第2幕 わがまま王女?との出会い
お待たせしました。
私達はナルガの道案内で山道を走り続けていた。ライラはロナウスが腕で抱きかかえている。目の見えない妹に不慣れな山道を歩かせるのは危ないからな。そんな中、ナルガが私に声をかけてきた。
「この先に依頼主が寝泊まりしている建物がある。何でも温泉が出るらしく、よく湯治に来ているらしい。そこまで行けば、後ろの連中も追っては来れんさ」
「そう願いたいがな。奴等は本当に諦めてくれるのか?」
「待ちやがれええ! その女は置いていけ!!」
「連れ帰らないと俺達は殺されるんだよ! だから止まれ、止まってくれよ」
切羽詰まった声を聞いて後ろを振り返る。先程落とし穴を何とか逃れた傭兵達が、必死の形相で追いかけて来ていた。数は10人近くいるな。どうやら私達を逃がすと、かなりまずいらしい。
「俺が耳にしたのは、アリスト殿の妹であるライラ嬢が目玉商品だという事だ。予知能力持ちはかなり珍しい。『オークションにして、高値で売る』と、あの強欲なルビは言っていた。傭兵達としては何としても捕まえる必要があるな」
「ナルガ、それは本当なのか?」
「この耳でしかと聞いた、間違いない。しかも、君の父上と兄上が高値で売ってくれと頼んだそうだ。兄上の妻が散財しすぎたせいで、この冬を越せないらしいぞ」
‥‥父と兄を殺す理由が出来たな。私はともかくライラまで売るのは許さんよ? 裏事情を聞いた私が怒りをあらわにする前に、隣の親友が先にキレてしまう。
「ちっ、勝手にライラを売るんじゃねえよ! ライラは俺の妻だ。他の連中には渡さねえ」
「ロナウス‥‥嬉しい」
おい、そこお!? 良い感じになって見せつけるんじゃない。まあ、ライラには幸せになって欲しいし、ロナウスなら無下に扱わないから大丈夫だろうが。前を見れば、どうやら目的地に着いたらしい。先に着いたナルガが門番と話をしていた。
「命がかかってる修羅場で愛を語り合うとは余裕だな、貴様ら。さてと‥‥王女殿下の命令に従い、マイズ兄妹を連れて参上した。申し訳ありませんが、おまけも付いて来てしまいまして」
「ご苦労だった。しかし、傭兵どもまで付いてくるとはなあ。‥‥仕方がない、皆を呼ぶか」
面倒臭そうにしながらも、門番がラッパを吹く。数人の兵士が整然と建物の中から次々と現れる。装備品は一級品ばかりで、動きを見るにかなりの精鋭だな。ナルガの雇い主は身分の高い貴族かもしれない。
兵士達の間より隊長格の男が現れる。見事なひげを蓄えた中年男だが、たたずまいからして本物の騎士だ。戦場をくぐり抜けてきた者が持つ気迫を込め、傭兵達に剣を向ける。
「これより姫様の別荘を攻める馬鹿どもを倒す。その罪、死をもって償わせろ。突撃!!」
「「「「おうっ!!」」」」
「おい、アリスト。ここは俺達に任せろ。ナルガ、ライラと彼を連れて雇い主様に会いに行け。へっ、久々に暴れてやるぜ!」
背中の大剣を抜いて、傭兵達に向かっていくロナウス。その周りには、槍や剣を構えた兵士達が続いた。敵が増えた傭兵達は少し動揺するも、迎撃を開始。ほぼ同時に俺達はその場を離れる。
「くれぐれも死ぬなよ、ロナウス! ナルガ、案内してくれ」
「ロナウス、頑張ってね!」
私とライラが声をかけると、ロナウスは大剣を高々と掲げて応じる。武器と武器がぶつかり合い、叫び声や悲鳴が辺りに響いた。私は妹の手を引いて屋敷内へと入っていく。
しかし、外の喧騒をよそに屋敷の中は静かすぎた。使用人達もいるが、顔色も変えず普段通りの様子で働いている。不自然に思った私は、ナルガに質いただす。
「ナルガ。使用人達がまるで動じて無いんだが、何故か分かるか?」
「簡単だ。俺の依頼主が恐ろしい程に強く、怖すぎる女性だからな。この程度で怯える使用人だと思われたら、すぐに解雇されかねん。彼女の近くは優雅さの中に殺伐とした雰囲気が‥‥」
「はっ! 言ってくれるじゃない、ナルガ。私は努力も何もせず弱者ぶる奴が嫌いよ。この乱世、戦う覚悟無き者が生き残れる訳が無いでしょうに」
そう言って、廊下を歩いてくる女性を見た瞬間、慌てて私はひざまづく。肩まで伸びた黒髪に鋭い切れ長の眼。起伏の激しい体に黒の着物と袴をまとった人物。
オルシニア王国第3王女にして、ガナマシー島総督クレア=オルシニア様だ。まさか、彼女がナルガの雇い主だったとはな。
「クレア様ほどに普通の人間は強くないんですがね。ご依頼通りアリスト、ライラ兄妹を連れて参りました。それと、今回の奴隷取引に関わったルビや貴族連中はいかがします?」
「決まっているわ。全員、処刑よ。私の島で勝手に人を売り払うなんて、良い度胸してるじゃない。‥‥外の騒ぎも止んだようね。私も出るつもりだったのに。まったく、帝国と比べて敵が弱すぎるわ!」
クレア様から放たれた強大な殺気に、私とライラは青ざめる。刀と呼ばれる武器を自在に操り、アルザン帝国との戦いで活躍したという話は本当の事らしい。重装鎧の騎士を馬ごと輪切りにしたとか、城の城門を叩き斬って城内に突入したとか眉唾な話だと思っていたが。
「それで‥‥2人がアリスト=マイズとライラ=マイズ? 構わないわ、面を上げなさい」
「「はいっ!」」
私とライラは恐る恐る顔を上げる。クレア様の顔を見た時、私の体に異常が起きた。彼女の全てが欲しいという激しい衝動と感情が沸き上がってくる。女性に対し、ここまでの感情を抱いたのは初めてだ。
それを必死に抑えながらクレア様を見れば、強いまなざしで私を見つめている。顔を赤らめて息も荒く、豊かな胸が激しく上下していた。見つめあっていた私達を交互に見て、ナルガがからかいの声をかける。
「‥‥ふむ、もしかして一目ぼれか? 戦女神だの死神姫だの呼ばれるクレア様がな。明日は槍が降りそうだ」
「っつ! ナルガ、うるさいわ。さっさと外の様子を見てきなさいよ」
「かしこまりました。野暮ではありませんので、恋路の邪魔は致しませんよ。では、失礼します」
ナルガが去った後、クレア様は私の前にしゃがむと顔をじっと見つめた。ほのかに香る香水の匂いが心地良いな。
「何でかしら。あなたを見ていると私は‥‥うっ! な、何!? 私の中で何かが‥‥ヨウヤク、ヨウヤクミツケタ。私のつがいを!」
突然、私の両肩を掴んだクレア様がそのまま私の唇を奪う。その瞬間、私の体に強大な魔力が流れ込んできた。な、なんだこれは! 今までに無く魔力があふれてくる。
「ふふっ。すごいでしょう、兄さん? 闇の女神リューネ様のお力は。リューネ様、約束通り兄をお連れしました」
「我の下にアリストを連れて来てくれて感謝するぞ、ライラか。約束だったな、目の光を戻してやろう」
クレア様じゃなくてリューネ?は、私から離れるとライラの目に右手をかざす。その手から魔力が注がれてからしばらく経ち、妹の目に光が戻っていた。その瞳からは涙が流れている。
「ようやく、ようやく目が見えた! 兄さんもしっかり見えてるわ。8歳の時に見て以来だから感無量よ。リューネ様、ありがとうございます」
「ライラよ。これからも我と我の愛し子たるクレアに忠誠を尽くせ。故郷の者達を全て滅ぼしたいのであろう? なれば、この娘に力を貸せば早道だからな」
「はい。いずれ復讐しようと考えておりましたから。リューネ様の仰せのままに従います」
狂信的な瞳で話すライラが怖い。確かに目の見えない妹をいじめる連中が多かったもんな。たいてい、私とロナウスで後から締めまくったが。ライラの心の闇が深かった事と、それに気付けなかった自分が情けない。私は立ち上がると、ライラに深々と頭を下げる。
「ライラ、すまない。そこまで深く心が傷ついていたとは思わなかった。どうか、許して欲しい!」
「!? 兄さん、頭を下げないでよ。私は兄さんとロナウスだけには感謝してるんだから。いつも私を守ってくれたんだもの。でも、他の連中は許さない。絶対に滅ぼしてやる!」
話を聞けば、ロナウスの家族も陰ではいじめに参加していたらしい。何かと助けてくれた人達だが、裏の顔はそんなだったのか。呆然としていた私の肩が叩かれる。
振り返ると、顔を真っ赤にしたクレア様が立っていた。動揺を隠しきれてないし、超然とした雰囲気も消えているからリューネではないな。
「こ、この私がキスをしたからには、アリスト。あなたは私の下僕よ。ライラは侍女見習いとして仕えてもらうわ。もう、リューネったら勝手な事をして。‥‥あなた達に拒否権なんて無いわよ! 付いてきなさい、2人とも」
クレア様は怒りながらそう言って、門に向かう。私も付いていこうと動くが、ライラに手を捕まれた。私の耳元に顔を近づけると、こうささやく。
「クレア様は兄さんの運命の相手よ。彼女との結婚でアリスト=マイズは、大陸に強者として認識されるわ。あとは、くれぐれも浮気をしないこと。クレア様を怒らせたら怖いわよ?」
ライラの予知か。だとしたら、正直嬉しい。魅力的な彼女と結婚出来るなら、どんな困難だって乗り越えてやるさ。私は仕えるべき女性の後を追って歩いていく。いずれは隣に立てる程の男になると誓いながら。
次回、だました商人達への反撃。