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最後に煽ってくる不穏な空気は大概どうでも良い事

「……さて。とりあえずこれからどうしよう?」



 ティルファは、長年探し求めていた聖剣を手に入れる事の出来た達成感と台座ごと聖剣を引き抜いた時の疲労感であまり動き回りたくは無かった。何ならいっそこのままここで寝てしまいたいとさえ考えもしたが、曲がりなりにも今ティルファの居る場所はかつての《聖剣の勇者》の墓所である。

 長い月日を経て流石に朽ちてしまったのか、聖剣の勇者の遺骸らしい遺骸はどこにも見当たらないので不気味さは抑えられているが、それでも今居る場所が死者を弔う墓所である事を考えたら今一つゾッとしないので長居はしたくないというのも本音だった。



「はぁ〜……ちょっとしんどいけど出るかぁ」



 そうして考えた末、疲労で重たい身体に鞭を打って洞窟から出る事をティルファは選択する。

 幸いにも荷物らしい荷物は台座付きの聖剣以外には特に無く、身軽であるのだが、いかんせん台座付きの聖剣が重過ぎる。



「ぬっ……くくっ……」



 ズリ……ズリ……と力任せに聖剣の柄を持って引っ張るが、その重さのせいで中々思うように進んでくれず苦戦する。

 一応、ティルファには台座が重くて聖剣が運べないという問題を解消する手段が無い訳ではない。

 ただ、それを行うだけの余力が今のティルファには残されていないのだ。


 と言うのも、ティルファは聖剣を求めて世界を旅し、古代の文献を漁っているうちに多くの魔法を習得する事が出来た。

 その中の魔法の1つに、身体能力を強化するものがある。腕力や脚力、肺活量や握力など身体能力に関わるあらゆる力を向上させる魔法が。

 先程聖剣を無理矢理引き抜く際にも自身に付与出来るだけの身体強化の魔法を付与していたのだが、その時に魔法を行使するのに必要な魔力を全て使ってしまったので今のティルファは一切の魔法を使う事が出来ない。

 次に魔法を使えるだけの魔力が自然回復するまでまだかなりの時間を要するので魔法に頼った問題解決は望めなかった。



「魔法は……駄目。しばらく使えそうにない、か。はぁ〜……なら仕方ないよねぇ……」



 ティルファは大きなため息と共に覚悟を決めて、再度聖剣の柄を両手で掴む。

 そして、やはり力任せに台座ごと聖剣を引っ張って洞窟の出口を目指す。



「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!」



 元々疲れている上に、魔法による補助も出来ない。

 本来ならば聖剣をここに放置して一度出直して魔力が回復してから来るべきなのだが、台座ごととは言え元の位置から動いてしまって放置されている聖剣を誰かがかすめ取ってしまう可能性も無いとは限らなかったのでティルファとしては一度出直すと言う選択肢は無かった。


 幸か不幸か、聖剣を探し求める旅を続けているうちにティルファの身体能力は常人を遥かに上回る程に鍛え上げられていたので、少し休んでは引っ張ってを繰り返していけば今日中にも聖剣と共に洞窟の出口まで到達する事が出来そうだった。



「ぬぎぃぃぃぃぃ!」



 聖剣を抜いた時と同じくらいに顔を真っ赤にし、全身から汗を吐き出させるのを繰り返す事100数回。

 ティルファはやっとの思いで洞窟の出口まで聖剣を運ぶ事が出来た。



「は〜……着いたぁ……疲れたよぉ……」



 聖剣を洞窟の外にまで出すと、ティルファは力尽きるようにその場に大の字になって倒れ込む。

 常人離れした身体能力を持つティルファと言えど、流石に今回は堪えたようだった。



「でも、やっと私手に入れたんだなぁ」



 ふと自分が引き抜いた聖剣を横目に見ると、確かに聖剣はそこにあり、間違いなく自分が聖剣を手に入れたのだと改めて実感する。



「あれ?でもなんか輝きが失われるような……?」



 洞窟の内部にあった時は聖剣は聖剣らしい輝きを放っていたのだが、洞窟の外に出た途端にその輝きは少しずつ失われて行き、月が雲に覆われるかのようにじんわりと輝きが無くなってしまった。



「洞窟の外に出したから?それとも私に資格が無いから?……分からない」



 何故聖剣が輝きを失ってしまったのか?

 それに対する心当たりはいくつかあるが、間違いなくそれが原因だと確信を持って言えるモノは無かった。

 つまり原因不明。

 けれどもティルファにとってはそんな事は大した問題では無かった。



「まぁ輝きを失った所で聖剣が聖剣である事には違い無いし、問題は無いかな。輝く剣が欲しいだけなら閃光の魔法を剣に付与してやれば作り出せる訳だし」



 ティルファにとっての聖剣とは《聖剣の勇者》が使っていたつるぎに他ならない。

 故に、例え聖剣が朽ちてつかだけだったとしても、ボロボロに錆びてナマクラ以下の代物だったとしても、それが本物の聖剣であったとしたらティルファはそれで満足するつもりだった。

 偶々完全な状態で安置されていたから良かっただけで、元々は不完全なモノを想定していたので今更輝きが失われた所でそれは誤差の範囲であり、許容範囲の内だった。



「だからまぁ、改めてよろしくね。聖剣ちゃん」



 そう言ってティルファは聖剣を愛でるように手を添える。



「よし!それじゃ我が家に帰りますか!月明かりを浴びて多少は魔力が回復したし、我が家までの短い道のりならなんとかなる筈!」



 月明かりには魔力の自然回復を促進させる作用がある。

 その作用は満月に近ければ近い程効果が高く、新月に近ければ近い程効果薄い。

 幸いにも今日は満月の日だったので、洞窟の中ではすっからかんだったティルファの魔力も洞窟の外に出て休んでいたこの短い間に自宅まで聖剣と台座を担いで運ぶだけの魔法を行使するぐらいには回復していた。



「あっはは!軽い軽い!さっきまでの重労働が嘘みたい!さぁ、行っくよー!」



 身体強化の魔法を使うと、引きるのが精一杯だった聖剣と台座が木の棒を振り回すかのように軽くなり、それまでの負担が一切無くなっていた。

 ティルファは水を得た魚の如く、夜にも関わらず声を高らかにしながらはしゃいで自宅へと戻って行った。




 ☆★☆★☆



 一方その頃。

 台座ごと聖剣が失われた聖剣の勇者の墓所に異変が生じていた。

 ソレはよくよく確かめないと分からない程に微細な異変。


 聖剣を抜いた事で疲れきって、聖剣を抜いた喜びで聖剣以外のモノがどうでもよくなってしまっていたティルファには絶対に気付ける筈の無かった異変。


 しんとした墓所の中でソレは確かに動き出そうとしていた。

 聖剣を封印した台座の下に埋められていた棺の中から。

 もぞもぞと棺の上に覆い被さった土が動いていた事など、ティルファは知るよしも無かった。

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