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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バレンタインから始まるボーイズブロマンス

作者: 夢想曲

 中学に上がって初めてのバレンタインデー。

 周りの男子は口には出さないけど馬鹿でもわかるほどソワソワしていて、女子はその辺が上手く何気ない日常を装っている。

 小学校の頃から大して容姿は変わらず、モテた訳でもない。だからオレは期待なんてしちゃいない、本当さ。

 小中学生男子のモテるモテないは運動神経の良さとほぼ同じだ。勉強ができても顔が良くても余程のものでなきゃ注目されない。

 自分から人の輪に入っていく勇気もなく、中学に上がった時に小学校の頃の友達の殆どが他校へ行ってしまい、他の小学校から上がってきた連中に人見知りを発動。見事にハブにされたオレは体育祭でも文化祭でも誰でもなれる作業員Aとして駆り出されるだけの無味乾燥な一年を過ごしてしまった。

 だからこの如何にも特別な日ですっていう教室の空気がたまらなく嫌だった。最早息を吸うことすら嫌になり、窓際の席をいい事に窓を少しだけ開けて外気を吸った。


「ねえナガト、君はもうチョコ貰った?」


 前の席について振り返りざまに声をかけてきた新月コロナにオレは溜め息で返事した。


「優等生サマも企業戦略で生まれただけの習慣なんか気にするのかい?」

「いつになく腐ってるね。で、どうなの」


 話を逸らそうとしたのにしつこく聞いてくる新月に朝から嫌気がさしたが、奴のかけている眼鏡の赤いフレームがキラリと光るのを見て何だか逃げられないなと思い嫌々答える。


「わかるだろ。オレが貰えるのなんて精々親からの市販チョコだよ。聞いてくるんだからさぞ優等生サマは沢山貰ったんだろうなあ」

「その呼び方やめろよナガト。ボクみたいな頭でっかちはウケが悪いのさ」

「なんだ、戦利品ゼロ同士、傷の舐め合いしようってか」

「まだ朝のホームルームすら始まってないのにもう敗残兵みたいなこと言うなって……」


 慰められているようで余計惨めな気持ちになってきた時、教室の扉が開かれ一部の女子から黄色い声が上がりだした。


「あー、まあこうなるよな……」


 教室に入ってきた途端女子達から注目されるソイツ、川手リオはオレと幼馴染だったが生きている世界が違っていた。オレに無いものばかり持ってやがる。女子に負けない甘いマスクってやつを持ち、頭は普通だが運動神経抜群、美人な姉さんまでいるし、オマケに修学旅行の温泉で見たちんこはデカいときた。俺達中学生男子からしたら欲しい物を全部持っているのに、それを鼻にかけない性格で友達の多い根明。

 リオは女子達に囲まれながらもそつなく対応して自分の机に鞄を置くと真っ直ぐこっちにやって来た。


「おはよう!」


 ニコニコしながら大粒の琥珀のような瞳が俺を見つめる。俺の代わりにと言わんばかりに新月が口を開いた。


「おはようリオ。残念ながらこのナガト君は朝っぱらからバレンタインチョコが貰えないって不貞腐れてるのさ」

「おい……」


 余計なことまで付け加えるなと言いかけたが遅かった。


「なんだそれー。じゃあ僕がチョコあげるよ」

「やったなナガト、おこぼれが頂けるぞ」


 小学校の頃から人気者だったリオは度々バレンタインの日にチョコをランドセルに入り切らない程貰っては食べきれないとオレに分けてくれたりした。しかも毎回沢山食った後の締めとしてリオの母が作ったというチョコまでくれた。リオの母はパティシエらしく、家でも沢山お菓子を作るらしい。

 だからきっとリオは舌が肥えていて、同い年の女児が作ったチョコなんて食えないんだろうなというのはオレの勝手な想像。


「人が貰った奴を横流しして貰ったチョコなんて嬉しくもねぇし、お前が貰ったんなら責任をもって食えよな」

「お、珍しく真面目な事を……お父さん嬉しいよ」

「新月、茶化すんじゃねえ」


 わざとらしい嘘泣きをしてみせる新月にツッコミを入れながらリオの顔を見る。新月の冗談に苦笑いしているようだったが、それとは別の寂しさのようなものを漂わせていて、どうかしたか聞こうと思ったその矢先。


「なんだよ去年も食べたくせに」


 顔は笑っているがどうも棘のある言葉。

 机の横に立つリオの顔を見つめる。何が言いたいのだろう。


「小学校最後のバレンタインな」

「ナガトも貰ってたね」

「まあ義理だけどな」

「ふーん。本当に義理?」

「あ、ああ。クッキーにチョコペンで義理って書いてあったからな」


 それを言うと新月もリオもケタケタと笑いだした。正直なんかホッとした。


「何だそれ、ボクの学校じゃそんなの見なかったな」


 新月が得意げに言う。そもそもお前はこっち側の人間だろうに。


「中身見ないでウキウキで持ち帰ったオレの純情を返して欲しいね」


 吐き捨てるようにぼやく。

 机に突っ伏したオレを二人は笑った。


「純情って……クククッ」

「そうだね、ナガトは純粋だよ……ぷぷっ」

「くそっ、リオは兎も角新月までなんだよ」


 わざとらしく余計に不貞腐れているとリオがぽんぽんとオレの肩を叩いた。


「まあまあ。今年も後で僕の家行こうね」

「成果ゼロだったらな」

「リオやったな。お前ん家行くってよ」


 ニヤけながら言う新月にうるせえと小突くと天井からホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。

 それから少しして先生が入ってきて手にした綴込表紙を叩きながら生徒に席に着くよう促す。


「おらー、お前らチャイムなっただろ席に着けー。バレンタインだからって浮かれてんなよー」


 間延びしながらも今日という日を意識しながら注意する先生を一瞥したリオは、小走りに席に戻りながらオレに微笑んだ。それを見てオレも引きつった不器用な笑みで返すとホームルームが始まった。


「今日はバレンタインデーだからって校内でチョコ食ったりゴミを散らかしたりしないように。それと喧嘩の元になるから誰に渡しただとか何個貰っただとかの話はしないように!」


 先生の釘刺しに教室中からブーイングが上がる。

 元からチョコなど期待していないオレや同類達は皆、冷めた目で先生を睨んでいた。



***



 一時間目に頭が起ききらない状態で始まる数学。眠気の再来と空間図形に悩みなんとかチョコのことを頭の片隅に追いやる。


 二時間目に体育を入れる学校の時間割に文句を垂れながら、体育館の冷たい空気に全身を震わせながらバレーボールをホワイトチョコに幻視してる内に顔面を強打して新月に嗤われいい所が無かった。


 中休みにリオの様子を見に行った。声をかけられなかった。キャーキャーうるさい女子グループに自然と馴染んで先生がいないのをいいことに押しが強くせっかちな女子からもうチョコを貰っていた。別に他愛の無い話をするだけなら新月にもできる。自分の席に戻ると義理チョコひとつゲットしてイキる新月をどつくだけで休み時間を費やす。


 三時間目に外国人教師を招いて英語の授業……という名の英語の先生と外国人教師のバレンタイン雑談に終始して、最後に日本のチョコは美味いねという感想をメリケンから引き出して終わった。寝ていれば良かった。リオは寝ていた。


 四時間目ともなると腹が減って仕方ない。国語で連体修飾語だの連用修飾語だのをノートに書きながら、頭の中は献立表に書いてあった蓮根とごぼうの煮物でいっぱいだった。


 給食にチョコがついていた。個包装で一口サイズのハート型。学校の粋な計らいなんだろうけど、他の献立がごはんにゆかりのふりかけ、蓮根とごぼうの煮物、なんかよく分からない焼き魚、牛乳……。なんで学校の給食って和食でも牛乳を出すのだろう?


 五・六時間目に図画工作で本棚を作った。夏休みに全く同じことをやったなーと思い返しながらさっさと終わらせて、手こずるリオの手伝いをした。オレの本棚より出来が良くてちょっと後悔した。



***



 はい、チョコカウントゼロでフィニッシュ。

 三人で下駄箱をチェックしてオレだけがゼロだった。


「おいおいマジかよ」

「それはボクが言いたいよ」


 新月の下駄箱にはチョコが入っているであろう綺麗にラッピングされたハート型の箱がひとつ。リボンに挟まれている手紙は可愛いマスキングテープで封がされ、新月様へと女子特有の丸みを帯びた可愛い宛名が書かれていた。


「本命も本命、大本命じゃん!」


 背後でリオがはしゃぐ。その声に遠くから刺すような視線を感じてリオの茶髪頭を引っぱたいた。


「なんだよー!」

「声がでかい! ……まあ、良かったな新月」

「……」

「新月?」


 大本命チョコを両手で持ったまま固まっている新月の肩を揺さぶる。その様子を見てリオは大きな目をぱちくりさせた。


「感動のあまり放心してる……」

「嬉しいのはわかるが、とりあえず鞄にしまっとけ」

「え? あ、うん……」


 肩がけ鞄のファスナーを閉じず、名残惜しそうにチョコを眺める新月。

 さっさと帰るぞと背中を押して校舎から出る。

 外に出た瞬間、冷たい風に震えてマフラーを巻き直す。いつの間にか左隣に立っていたリオが長いまつ毛を夕日に煌めかせ笑顔を浮かべた。


「そのマフラーまだしてるんだね」


 オレのマフラーは小五の時にリオがくれた物だ。ちょっとだけ短く感じるようになったけど、別に巻けなくなったわけでもない。単に物持ちが良いだけだ。けどそのまま言うのはなんかいけない気がした。


「ああ、まあな。あったけーし」

「そっか。頑張ってよかった」

「え?」


 なんかボソリと呟いたリオだが聞き取れず聞き返す。


「なんでもない。さあ僕の家行くぞ成果ゼロ君」

「それやめろ」


 校門を出た所で三人仲良く足が止まった。別に忘れ物だとかチョコのしまい忘れに気づいたとかとかでもない。校門を抜けて直ぐの道で手提げに義理チョコを詰め込んだ女子数人が下校中の男子にチョコを配っていたのだ。


「家庭科部の女子達だね」


 リオの瞳には女子達が映り込んでいたがその眼差しには冷たさが宿っていた。二月の寒さでそう見えただけかもしれないが。


「友達か?」

「うん? まあそうだね。あまり話さないけど」


 そんなことを話していると女子の一人がリオを見つけて小走りで駆け寄ってくると、それに気づいた他の子達も先頭の子に続いた。


「リオくーん! はい、チョコレート!」

「あはは、朝に貰ったじゃん」

「気にしない気にしない! あ、君もどうぞ! クラブ活動で作ったんだ!」


 リオに渡すついでみたいに渡されたチョコを受け取る。小さなグラシンカップに収められたチョコの上に申し訳程度にカラースプレーが、新月が受け取った方にはアラザンがまぶされていた。

 義理とはいえ直接受け取ったんだ。礼はしないとな。


「ありがとう」

「気にしないで。あ、リオ君はこの後暇?」

「えへへ、ごめん。大事な用事があるんだ。またね!」

「え? 用事って……」


 言いかけたがリオが強引に腕を組んできて引っ張られた。話す余裕などなく歩き出し新月も背後で女子に礼をした後慌てて着いてきた。


「なあリオ、今チョコ貰えたけど成果ゼロじゃないんじゃね?」

「校門出てからのはノーカン!」

「えぇ……」


 後出しルールに何でもありだなと呆れていると、背後から肩を叩かれた。新月だ。


「悪い。ちょっと寄るところあるからじゃあな」


 いつの間にか学校の近くにあるデパートを通り過ぎようとしていた所だった。親に買い物頼まれたのかな。まあ引き止める理由も無い。


「また明日」

「うん、じゃあね二人さん!」

「……? おう、じゃあな」


 新月と分かれ、リオと二人の帰り道。

 組んでくるリオの腕やコートの脇腹部分があたたかい。


「なあ」

「うん?」

「いつまで腕組んでるんだよ」

「あ、ごめん」


 慌てて腕を引っ込めようとしたリオを見て何故だか腕を伸ばしてそれを止めてしまった。何故だろう。あたたかいからか。


「いいよ。あったけーし」

「……そっか」


 腕を組み直して夕日に向かって歩く。

 二人で下校するのは中学の入学式ぶりか。新月とリオが同じ塾だったから同じ中学になって良かったと話してる間に、いつの間にかオレも加えられていて直ぐに三人でつるむようになっていたから。

 リオは顔が広い。可愛い上に怖気付くことなく人の輪に入っていくから、実際三人でつるんでいるのはオレから見た関係であって、リオからしたらオレは数多くいる友達の一人に過ぎないんだ。そして今日、新月はどうするつもりか知らないけど本命チョコなんて貰いやがった。

 とてつもない孤独感が急に這い上がってきて背筋に冷たいものが走るのを感じた。隣にリオがいるのに、オレは孤独を感じている。

 寒さも相まって、顔から血の気が引いていく。顔の感覚が無くなりそうだ。


「ねえ」


 急にリオに声をかけられビックリして立ち止まる。

 いつの間にかリオの家の前に立っていた。


「早く入ろう。寒い寒いー」

「ああ……」

「どうしたの?」

「なんでもねぇよ」


 リオの家に上がり込むと真っ直ぐリオの部屋に向かう。

 一戸建てで三階建ての立派な家だ。オレのオンボロアパートと大違い。

 夕焼け差し込むリオの部屋は一人部屋にしては少し広い。十畳くらいか。勉強机は相変わらず綺麗に整頓され、小さな液晶テレビとテレビ台には埃ひとつ被っていない。シングルベッドには並べられたぬいぐるみは本人の趣味が分からない。見慣れた部屋な筈なのに、チョコレートの香りがして見知らぬ部屋にいるような気持ちになった。

 リオは鞄を勉強机の上に放り投げると暖房のリモコンに手を伸ばした。冷たかった部屋に温風が吹き、ダッフルコートを脱いだ。


「なにかジュース飲む?」

「これから甘い物食うのに?」

「そうだねー、コーヒー持ってくる。母さんのとっておきがあるんだ」

「いいのか勝手にそんなの」

「飲んでいいって言われてるからさー」


 そう言いながらスリッパをパタパタ鳴らして忙しなく部屋から出ていくリオを見送って、部屋の真ん中にある座卓に着いた。

 一人残されて部屋をまた見渡す。この部屋は前々から違和感を感じていた。

 俺が持ち込んだゲーム以外全部ソロ専のオフゲばかり。座卓を囲む座布団は二枚だけ。部屋の隅にはサッカーボールや野球ボール、ミットにバット、竹刀に、何故か木刀。外で遊ぶ物が多いがどれもそんなに使い込んだ感が無い。フローリングの床は綺麗で、カーペットには染みやシワもない。

 まるで誰も上げたことがないようだ。

 そんなまさか。現にオレは部屋に上がってるし、限られた人しか上げないにしてももっとこう、散らかってたりするもんじゃないか。リオが綺麗好きで、友達が帰ったらすぐ掃除する奴だったとしても、床や壁の傷とかはどうしようもないだろう。

 やたら綺麗な部屋に改めて不思議に思ってると、部屋のドアが開かれた。


「お待たせー」


 部屋に入ってきたリオはトレーにコーヒー二つと小さなチョコのホールケーキを乗せていた。それを慣れた手つきで座卓に並べる。


「いきなり凄いのが出てきたな」


 全体がチョコソースでコーティングされ黒い光沢を放つケーキの上にはホワイトチョコペンで〝ハッピーバレンタイン〟と書かれている。コーヒーの深みのある香りに混じってチョコの甘い香りがする。

 部屋のドアを背に向かいに座るリオはどこかそわそわした様子で、瞳を色んな方向へ泳がせている。そして俯いて自分の手元を見つめながら言った。


「あのさ、実は嘘ついてたんだ」

「え?」


 急な告白にどんな反応をしていいか悩んで、結局間の抜けた声を漏らしてしまった。

 嘘? 一体何で嘘をついたんだ? それよりその嘘をこのタイミングでバラすということになんの意味があるんだろう。

 小一からずっと友達だったんだし、余程のことでもなきゃ怒る気も無い。


「あー、なんの嘘か知らねえけど、気づかなかったな。で、どんな嘘だよ」

「う……えっと、実は今まで母さんが作ったって言ってたお菓子あるじゃん?」

「ああ、美味かった」

「そっか……フフッ」


 ようやく顔を上げたリオの口角が僅かに上がる。


「あのさ、実は全部、僕が作ったんだよね」

「……あ?」


 バレンタイン以外にもたまに母が作った物と言ってクッキーだシフォンケーキだと分けて貰ったことがある。去年今年の話ではなく、もう何年もだ。

 全部リオが? そっちの方が嘘っぽい。そう思ったが、あまりにもオレの言った美味しいの一言で喜んだ様子がオレの疑念を否定する。


「マジで?」

「マジで」

「このケーキも?」

「このケーキも。母さんに教わりながらだけど……」

「にしても――」


 改めて目の前のケーキを見る。

 気泡が無く塗りムラも無いチョココーティング。やや下に伸びてるのを除けばお店の商品ですと言われたってわからないだろう。


「――めちゃくちゃ上手いな」

「その、誰にも言わないで欲しいんだけど、こういうの作るの好きなんだ。教わりながらは大変だけど、一人で作れると作っている間夢中になれるというか、没頭できるというか……」


 もじもじと手のひらを擦りながら恥ずかしそうに言うリオがなんか妙に可愛く見えて、こっちもなんだか顔が熱くなってきた。なんだこれ。オレはなんて反応したらいいんだ。ちくしょう何だこのモヤモヤする感じ。


「まあ、わかるぜ。色々忘れてひとつの事をやりたいってのは」

「そ、そっか。それでなんだけどさ……」

「なんだよ勿体ぶって」

「受け取ってくれるかな。僕の……本命チョコ」


 本命チョコ。オレへの? リオが? 何かのイタズラかと思ったが。無意味な嘘なんてつかない事くらい小一の頃から付き合ってて知って……。この流れで付き合ってるって、変な想像をしちまう! ああー! なんかリオの家に来てからなんか調子狂ってるな。落ち着けオレ。リオはオレのダチだし、これはなんつーかアレだ、ガチの友チョコってやつだ。親友チョコってちょっと語呂悪いしな。


「本命チョコとはまた大きく出たな」

「だって、ナガトの事好きだし」

「にしてもなんか本命って言い方、すげぇマジって感じじゃん」


 そう言うと、リオはニコリと笑みを浮かべた。


「だって、マジだもん。ナガトとは、これからもずっと一緒にいたいなって」

「どうした急に。今まで一緒だったろ」

「そうだけど……中学は三年しかないでしょ? もう二年生になっちゃう。卒業したら、そしたら……僕達は」


 嬉しくて笑ったり、不安に眉をひそめたり、リオは表情をころころ変える。それがなんだか小動物っぽさもあって。

 ああ、だから皆に好かれるんだ。

 リオはオレに無いものを沢山持っている。オレは鉄仮面で、卑屈で、パッとしない。普通、自分より優秀な奴を見るとうやらましさでイライラしたり、関わり合いになりたくないと思うものだが、あまりに正反対だと……。


 オレは、リオに惹かれてる。


 やっとオレは自覚できた。

 オレ自身の気持ちに。


「大丈夫さ。体育はお前に譲るが、頭の出来はギリギリこっちが上だ。高校も一緒の所行こうと思えば行けるさ」

「じゃあ僕、ナガトと同じ高校行く!」

「ああ、三年になったらまた考えようぜ」


 別に、オレ達の関係は今から変わるなんてことはないんだ。オレが気付かなかっただけで、リオはそれを教えてくれたんだ。

 まったく、なんて鈍いんだ。

 毎年他人から貰い過ぎたチョコを分ける口実に、しっかり自分の本命を最後に食わせるとか、相当想われてたんだな、オレは……。


「なあ、食ってもいいか?」

「あ、うん!」


 リオは率先してビックリするほど綺麗にケーキを切り分ける。

 小皿に乗ったカットされたケーキの断面は綺麗なスポンジで、二段に分かれたスポンジの間には生クリームまで挟まれている。本当にケーキ屋で売ってそうな出来だ。

 フォークで一口分割って口に運ぶ。


「ん、うめぇ」

「そう? 良かった」

「まさか、リオの作る菓子の味が一番ホッとするようになるなんてな。食い慣れた美味さだ」

「へへっ、実はお菓子作りが趣味ってちょっと恥ずかしくてさ。女子みたいで」

「んなこたぁねぇよ。パティシエは男の方が多いんだぞ?」

「え? そうなの」


 お母さんがパティシエだとあんまそう思わないか。そんな事気にしてたのか。


「そういや、ホワイトデー返したことねぇな……」

「気にしなくていいよそんなの」

「いいやダメだ。お前が作ったって知ったからには返さねぇと。だからさ――」


 これがお返しになるかわかんねぇ。

 けど、オレはリオと一緒にいたい。


「――今度お菓子の作り方、教えてくれ」

「あ、あ……!」


 リオは今日一番の笑顔で体を震わせるほど喜び、琥珀色の瞳を輝かせた。まるで顔の周りに花が咲いているのが見えそうだ。


「うん! 一緒に作ろう! 沢山作るぞー!」

「お前が作ったらお返しにならねぇだろ」

「それもそっか! ハハハッ!」


 二人で笑い合う。今まで通り。

 これからもオレ達はずっとこうしているだろう。

 いや、今まで通りじゃない。

 今までより少しだけ長く近くで。

本作を読んで頂きありがとうございました。

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ジャンル:ハイファンタジー短編

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