天才フリーキッカーはサムライブルーを決勝に導く
W杯のスタジアムの熱気は緑の芝を揺らす。
青のユニフォームの10番は息を吸い込み助走をとった。
男のシュートは綺麗な弧を描きゴールマウス右隅へ決まる。
彼のフリーキックの技術は天才的だ。
この男は一条徹。
日本代表のエースである。
彼は今年38を迎える気難しいベテランだ。
若手たちに檄を飛ばす。
「川上! 守備サボってんじゃねー!」
「浜崎! 下手くそなドリブル仕掛けてんじゃねえ! 危ないんだよ!」
今大会は特に仲間への当たりが激しい。
ここで試合終了を告げるホイッスルが鳴る。
遂に日本は決勝に進出した。
一条は無言でバスに乗り込む。
若手は彼の陰口を叩く。
「一条の奴! ムカつくぜ!」
「少し上手いからって偉そうにしやがって!」
川上はそんな彼らを嗜める。
「お前ら! 一条さんの悪口言ってる暇あったら練習するぞ!」
W杯決勝戦の相手はブラジル。
サッカー選手でこの状況を夢見ない者はいない。
2日後決勝のホイッスルがスタジアムに鳴り響く。
前半20分にフリーキックを得た日本は一条のゴールで先制する。
「一条さん!」
「まだ先制しただけだ! さっさと戻れ!」
駆け寄る若手に一条は怖い顔で檄を飛ばす。
まだ油断してはならない、という一条の懸念は的中し日本は後半追いつかれる。
その直後だった。
「ぐっ!」
背後から激しいチャージを受けた一条が倒れる。
「一条!」
慌てて駆け寄る監督は彼の変色した右膝を見て青褪めた。
「これはダメだ! 担架を……」
しかし一条は汗を拭い立ち上がる。
「何言ってんすか? 俺はまだいけますよ」
「一条……」
監督も唖然とする中、川上は一条の頭を殴る。
「いでっ⁉︎」
「黙って引っ込んでろ! おっさん! 怪我した選手なんか邪魔なんだよ!」
「川上ぃ……!」
そう言って無理やり一条を担架へと押し込んだ。
川上は檄を飛ばす。
「おい! もしこれで負けたらあいつまだ続けやがるぞ! 嫌だろ! 優勝してあいつを引退させてやろうぜ!」
その言葉に奮起した日本はブラジルと対等にボールを運び始める。
「くそっ! 日本め!」
焦れたDFのチャージを受け日本はフリーキックを獲得した。
「俺が蹴る! 絶対に決める!」
サポーター達が湧きかえる中、川上は息を吸い込む。
憧れの選手の姿を思い浮かべ放ったシュートは鋭く曲がりゴール右隅へと決まった。
同時にホイッスルが鳴り日本の優勝が決定する。
川上はベンチへ笑いかけた。
「あんた無しでも勝てましたよ」
「ムカつくガキだぜ……」
一条の目には涙が光っていた。
※余談
日本人とはブラジルで「サッカーが下手な人」という意味で使われるくらい、日本はサッカー後進国と見做されていたそうです。
もちろん、近年の日本人選手の活躍でそういった意識は解消されているようです。