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正規の方法以外で持ち出したらそれは泥棒

「おっはよーーう!」



 ティルファが《聖剣の勇者》の墓所から聖剣を持ち出した翌日。

 昨日は疲れで泥のように眠っていたというのに、朝になった途端に飛び起きて、昨日までの疲れなど無かったかのような元気さで村の仲間に大きな声で挨拶をする。


 元々《聖剣の勇者》の聖剣を求めて世界各地に足を運んでいたティルファは村の中では1番の有名人であり、そんな有名人が旅から帰ってきたと思ったらその隣に台座に突き刺さった剣が置いてあるので、遂に成し遂げたなコイツといった好奇の目で見られるのはしょうがないし、道を塞いでしまう程に人集ひとだかりが出来るのもしょうがない事。


 ティルファ自身、長年探し求めてやまなかった聖剣を手にする事が出来たので、それを自慢する為に自宅の前に聖剣と台座を置いて、自宅の前を通り過ぎる人に見境なく挨拶をしていたので好奇の目で見られるのはむしろ本望なのだが。



「ティルファ、お前、遂に見つけたのか?」



 そうして1時間程ソレを続けていると、村の長の息子である《ガブーラ・ヘリエドス》が騒ぎを聞きつけてやってくる。

 ガブーラはまずティルファの隣に置いてある台座に突き刺さったつるぎを見て、その後に満面の笑みでガブーラを見つめているティルファに視線を移す。



「そう!そうなの!やっと見つけたの!《聖剣の勇者》の聖剣!ほら!」



 ガブーラと目が合ったティルファはもう待ちきれなかったと言わんばかりに言葉に嬉しさを乗せながら聖剣を紹介する。

 だが、気分が最高潮に達しているティルファに対してガブーラの気持ちはやや冷めていた。



「これが《聖剣の勇者》の聖剣、ねぇ……」


「そう!」


「なんで、台座?に、刺さったままなんだ?普通こういうのってつるぎだけ持ってこないか?」


「うっ……!」



 ここに集まっていた誰しもが思っていた事をガブーラはティルファに突き付ける。

 聖剣が見つかったのは喜ばしい事。

 でも、なんで石に刺さったまま?

 どうやって運んできた?

 もしかしてまた偽物でも掴まされたんじゃないのか?

 それがこの場にいるティルファ以外の全員の総意だった。


 ティルファも痛い所を突かれたと言わんばかりに胸を左手で抑えながら崩れ落ちる演技をし、苦悶の表情で事実を伝え、



「《聖剣の勇者》の聖剣は……資格のある者しか抜け無かったの……でも、私にはその資格が無くて抜けなかったから、無理矢理台座ごと引き抜いて来たの……!」



 言い終わるとその場に倒れて動かなくなる。

 ソレはまるで命からがら危険がひしめく迷宮から帰還した勇者のようだったが、ソレが全て演技だという事は全員が分かっていたので黙ってティルファの続きの言葉を待つ。



「とまぁクサイ芝居はここまでにしといて、実際今言ったのは嘘じゃなくて、私は聖剣の使い手として選ばれなかったんだよね。でも、どうしても欲しかったから無理矢理抜いてきたの。台座ごとね」


「くっ……くくっ……おま、お前……あっははははははは!マジか!資格が無いなら諦めれば良いのに、無理矢理抜いて来たって!あっはははははは!」



 私は至極普通の事をしてきたと言わんばかりに自信満々な表情でティルファが聖剣を手に入れた経緯を説明するので、ソレに耐えきれなくなったガブーラは大きな声で笑い始める。



「むー!何さ!別に笑わなくたって良いんじゃない!?」



 ガブーラの高笑いを自分を嘲る嘲笑だと受け取ったティルファはすぐさま抗議の言葉を口にする。



「あっははははっ!ま、まぁ落ち着けよ。別にお前の事を馬鹿にした訳じゃねぇよ。お前らしいなって思ってさ」



 だが、ガブーラは自分を馬鹿にした訳ではないとティルファは察する。



「お前が《聖剣の勇者》の聖剣を探し求めてたのは子供の頃から知っているし、大人になってからも一途に探し求めてたのも知っている。そんなお前だから、聖剣に選ばれなかったからといって諦めるようなタマじゃないと思っちゃいたが、まさか台座ごと持ち出すとは思っても無かったからよ!アホの所業だよ!」


「やっぱり馬鹿にしてる!」



 多分、馬鹿にした訳ではないとガブーラへの認識をティルファは再度改める。

 少なくとも冗談混じりに馬鹿にしてきているのは間違い無かった。



「だってお前コレ、相当重いだろ?どうやって抜いたんだよ」


「それはまぁ、グッと力を入れてグボッて!」


「ゴリラかよ!おっほおっほほほほ!」


「ねぇその笑い方やめて!なんかホントに馬鹿にされてる気がする!」



 ガブーラがあんまりにも堂々と笑うものなので、周りに居た人達もそれに釣られて笑ってしまう。

 誰も彼もティルファの事を馬鹿にするつもりなど毛頭無いのだが、『台座ごと聖剣を引き抜いた』という珍事があまりにも面白く笑わずにはいられなかったのだ。



「もー!皆んなして!」



 そうして全員の笑いのツボが収まるまでに数時間を要したのだが、そのかんティルファは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤くしながら皆んなの笑いが収まるのを待った。



「あーー笑わさせて貰ったぜ」


「別に笑わそうとした訳じゃないんだけどね?」


「悪かったよ。それで?この聖剣は結局どこにあったんだ?」



 ティルファは村の近くの洞窟に聖剣があった事をまだ誰にも伝えていなかった。

 もしも誰かにその事を話して、その話がどこかに漏れて自分が聖剣を手に入れる前に誰かに取られる事を恐れたからだ。

 だが、こうして聖剣を手に入れた以上、その心配も無くなったのでティルファは包み隠さず全てを話す。



「はー……不気味な無縁仏が《聖剣の勇者》の墓所だったなんて想像もしなかったな。誰かその事実、知ってた奴居るか?」



 ガブーラは寝耳に水といった感じでティルファの話を聞き入れ、洞窟と《聖剣の勇者》に繋がりがあった事を知っていた人が居ないか集まって来ていた人達に確認する。

 だが、全員が首を横に振り誰1人としてその事を知らなかったと肯定する。



「まぁそうだよなぁ。あそこが《聖剣の勇者》の墓所だって分かってたら誰かがあの洞窟を観光名所にしてたのは間違いないし、この村を売り出す良い文句になってただろうしなぁ」


「実際私もその事実に辿り着くまでにかなりの時間を要した訳だし、多分誰にも伝えられて無かったんじゃないかな?ホント、《聖剣の勇者》にまつわる文献のごく一部に墓所の特徴が記載されていたぐらいだから、私程熱心に研究していてかつ、その場所を訪れた事のある人じゃないと分からなかったと思う」



 その条件に当てはまるティルファこそ、聖剣を抜くべくして抜いた資格ある者なのでは無いかとガブーラは思ったが、先程大笑いをしてしまった手前そう言い出すのは気が引けたのでそっと心の奥にしまっておく。



「そうか。まぁ何にせよ見つかって良かったじゃないか。長年のお前の夢だったもんな。聖剣を手にするのは」


「うん。ありがと。やっと成し遂げられた!頑張った私!皆褒めて!」



 無邪気にそう言い放つティルファを見て、褒めない人などどこに居ようか。

 ガブーラを初めとし、口々におめでとう!よくやったとティルファを称賛し、大きな拍手をもって誉め讃える。



「ありがとうー!ありがとうー!」



 うっすらと目に涙を浮かべながら村の仲間からの称賛をその身に浴びていたティルファだったが、ふいにその幸せなひと時の邪魔をする出来事が発生する。



「ガブーラさん!大変です!村の入口に魔物が!」



 村の周辺で守りを固めている警備隊の1人が魔物が出たと報告しに来たのだ。



「何だと?数は?」


「一体だけなのですが、言葉を話すんです!」


「何っ!?」



 警備隊の若者の言葉を聞いて、その場にどよめきが生じる。


 この世界には魔物や魔獣と呼ばれる人とは姿形が大きく異なる生物が存在している。

 基本的にそれらは知能や自我が低く、ただ野生の本能のままに過ごすモノが殆どなのだが、稀に人の言葉を介す程に知能や自我が強い特異個体が発生する。

 それらの多くは人に仇を為し、物的・人的被害を出す要因となる事が殆どだったので人の言葉を介す魔物や魔獣は見つけ次第討伐をするのが通例だった。

 ただ、特異個体のどれもが通常の個体よりも強大な力を有しているので何の経験や訓練を積んでいない者では倒す事は難しい。

 ましてや、王都から離れた田舎にある村に滞在している者の中に腕に自信のある者などそうは居なかった。

 それ故、ガブーラはまず村民に避難をするよう指示を出し、自身の目でその魔物がどんな個体なのかを確認しに行く事を決断する。



「報告ご苦労!皆の集よ!聞いた通りだ!今、この村に危機が迫っている!故に、村長フラネル・ヘリエドスに代わり、その息子ガブーラ・ヘリエドスが命じる!村に滞在している者達に避難を促せ!1人の犠牲者も出すな!」


「「「はいっ!」」」



 ガブーラがそう命じると、ティルファと警備隊の若者以外の全員が即座に散開し、村の各所にいる仲間の元へ避難をするよう伝えに行った。



「ティルファ、お前も早く逃げろ」



 ガブーラは女性であるティルファの身を案じ、この場は自分に任せて安全な場所に逃げるよう促す。



「そうしたいのは山々だけど、多分今この村で1番腕が立つのは私なんだよね。この聖剣を抜きにしても、世界各地の遺跡や秘境を巡って聖剣探しをした私の能力って中々馬鹿にならないし、特異個体を相手に戦った事も何度もある。だから、ガブーラは私に逃げろって言うんじゃなくて戦えって言うべきだよ?」



 だが、ティルファは逃げる事をせず、逆に戦う意思をガブーラに示す。



「む……」



 ティルファが世界各地を巡って旅をしていたのは知っていた。その過程で普通の冒険者よりも強くなっているのだろうとも。

 ただ、それでも女性は自分が守ってやらねばならないという意識があった為に、ガブーラにはティルファを矢面に立たす選択肢が最初から無かった。

 しかし、ティルファの余裕のある表情と受け答えから彼女なら特異個体との戦闘を任せても大丈夫だろうと思うようになったのでガブーラは一言謝り、村の入口まで付いて来てくれるよう頼む。



「……すまん!なら俺達と共に来てくれ!」


「りょーかいっ!」


「こっちです!」



 ティルファとガブーラは若者に導かれるまま村の入口を目指す。

 その道中、ティルファはふと気になった事を若者に聞く。



「そう言えば、現れた魔物ってどんな奴なの?」


骸骨スケルトンです」


骸骨スケルトン?こんな場所に?なんで?」



 骸骨スケルトンは基本的に供養のされていない遺体が長く放置された戦場や管理をする者の居なくなった集合墓地などに現れる魔物だ。

 ティルファ達の近くにはその条件に当てはまる場所など無く、大きな戦闘や戦争が発生したという話も聞いてないので何故そんな魔物が突然現れたのかが謎だった。



「……考えてもしょうがないか。後は、その魔物は何て言っていたの?言葉を話すって言ってたよね?」


「それが、盗人を出せと」


「「盗人?」」



 ティルファとガブーラの脳裏に共通したある物が思い浮かぶ。



「ねぇガブーラ?」


「なぁティルファ?」



 同時に2人が互いの名前を呼んだ事で、2人は同じ事を考えているのだと察する。



「「……」」


「?」



 嫌な予感がしながらも、ソレを口にすると本当の事になりかねないので敢えて2人は黙り込む。

 事情を知らない若者は首を傾げるしか無かったのだが、そうこうしている内に3人は村の入口に辿り着き、特異個体とされる骸骨スケルトンと対面する。


 その骸骨スケルトンは特異個体らしく、服や装備を何も身に付けていない普通の骸骨スケルトンとは違い、上半身は朱色を基調としたマントに金色の刺繍が施された豪華なモノと白銀に輝く絹の服を着ており、下半身は同じく白銀に輝く絹のズボンに銀色の光沢が美しい金属製のブーツを履いていた。

 唯一何も身につけていないのは手首から先と頭のみで、そこだけは頭蓋骨と骨が露出していたのでそこを見てやっと骸骨スケルトンだと認識出来た。



「来たな盗人め……!」



 骸骨スケルトンは開口一番にティルファ達に向かって3人の誰かを盗人呼ばわりする。

 ソレに心当たりのあるティルファはおずおずと右手を上げながら左手で聖剣を担いで前に出る。



「あの、盗人ってやっぱり私の事?」



「それ以外に居るか!貴様の持っているつるぎは次代の者へ託す筈の聖剣なのだからな!」



 やっぱり。

 と、嫌な予感は当たるものだとティルファとガブーラは心の中で頭を抱えた。


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