第6幕 動乱の引き金
お待たせしました。
「失礼します。アリスト様、入ってもよろしいですか?」
ドアをノックする音で私は目を覚ました。昨日は夜遅くまで仕事をしていて、ダリカと一緒に彼女に怒られたな。ダリカの方が怒られる度合いが大きくて、とてもかわいそうだった。反省せねばなるまい。
「‥‥もう朝か。マリーダ、入ってくれて構わないよ」
私が声をかけると2人の女性が入ってくる。1週間前に仕官してきたダリカとその母親たるマリーダだ。最初会った時など、娘が大人になったら、こんな感じになるのだろうと思う位に良く似ていて驚いた。容姿も性格もだ。
彼女がいるのには理由がある。ダリカが仕官出来たと聞いて、自分も仕えたいと押し掛けてきてしまったからだ。
とはいえ、彼女が長年使用人として働いていた経験はかなり重宝する事になる。まだまだ半人前であるダリカの教育係をしながら、部屋の掃除や洗濯に調理等の家事をそつなく出来るからな。私としても、仕事に集中出来るのはありがたい。
「おはようございます。朝食の準備が整いましたので声をおかけしました。ダリカ、アリスト様の着替えを手伝いなさい。今日も朝早くから仕事があるのですよ」
「‥‥は、はい! おはようございます、アリスト様。失礼致しますね」
既に魔法使いのローブに着替えているダリカが、俺の着替えを手伝い初めて4日程経つ。むう、緊張するな。マイズ男爵領にいた頃は、基本的に自分の事は自分でしていた。貴族のような生活など、夢のまた夢。こんな事になるとは思わなかったなあ。
「マリーダ、私は自分の事は自分で出来る。だから‥‥」
「アリスト様。あなたはいずれ姫様の側に仕えるのでしょう? なれば貴族のしきたり等を学ぶ必要があります。ですので、今から慣れて下さい。それとですね」
マリーダは娘を見て少し笑う。見れば、顔を真っ赤にしながら私の着替えを手伝ってくれている。メイドの仕事はしっかり出来ているのだが、ここだけはぎこちない。もしかしたら、男性の着替えを手伝うのは初めてなのかもしれないな。
「私の娘は、いずれあなたに女としても仕える事になります。だからこそ、今から慣れさせないといけません。ダリカからはなかなか優秀な人物と聞いていますからね。私としては将来性のある殿方に嫁いでもらいたいので」
「買いかぶりにも程があるな。まだまだ私には実績が無さすぎる。それと‥‥ダリカが私の女性になるのは確定なのか?」
マリーダの言葉には、娘をなにがなんでも私に嫁がせるという気迫がある。彼女達の置かれている事情を鑑みれば、それは分からなくもないが。
「はい。いずれはそうなって欲しいと願います。有象無象の輩に渡すのはもったいないですから」
「小生達はお母様の実家に住んでいたのだけれど、イガ伯爵家没落から扱いが更に酷くなって。もし、アリスト様に拾ってもらえなかったら、良くて商人の後妻。悪いと母子ともども身売りさせられそうだったんだ。本当にアリスト様には感謝してもしきれないよ。も、もし姫様が許してくれるなら側室になりたいな」
声を震わし、涙目になったダリカを見て私は思う。彼女を受け入れたのは正解だったと。言動とは違い、仕事は真面目で速い。しかも、修正点や改善策を自ら進んで提案するなど積極的な行動はフリンガム閣下も認めるところ。
フリンガム閣下からは、『私の部下にしたい』との申し出があったが断った。ダリカは手放すには惜しいと思ったからだ。
『今、閣下の側にイガ伯爵の身内が仕えれば要らぬ誤解を与えかねません。それに彼女は初めての家臣です。閣下の要請に従い、すぐに手放してしまう。それが周知されてしまうと、私に仕えてくれる者がいなくなる恐れがありまして‥‥』
それを聞いた閣下は苦笑して要請を取り下げた。代わりにダリカを繋ぎ止めるよう言われ、金貨50枚を渡される。支度金をありがたくもらった私は、すぐにダリカとマリーダの衣服や生活道具を3人で見て回って購入。今、彼女達が着ている真新しいローブや杖、メイド服は私が買い与えた物だ。
「これからも2人には働いてもらわないといけないからな。私は‥‥」
その時、ドアがノックされた。いつになく激しいので、何か緊急事態が起きたかと慌ててドアへ向かって開ける。そこには息せききった兵士が立っていた。
「アリスト様。フリンガム閣下より、緊急招集がかけられました。直ちに謁見の間にお集まり下さい。イガ伯爵家の残党が挙兵致しました。数は不明ですが、この城を狙っているとの事です」
「分かった、すぐに向かう。下がって構わないよ」
「はっ! では失礼致します」
足早に去る兵士を見届けた私はドアを閉める。テーブルの上に置いてあったサンドイッチをつかむと、急いで食べ始めた。ダリカも私を真似て共に食べる。立って食べているのは、あまりほめられたものではない。だが、事は急を要するからな。
「ダリカ、すぐに謁見の間に向かうぞ! マリーダはここを片付け次第、教会辺りに避難するんだ。城の守りはまだまだ薄い、万が一も有りうるからな」
「何をおっしゃいますやら。私はここを逃げませんよ。アリスト様とダリカの帰りを待っています。それが主君に仕える者の心得ですから。私からも一言。その‥‥娘を頼みます」
「分かった。だが、本当に危なくなったら逃げてくれよ。ダリカの事は任せてくれ」
私とダリカは部屋を出て、謁見の間へと走る。向かった先では、多くの将兵が慌てて集まっている所だった。どうやら間に合ったらしい。私達はすぐにナルガの側へ向かう。
「おっ、アリスト来たようだな。敵はどうやらイガ伯爵家の残党らしい。城を奪還してお家再興を目論んでいるそうだ。‥‥そっちの嬢ちゃんは大丈夫なのか? 確かイガ伯爵の私生児だろ」
「小生が内通しているとおっしゃる? あんなカビの生えた家の為に働く義理も義務もないですね。もっとも、私達の実家は考えが違ったようですが」
ダリカは冷めきった声音で父親の実家を否定する。しかし、彼女の実家は違うとはどういう事だろうか? 尋ねようとしたその時、フリンガム閣下が手を叩いて皆を静まらせた。
「皆の者、静粛に! まずは良く集まってくれた。呼び出したのは聞いての通りだ。愚かなイガ伯爵家残党が、この城に攻めてくるらしい。数は1000程だ。こちらは500近くの兵力だが負ける事は無い。何故なら、奴等の謀略は看破しているからな。おい、連れてこい」
「はっ! さっさと歩け、この裏切り者どもが。皆様、カドナール家は今回の戦で敵に内通。城門を開けて、敵を入れようと企てておりました。ですが、このように全員捕らえてあります。どうかご安心下さい」
兵士に先導され、カドナール家の面々が鎖に繋がれ歩いて来る。皆、うつむき加減で顔面蒼白であった。確か、ダリカの実家であるカドナール家は商家だったはず。イガ伯爵に忠義だてする理由は無いはずだが‥‥。
「この者達は自分達の血をひいたイガ伯爵の息子を隠したあげく、今回の反乱の黒幕だ。ダリカ=カドナールより報告に加え、証拠も上がっている。言い逃れは出来ないと心得よ!」
隣にいる彼女を見れば、功を誇りもせずにただ沈黙を保ったまま。恨みつらみある親族とはいえ、追い落とすのは精神的にくるものがあったらしい。
私は震えるダリカの手を優しく握った。驚いた様子の彼女であったが、手を離す事無く逆に力を込めてくる。今はこれくらいしか彼女に出来る事は無い。後で話を聞、なぐさめるとしよう。
「お、恐れながらフリンガム閣下! 我々は裏切るつもりなどありませんでした。むしろ、今回の件はイガ伯爵領内にいる不穏分子を‥‥」
「言い逃れは無用! 『この地を奪還した暁には、カドナール家の借金を返還する』との約定を書いた紙があるのだ。しかも、貴様とイガ伯爵息子との連名でな。更には、謀反人に傭兵や兵糧を提供した証拠もある。これでもまだしらを切るつもりか!!」
フリンガム閣下の激しい怒りに、カドナール家当主は黙るしか無かった。こうも証拠がそろっていたら、言い逃れは出来ないだろう。戦う前に反乱分子を取り除けたのは良かった。‥‥ダリカにとっては辛い事だが。
次回、防衛戦開始!