生み出され、それらが集まり、魔物を作り出す。

 俗に言う『遺跡寄生型発生説』というのが、ダンジョンが形成される定説であり、スタンピードは発生しても止められる、そしてダンジョンは消滅しないと言うのが当たり前なのである。


 ダンジョンの中の瘴気の強さは、最下層のガーディアンの強さに比例し、それを討伐することでスタンピードは防げるのだが、また時間の経過とともに、ガーディアンは復活するということが、この『遺跡寄生型発生説』を裏付けていた。

 これが、現在の学会での常識であり、これを超えられる説は生まれず、仮説として唱えるものはいても、それを証明できたものすらいない。


「まあ、ひっくり返ってもよろしいのでは?」

「そんなことができると思うか!!」  


──ダン!!

 力強くテーブルを叩くセリーヌ。

 『遺跡寄生型発生説』を信じているからこそ、今回のようにダンジョンが消滅し、さらに何もないところにダンジョンが生まれるということはあってはいけないと思っている。

 しかも、伝説によれば破壊不可能、そんな金属を用いたゴーレムを討伐し、あまつさえダンジョンコアをも破壊する存在がいるなど、笑い話にしかならない。

 

「その冒険真はどこに向かった? どのような手段で、このオレイカルコスを『切断』した? 絶対魔法防御であり、いかなる物理攻撃をも弾き飛ばす光の金属。それを、このように綺麗に切断したなど、誰が信じる? それにダンジョンコアだ、なぜ回収されるのを見過ごした? それがあれば、さらなる研究ができたはずなのだぞ!!」

「そうはもうされましても。ふらりとやって来た白髪の男の剣士が、俺に任せろと言ってダンジョンに飛び込んだのですし。そのあとは、魔物が外に溢れてこなくなり、私も調査班を派遣したのですよ? そうす?と、最下層から鼻歌交じりでその男が出て来て、それを渡したのです。私としても、何をどうしたものかと思いましたが、気がつくと男は行方不明になっていましたので」


 しれっと嘯くキノクニ。

 全てが口から出まかせであり、キノクニ領の危機を救ってくれたエリオンを隠すための芝居である。

 だが、オレイカルコスのカケラが存在している以上、セリーヌもキノクニの言葉の全てが本当ではないと疑いつつも、それを信じることしかできなかったのである。


「……ええぃ、こんなことを王都の魔術師学会に報告できるか!!」

「まあ、セリーヌ殿のお気持ちも理解できます。ですが、領主としては、スタンピードが収まり、ご覧のように街にも活気が戻って来た。それでいいではありませんか」

「……ええい、キノクニ、貴様何かを隠してはいまいな? この私は魔術伯、つまり伯爵位相当の管理を持っているのだぞ? その私を謀ることはあるまいな?」


 貴族の爵位は下から順に男爵、子爵、伯爵、辺境伯及び侯爵の四段階しか存在せず、それより上の公爵及び国王の一等系譜は『王爵』と呼ばれている。

 一般臣民はどれだけ努力をしても王爵につくことは不可能であり、奇跡的に貴族と王爵位の婚姻のみが、王爵を受けることができる。


 また、魔術師などはその研究結果や功績により魔術師学会が認めた場合は、貴族院が爵位を与えることがある。

 それが『魔術伯』と『魔導伯』である。

 魔術伯は伯爵位、魔導伯は辺境伯と堂々として扱われ、望めば領地も与えられるという。

 

「そんな、この私がセリーヌ魔術伯を謀るなど……」

「それなら良いが。しかし、こうなると、新しいダンジョンを、先のスタンピードを起こしたダンジョンのように討伐し、更なる発生がありあるのか調査をする必要がある……キノクニよ、新しきダンジョンの調査及び討伐を命ずる。先程の貴様の報告が事実なら、また倒しても発生するから問題はあるまい」


 ニヤリと笑うセリーヌだが、キノクニは動揺することなく胸元に手を当てて、頭を下げた。


「仰せのままに。まあ、基本的には冒険者ギルドの管轄ですし、ダンジョンを討伐できる冒険者が来てくれるかどうか、そこが問題ですからなぁ」

「なんだ? この地にはベテラン冒険者がわんさかと居たではないか?」

「ええ、居ました。ですが、今はいません。そう言うことです」


 その言葉でセリーヌも理解する。

 だが、先程の命令を撤回することもせず、一言だけ『後は任せる』と告げて、部屋から出ていった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──キノクニ郊外、二号ダンジョン

 以前存在した地下洞窟型ダンジョンと同じように、このダンジョンも地面に向かって斜めに降る斜面が入り口になっている。

 斜度14.8度の急な坑道、その先には自然洞のようなものが広がっている。

 この二号ダンジョンはまだ発見されて日も浅く、入り口から少し離れた場所には冒険者ギルドの出張所などの建設が始められたばかりである。


 また、発見されたばかりと言うことは、まだダンジョン内部の地図なども存在しないため、冒険者ギルドは『迷宮地図』の作成依頼があちこちに貼り付けられている。

 これは、『迷宮地図』と言う名前の魔導具を所持し、ダンジョンの隅々までを踏破する依頼であり、そこそこベテランの冒険者にとってはそれほど難易度も高くなく、小遣い稼ぎや飲み代を稼ぐのにちょうど良いと言われている。

 もっとも、小遣い稼ぎ程度なのは上層部、それも一層から四層あたりまでの難易度が低い場所のみであり、それ以上深いところには凶悪な魔物が存在するのが定説である。

 そのため、まだ初心者の冒険者たちは、せいぜいがゴブリンやコボルト、ケイブスパイダー、シャドウサーペントなどの比較的弱い魔物を相手に経験を重ね、迷宮地図を作るのが最初の仕事と言われている。


………

……


──二号ダンジョン、第二層

 チーム・テスタロッツァのリーダーであるヤッチマは、目の前に飛び出して来たジャイアントスコーピオンをミスリルソードで一刀両断。

 その近くでは、大盾を構えたダーマルがゴブリンの群れを挑発(プロボック)と言うコンバットスキルによって引きつけ、背後から魔導士のナーニィが風の刃を飛ばしてトドメを刺している。


 オールレントから武具を借りてすでに二日、もう帰路に着かなくては間に合わないのだが、それを無視してヤッチマは先に進んだ。


「な、なぁ、ヤッチマ。本当に大丈夫なのか? 今から戻らないと、最悪、外に出るまでにレンタル期間が終わるんだぞ?」

「はっ!! 何をビビっているんだ? ダーマルのその大盾があれば、まだまだ先に進めるだろうが。それにナーニィの魔法の威力も10倍以上に高まっているんだろ? この調子なら三層、いやまだ先まで進めるってものだ」


 ガハハと笑いながら、ヤッチマが身振り手振りを交えて叫ぶ。

 その様子に、やはり心配そうな顔をする二人であったが。


「そもそもだ、レンタル期間が切れたからって何ができる? わざわざ、ここまで回収に来るのか? あの店の店員は店主と外で掃除していたねーちゃんだけじゃねーか。そんなやわな奴らが、わざわざ、期間が切れたからって回収に来るはずがないだろうが? 違うか?」

「……それもそうか」

「まあ、あたしもしてはさ、もう暫くはこの杖の恩恵にあやかりたいし。もう、これを手放すなんて無理だよ? 持って逃げたくなるぐらいだよ」


 大賢者の杖に頬擦りしつつ、ナーニィが笑いながら呟いている。


「そうだな、それもありかもよ……」

「おいおい、流石に持ち逃げはまずいだろう?」

「そうか? こんな上質の武器を、前金じゃなく後払いで貸し出すなんてよ、持っていってくれって言っているようなものじゃないか。さあ、とっとと次の層まで進んでしまおう、そこから先はどうするか様子を見て、無理そうだったらこれを持って逃げるだけだ」

「でも、冒険者としての実績は消えるけど?」

「ダーマルのミスリルショートソード、それを一本売り飛ばすだけでかなり贅沢な暮らしがしばらくはできるだろうさ」


 そんなことを呟きつつ、一同は先へと進む。

 二層は石造りの壁によって構成された回廊と部屋の組み合わせ、これもまた、ダンジョンコアに刻まれている異界の存在の記憶、それが具現化したものと伝えられている。

 未だ原因は解明されていないが、ダンジョンの中には宝箱が湧き出す時がある。その中身も様々であり、金貨であったり武具であったり、中には装飾品や魔導具などが入っていることもある。


「……ちっ。鍵付きかよ」


 回廊の行き止まりまでやって来た一行は、そこに宝箱が安置されているのを確認する。

 すぐさまナーニィが魔法で鍵と罠を確認するが、箱が赤く光りはじめた。

 鍵も罠も存在すると、宝箱が赤く輝くのである。


「ふぅ、それじゃあ諦めて、次の道に戻りましょうか。流石に箱を持ち出すことはできないからね」

「……くそっ。こんなことなら、鍵開けと罠解除の魔導具も借りて来たらよかった……いや、それよりも無限収納袋だ、あれもあったに違いない……」

「はぁ、もうどうでもいいわよ。あと少し、戻って最初の回廊を右に抜けたら、この回想は終わりだと思うわよ?」


 迷宮地図を見ながら、ナーニィがヤッチマに説明する。

 すでにその場所以外は、部屋らしきものが見つからない。

 

「そうか、それじゃあ急ぐとするか」

「そうね、せめて階層ボスくらいはクリアしたいからね」

「でも、もうそろそろレンタル期間は終わりだよな……」

「そんなのどうでもいい。ほら、あの扉が階層ボスだ!!」


 回廊の先、広くなった廊下の正面に両開き扉が一つ。

 手前の空間は待機部屋と呼ばれ、階層ボスを他のパーティーが討伐中の場合、ここで終わるのを待つ必要がある。

 だが、いまはだれもおらず、ここに辿り着いたのはテスタロッツァが一番である。


「よっし! 階層突破ボーナスと、次階層一番乗りボーナスが加算される。それじゃあ、いくぞ!!」

「ええ、普通の第二層なら、階層ボスはゴブリンの群れかコボルトシャーマン、普通に対処しても楽勝よね」

「せっかく、この大盾の進化を発揮できると思ったんだがな」

「まあ、その真価とやらは次階層以降にしてくれ、それじゃあいくぞ」


 扉を開いて中に入る。

 広々とした空間、傷ひとつない床。

 壁も新品のような艶と輝かを放っている。


 そして三人が入ると、扉はゆっくりと閉じていく。

 そして目の前に黒い瘴気が集まり、一体の巨大な影を生み出し始めた……。


「ま、マジか!!」

「後ろに隠れてください!! 魔力充填、力の大盾を解放します!!」

「な、な、なんで……」


 ダーマルが盾を構え、仲間たち全員を包み込む虹色の結界を生み出す。

 そして三人は、実体化した黒い存在を改めて確認した。


 全長20メートルほどの、巨大な黒いドラゴン。

 普通に考えるなら、ダンジョンのガーディアンとして存在してもおかしくないそれが、三人を見てギラリと睨みつける。


「ま、まて、たとえドラゴンだろうとも、ミスリルソードなら鱗は貫ける。それに、この大盾の守りの力と、ナーニィの魔法の切り札、それがあれば完璧だ、そうだろう!!」


 ヤッチマが叫ぶ。

 すると。


──ピツ、ピッ、ピッ、ピーン……

 三人の武具から音が聞こえてくる。


『レンタル期間が終了しました。自動転送を開始します』


 そう武具から声が聞こえてくるのと同時に、ミスリルソードが、シノータソードが、そして大盾と大賢者の杖が一瞬で消える。

 ヤッチマたちは、一体何が起こったのか理解できなかった。

 レンタル期間は切れた、だが、返すまでは俺たちのものだ。

 そもそも、期間が終わったら転送されるなんて、俺たちは聞いていない。

 これは罠だ、あの店主の罠に違いないと声にもならない声で叫ぶが、目の前のドラゴンの口が大きく開き、その奥に灼熱の炎が見え始めた時、三人は死を覚悟するしかなかった……。

 

 

 

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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