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抜けぬなら 抜いて見せよう 台座ごと

 男の子であれば誰しもが一度は《聖剣の勇者》を夢見た事があると思う。

 女神に祝福され、世界の寵愛を受けた聖なる剣を手に、世界に蔓延る悪を切り倒して行く御伽噺の中の存在に。


 聖剣の勇者の逸話は様々な文献や伝承に残ってはいるが、どれも古い記述ばかりで今尚聖剣の勇者が存命という話はどこにも無い。

 そうなると、必然的に聖剣の勇者は既に故人であり、それと同時にその人が使っていた《聖剣》自体も世界のどこかにあると考えるのが必定だ。


 女神に祝福され、世界の寵愛を受けたとされる特別な剣が人の手に渡っているのだとしたら、それを所持していると誇示しない者は居ないと考えられるので、世界のどこにも聖剣を所持していると謳っている人はおろか、聖剣を使って悪を薙ぎ倒している人の逸話も現在では聞く事が無いので聖剣は世界のどこかで紛失してしまった、或いは世界のどこかに封印されていると考えられた。


 その考えに辿りついたとある田舎の村娘である

《ティルファ・ローエンス》は世界に散らばる聖剣の勇者にまつわるありとあらゆる資料をかき集め、聖剣の勇者がどのような人生を送ってどのような最後を迎えたのかを徹底的に調べ上げた。


 そうして聖剣の勇者の人生を調べ上げる内に、その人が使っていた聖剣の所在を匂わすような文献を手に入れる事が出来た。

 その文献には、聖剣の勇者の死後、聖剣は聖剣の勇者の墓所にある石像の中に安置したと記されていた。


 それを確認した彼女は世界各地にある聖剣の勇者の墓所を虱潰しに巡る旅に出た。

 元々御伽噺になる程有名な聖剣の勇者はその人に縁があると言うだけで土地や血筋に途方も無い価値を与えていた。

 例えば聖剣の勇者の生まれ故郷を謳う村は、長い月日を越えて大陸随一の王国になったし、聖剣の勇者の末裔だと語る一族は周囲から特別扱いをされて死ぬまで裕福な暮らしを送る事が出来た。

 それらが嘘であれ真実であれ、聖剣の勇者の名にはそれだけの意味と価値があり、だからこそその恩恵にあやかろうと聖剣の勇者の名を騙る土地や一族は後を絶たなかった。


 それ故に、彼女の聖剣の勇者の墓所を探す旅はとにかく難航を極めた。

 幾度も幾度も偽物の墓所に辿り着いては落胆し、新たな墓所を求めて奮闘した。


 そうして彼女がようやくの思いで辿り着いた本物の聖剣の勇者の墓所は皮肉にも彼女が生まれた村のすぐ近くにある洞窟の中であり、そこには文献通りの情景と石像が安置されていた。

 彼女達村の者にとっては誰の物かも分からない不気味な墓所で、雰囲気も相まってお参りをしたり管理をする人なんていなかったので盲点だった。

 彼女自身、そこには子供の頃に一度度胸試しで入っただけだったので今日に至るまでそこがどんな場所だったのかは忘れていた。

 そう言えば文献通りの場所だったなと、思う程には。


 そして彼女は聖剣の勇者を象ったであろう石像の前に来ると、胸の部分に書かれた古代文字を解読する。

 現代では失われて読み手も書き手も数える程しか居ない古代文字も、聖剣の勇者とその時代を徹底的に調べていた彼女であれば難なく扱う事が出来た。

 そして解読した結果、そこにはこう書かれていた。



『次代の聖剣の使い手にコレを残す』



 書かれた文字の意味を理解した瞬間、彼女は感極まって大人気なく声を出して泣いた。

 苦節十数年。ようやく自分の努力が報われる日が来たのだと確信し、彼女は石像を迷いなく破壊してその中に安置されていた聖剣を露わにさせる。


 悠久にも思える長い時を石像の中で過ごしていたにも関わらず、聖剣の刀身は曇り1つ無く暗い洞窟の中を眩く照らす程に輝きを放っていた。

 それは正しく女神に祝福され、世界の寵愛を受けたという剣に相応しい輝きだった。


 彼女はその輝きを見るや否や、すぐ様聖剣の柄に両手を添えて引き抜こうとする。

 が、抜けない。

 どれだけ力を入れてもビクともせず、一向に抜ける気配が無い。

 長い旅を経てそれなりに腕力はあると自負していた彼女は流石におかしいと思い、聖剣が刺さっている地面……もとい台座に目を向け何か聖剣を抜くヒントのようなモノが無いか探し始める。


 そうしてしばらく台座を調べていると、かすれた古代文字で



『資格のある者のみがこの聖剣を引き抜ける』



 と書かれていたのを発見してしまう。

 古代文字で書かれている以上、それが嘘では無いのは嫌でも分かった。

 加えて聖剣を彼女が引き抜け無かった以上、彼女には聖剣を引き抜く資格が無いという事も理解してしまう。


 そのあまりの現実に、彼女は再び大声を上げながら泣いてしまう。

 ようやく見つけた聖剣を目の前にして、資格が無いから抜けないなどと、到底受け入れられるモノでは無かった。

 深い悲しみと、押し寄せる徒労感に疲れて彼女はそのまま洞窟で眠ってしまう。

 どれだけの時間を眠っていたかは分からないが、むくりと起きた彼女の目に飛び込んできたのは眩く輝く聖剣であり、それが抜けないという現実が改めて夢では無い事を実感する。


 子供の頃から夢見ていた聖剣の勇者。

 彼女は女ではあるが、だからと言って聖剣の勇者に夢を見てはいけないと言う訳ではない。

 子供の頃から憧れて憧れて、羨望して羨望して、求めて止まなかった聖剣にようやく辿り着けた。

 ここまで来て資格が無いからと諦めるなど、彼女の選択肢には無かった。


 ならばどうするか。

 答えは1つだった。



「う……んぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 女である事を捨てるかのような絶叫を伴い、彼女は聖剣を力任せに引き抜こうと試みる。

 幸いにもここには誰もおらず、洞窟の深い所に墓所がある為にどれだけ叫んでもその声が外に漏れる事は無い。

 彼女は一切の羞恥心を捨て、力の限り、自身の全てをかけて聖剣を抜く事に力を尽くす。



「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 顔面を真っ赤にして、全身から汗が吹き出す程に力を入れても尚聖剣は引き抜ける気配を見せない。

 それでも彼女は諦めない。

 妥協しない。

 悲観しない。

 力を緩めない。

 全ては聖剣をその手に収める為に。



「にょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 三度力を込めたその瞬間、ミシっという何かが動く音が墓所に響く。

 これまでとは違う手応えに彼女は勝機を見出し、限界以上の力を発揮する。



「にゅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ねぇぇぁっ!?」



 そして遂に、彼女の努力が報われる時が来た。

 聖剣は今や彼女の手に収まり、彼女の意のままに扱う事が出来る。

 ……重く不恰好な白色の正方形の台座と共に。



「抜け……あれ?抜けて……いやでも抜けてない?……ん?台座と……聖剣……?」



 彼女の手に収まっているのが聖剣だけならば感動もひとしおだっただろう。

 だが、残念ながら彼女の手に収まっているのは台座付きの聖剣だ。

 全く予想もしていなかった事態を前にして、彼女は喜びと困惑の2つの感情が入り混じって混乱していた。



「……まぁ、いいか。聖剣取ったぞー!」



 しかしそれも些細な事。形はどうあれ、彼女が聖剣を手にする事が出来た事実は変わりがない。

 そうしてここに、二代目聖剣の勇者が誕生したのだった。


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