聖剣の在り方
「普通の女の子?」
『えぇそうですよ。彼女は至って普通の女の子ですよ。今現在はという前置きはありますが』
「随分と含みがある言い方をするじゃないか。僕になら素直に教えてくれても良いんじゃないか?女神の分体さん?」
かつてこの世界を創った女神•イルファンレオーネは世界の均衡を著しく乱すモノに対する対応策として、いくつかの神器を世界にばら撒いた。
その1つが先代《聖剣の勇者》であるジュラフィールであり、次代の《聖剣の勇者》であるティルファが台座ごと所持する聖剣だ。
それぞれの神器にはイルファンレオーネの精神と能力を一部制限された状態で模倣した分体が込められており、それを持つに相応しい者に正しい助言を行う役割を担っていた。
ジュラフィールも当然晩年まで女神の分体と聖剣と共に過ごしていたので、この分体とは親しい仲と言えるくらいには信頼関係を築いていた。
だからこそ、分体が妙に含みのある言い方をする事が疑問だった。
生前のようにハッキリと言葉を伝えてれば良いのに、どこか核心をはぐらかそうとする意図が見え隠れしていたから。
『……別にあなたに隠し事をしたい訳ではありません。ただ、この場合は黙っていた方がより平和な未来に導ける可能性が高いと考えているからです』
「僕があなたの言葉に逆らう事で一度でも最悪な結果が訪れた事があったかい?」
聖剣を手にし、幾度となく分体と議論を交わしながら冒険を続けてきたジュラフィールであるが、最初から最後までただの一度も後悔をするような場面に遭遇した事は無かった。
普通の人間ならば、女神の分体の言葉ならと素直に了承する事も、ジュラフィールは己の経験の知識と信念を理由にその言葉を退け、自らが赴くままに行動する事がままあった。
しかし、それでも彼が間違った事は一度も無かった。
彼が分体に反発する時は不思議と分体が間違った導きをしている事が殆どだったから。
結局女神の分体と言えど、完璧でも完全でも万能でも無い。
ただ自分が創り出した世界を見守ってくれている女神の分体に過ぎないのだから。
それを彼は本能で理解していたからこそ、分体の言葉に耳を傾けつつも時には反発して行動した。
その結果、彼は世界を混沌に導く魔王を討伐するという偉業を為した。
その功績から来る自信は並大抵のモノではない。
だからこそ、彼はティルファについて分体が知っている事を自分も知っておくべきだと考え、更に追求する。
それが分体の意図に沿わないものだとしても。
『……まぁあなたであれば確かに問題無いのかも知れませんね。それならば簡潔に伝えます』
「あぁ」
『彼女はこれからこの世界に訪れる、災厄に立ち向かう為の次代の《聖剣の勇者》としての使命と素質を備えています。それと同時に。この世界に脅威をもたらす新たな《魔王》となる運命と才能を備えています』
「どういう事だ?」
ティルファが《聖剣の勇者》としての素質を備えている事はなんとなく予想出来ていた。そうでなければ台座ごととは言え聖剣を持ち運ぶ事など不可能だから。
しかし、ティルファが次代の《魔王》となる可能性は考えていなかった。
ジュラフィールから見たティルファは《聖剣の勇者》に憧れるちょっとおかしな女の子ぐらいの認識でしか無かったから。
だから何故ティルファが次代の《魔王》となるのかを分体に問いただす。
『あなたも知っての通り、《魔王》とは世襲するものでも望んでなるものでもありません。ある日突然、何らかの原因によって《魔王》として覚醒し、為るものです。それに種族は関係ありません。《魔王》と為るのは魔族かも知れませんし、エルフ族かも知れませんし、精霊族かも知れません。今回の場合はたまたま、人族のティルファさんだったというだけです』
「いや、それは確かに以前あなたから聞いたから覚えているが、それでも何故彼女が?魔王とは程遠い純真そうな女の子じゃないか」
『純真さが故……でしょうか。私にもまだハッキリと未来が視えている訳では無いので何とも言えませんが、いずれ彼女の身の回りに訪れる何かが《魔王》へと為るきっかけになるようです」
「それは……【未来視】で視た結果なのか?」
『はい。……とは言え、制限がされた能力で視た未来なので不確定な事しか言えないのですけどね』
神器に込められた女神の分体にはそれぞれにイルファンレオーネが持つ能力が全て備えられている。
その1つが【未来視】であり、自身が視たい未来を自由に視る事が出来る能力だ。
どんな物、どんな場所でも何でも視る事が出来るが、些細なきっかけ1つで未来は変わるし、分岐もする。
視たい未来が先であればある程その結果は定まりにくくもなる。
女神程の力を持つ者であれば絶対不変の確定した未来を視る事が出来るが、分体は全ての能力に制限がかけられているのでその精度は些か劣る。
分体曰く、能力が制限されているのは神の力を十全に発揮出来る存在はそれだけで破滅を導く可能性が生まれるからとの事。
だからイルファンレオーネは神器に込めた分体には自分の力に制限を課した能力を付与したのだと分体はジュラフィールの生前に語っていた。
だからこそ ジュラフィールはもどかしい。
ティルファが守るべき《聖剣の勇者》なのか、倒すべき《魔王》なのかが分からないから。
「どうにか力の制限を外してその未来を確定した状態で視る事は出来ないのか?」
『不可能ですね。能力の制限を私の意思で外した事はありませんし、そもそも制限が外れるのかも分かりません。制限がされた状態が正常であるのなら、どうにも出来ませんからね。少なくとも、あなたを含めこれまでの《聖剣の勇者》達と旅をする中で私の能力の制限が1つでも外れた例は無いのでその考えは捨てて貰う方が正しいかと』
「……そうか」
実際 ジュラフィールは魔王を倒す旅の中で幾度となく死を覚悟する場面があったし、途方もない苦難を乗り越えざるを得ない状況に陥る事があった。
聖剣に込められた分体の女神の能力がどれか1つでも完全に使えれば楽になると何度も思い、そしてそれを何度も願ったがついぞその願いが叶う事は最後まで無かった。
だから一応駄目元で聞いてはみたが、やはり駄目だったので ジュラフィールは頭を切り替える。
「なら僕はどうすれば良い?こうしてまた不完全ながらもこの世に生を受けたのなら、彼女が魔王となるようなら彼女を殺せば良いのか?」
出来る事ならそんな事はしたくない。
そう思った ジュラフィールであるが、分体から出た言葉は少し予想を外れたものだった。
『1つ、あなたの認識を訂正させて下さい』
「認識を?」
『はい。あなたは確かに《聖剣の勇者》として魔王を倒す為に私を手にしました。これまでの《聖剣の勇者》も殆どがそうです。しかし、聖剣が《聖剣の勇者》を必要とする時は必ずしも魔王が出現し、それを倒す為とは限りません』
「どういう事だ?」
『改めて伝えます。私達神器は、世界の均衡を著しく乱すモノに対する対応策としてこの世界にばら撒かれました。そしてそれぞれの神器には乱れた均衡を平定する場所が定められています。聖剣であればこの地上を。地底では聖槌が。海では聖鞭、空では聖槍が。そしてその均衡を著しく乱すモノは魔王だけではありません。ソラからの災厄、悪神の顕現、天変地異など様々なモノがあります。偶々地上世界の均衡を乱すモノの多くが魔王であるだけです』
「……ますます分からないな。それならもし仮に彼女が魔王として覚醒したのなら聖剣の所有権はどうなる?」
『前例は未だありません。ですが。もし仮に彼女が魔王として覚醒したのなら、彼女は【聖剣の魔王】として君臨する事になるでしょう』




