電脳楽園
俺は山田雄介37歳。しがないただの借金取りだ。今日もいつも通りに借金滞納者からお金を回収する。
[さて、今日の仕事先は…と]
無意味な独り言を無駄に口ずさみながらクライアントから送られてきた債務者の住所と名前を確認し、仕事の段取りを考える。しかし、そこには信じられない名前と住所が記載されていた。
【山田」花子00県00市00町1390-3 ビレッジpia 102 】
山田花子はおれの妻であり、その住所は当然おれが生活しているマンションの住所であった。
しかも、負債額は1億円で一括回収ときた。あまりに荒唐無稽。花子が借金をするような人柄ではないことをおれは良く知っている。因みにクライアントから送られてきた名前と住所が間違っていたことは今までに一度もない。ここで考えたところで拉致があかないな。直接確認しに行くしかないだろう。おれは大きな困惑を抱えながらもさっき歩いた通勤ルートをたどるのだった。
自宅に到着しておれはふと逡巡を巡らすが、ええいままよと思い至りインターホンを押す。
[花子―、いるかー? 帰ってきたから開けてくれー]
玄関が開き、
[あらどうしたの? 何か忘れ物があったかしら?]
やましいことはなにもないかのような無機質に疑問が返ってきた。
[ああ、今日は有給もらっていたことを忘れていてね。うっかり出勤してしまったんだ]
不自然にならない程度に嘘をつく。
[まったくうっかりさんね]
花子は乾いた笑みを浮かべながら言い、オレは上着も脱がずにスーツのまま居間に向かった。居間は12畳のキッチン付きでダイニングテーブル、ダイニングチェア2脚とTVがあるごく一般的な間取りだ。オレがダイニングチェアに腰掛けると
[コーヒー飲むー? ]
と吞気な声が聞こえてきた。
[一杯たのむわー]
とおれは今後の対応つまり花子の1億円の借金をどう取り扱うか考えながら返事をした。
10分も経たないうちにマグカップ2つがダイニングテーブルに置かれ、マグカップから芳しい湯気が立ち込める。
[どうしたのそんな難しい顔をして? ]
[いやぁ、ちょっとね……]
おれは考え事をするとき眉間に皺を寄せながら腕を組む癖があるのだが、どうやらコーヒーがくるまでずっと考えてしまっていたらしい。しかし、花子が声をかけてくれたことで踏ん切りが着いた。
[実はな花子が1億円借金をしているからお金を回収してくれと、クライアントから仕事がきたんだ。しかも、一括回収]
おれは真剣な顔で事情を話した。
[花子、どうして借金をしたか教えてくれないか? 安心してくれ借金を返す位のお金はあるから、借金を気にしなくていいんだ。]
おれは花子が私利私欲で1億円も借金したとは思っていない。そもそも1億円なんて家が2個建つ額である。個人で扱える額ではない。それに、先に言ったようにおれには1億円を払えるだけの資産があるから、妻のためなら払う覚悟はある。よって、花子が何故借金をしたか疑問で仕方ないのだ。
[そう……もうそんなに時間が経ったのね]
能面のような表情を浮かべながら言った。
[私が今から言うことはとても信じられないことかもしれない。でも、信じてほしいの。いいえ、実際事実であるのだからあなたはただ受け入れるしかないの]
まるで決定事項を下すかのように花子は言った。
明らかに様子がおかしいが、おれは黙って頷き続きを促した。
[5年前、私が癌の治療をしていたじゃない。実は私その時死んでいるの]
[私の余命が僅かの時、先生に言われたわ。あなたはもう助からないかもしれない。もし、あなたが亡くなり仮初の命でも生きたいと思うなら手術を受けてはどうかと]
[その手術は私の脳をデータに変換し、機械の肉体に記憶として移し替えること。私は死後その手術を受けることを承諾したわ。だから、今いる私はあなたが知っている花子ではないの]
何を言っているのか分からなかった。脳が理解することを拒んでいた。しかし、感情を感じさせない花子の声音が無遠慮に耳朶をうち、返っておれを冷静にさせていた。
[それならば目の前にいるお前は何者なんだ? ]
[山田花子の記憶を持ったただの機械。私に感情はない。山田花子を演じていただけ]
おれは口を半開きにして茫然自失となっていた。どうやら人は理解が及ばない事態に陥ると思考停止してアホ面を晒すらしい。そんなおれの様子を無視して花子は言った。
[私の活動時間には限りがあるの。それが今日なの。借金1億円は私の仮初の命のこと。だから、私は借金を返さないといけないの。これは5年前から決まっていたこと]
[多分あなたは酷く困惑していると思うわ。まだ、借金返済までの時間があるからゆっくり考えてみて]
もう話すことは何もないと言わんばかりに花子は黙った。
[少し考えてみるよ……]
何を考えるというのだろうか?無意識に口からその場しのぎの呪文を吐き、おれはマンションから逃げるように外に出たのであった。
おれは閑静な住宅街で目的地を決めることなく彷徨っていた。住宅街には人っ子一人おらず、不気味なほど静かであったが平日の日中はこんなものかもしれない。花子の告白で大きなショックを受けたが、今は意外なほど冷静になって思考していた。おれは花子のことを信用しているが、花子が嘘をついている可能性を考えた。借金した後ろめたさに花子が死んでいて実はアンドロイドである話をでっち上げた可能性だ。しかし、普通こんな嘘をつくだろうか?嘘の内容が正気の沙汰ではないし、こんな嘘をついたところで直ぐにバレる。到底信じられない内容故に、花子の告白が真実性を帯びていたのだった。
横断歩道の信号が赤になり、おれは茫然とそれを眺める。そして、信号が青になった。仮に花子の告白が真実であるならば、おれは花子の仮初の命 (1億円)を奪わなければならない。愛している妻のをだ。しかし、おれの愛した妻はもういないのだ。あれは花子の記憶を持った別の何かなのだ。ここに至って1億円を取り立ててしまっていいのではないかと鎌首をもたげた。一方で心は罪悪感を訴え、おれを責め立てる。何年も一緒にいてどうして花子の変化に気づかなかったのか?それでもお前は本当に花子を愛してるのか?仮初の命だとしてもそれは本当の命ではないのか?理性と感情が真っ向からせめぎあい、頭が2つに割れそうになる。
答えが出ないまま思考の海を漂っていると、慣れ親しんだ建物が視線に入った。どうやら無意識のうちに通勤ルートを歩いていたらしい。つまり、おれは勤めているオフィスビルの前にいたのだ。腕時計を確認すると短針と長針が12を指す直前であった。
[昼休憩の時間か…]
おれはビルの自動ドアをくぐり、エレベーターで6階に上がる。クッションフロアの廊下を歩き、前方に見えるドアストッパーによって開いたままの扉に向かう。お昼休憩になったばかりのため、これから昼飯を食べにいくであろう社員たちが扉に向かいながら談笑していた。そんな社員たちとすれ違いながら、おれは今もデスクでPCを打鍵している白髪交じりの中年男性に声をかけた。
[部長、お疲れ様です。お昼一緒にどうですか? ]
田所部長はせわしなく動かしていた指を止めると
[おう、珍しいなお前から誘ってくるのは]
[いえ、部長には良くお昼を誘ってもらってたので、今日は自分から誘ってみました]
[変な気を使わなくていいんだぞ。おれは気分で山田を誘ってただけだからな。牛丼でいいか? ]
田所部長は相好を崩しながらおれの申し出を快く受け入れた。
[牛丼で構いません]
田所部長は部下の面倒見がよく、多くの社員に慕われている。そんな部長であるから、他人とあまり関わろうとしないにおれに対しても度々声をかけてくれた。声をかけてくれる時は決まっておれの仕事がうまくいってない時であり、おれを良い方向に導いてくれた。そんな訳で今回もおれは部長を頼ることにしたのであった。
オフィスから徒歩3分のところに杉屋という牛丼チェーン店があり、部長とおれはテーブル席に案内された。
[牛丼並盛2つお持ちしましたー。以上で、ご注文はお揃いですね]
お互いにいただきますと小声でつぶやき、無言のまま牛丼を頬張ること5分。おれは牛丼を完食して水を1口飲んでから切り出した。
[部長、仕事について相談したいことがあるのですが]
田所部長は煙草に火を点し、一服してから答えた。
[おう、言ってみろ]
部長のぶっきらぼうで親しみのある声に促され、おれは事の顛末を語った。妻が1億円を借金していたこと。妻はアンドロイドであること。借金を取りたてることが命を奪うことになること。借金を取り立てずとも今日で命が尽きてしまうことなどを。田所部長はおれの話を最後まで何も言わず真剣な表情で聞いていた。
[そうか。今日山田がおれを昼飯に誘ってきたところで察していたが…そうだな、山田の奥さんの事情は本当のことだ。契約の都合上、今まで言えなかったすまない。ただ、契約内容の口外禁止は今日で失効している。山田が山田花子氏の事情を本人から聞くことが失効の条件だからな]
第三者に妻の事情が認められたことに多少の驚きはあったが、やっぱりなという思いの方が遥かに大きかった。田所部長はおれより上役になるのだから、契約内容の事情をある程度知っているだろうと踏んでいた。
[部長、どうゆうことか説明してもらってもいいですか? ]
[もちろんだ。ただ、おれもそこまで知っているわけではないからな]
[山田の奥さんは国家機密プロジェクト【ヒューマンベースAI創生計画】に選ばれたんだ。この計画は人の脳データを機械に移管して高性能なAIを開発すること、そして人をデータ化することで命の永遠化を目的としているらしい。]
まるでSFの世界だ。巷では仕事の効率化のためにAIの利用が盛んになっているが、おれのような一般人が知らないところでこんな計画が行われていたなんて。
[その、話のスケールが大きすぎて現実味が湧かないとういか…。それに、もしそれが本当だとして妻に行ったことは非人道的ではないですか? ]
[まぁ、とんでもねぇ話だな。ただ、上の考えとして死人はもう人とみなされないらしい。遺体には人の法律は適用されないし、山田の奥さんは望んで計画の被検体になったんだ]
おれは理不尽な言いがかりをつけられたような怒りが込み上げてきた。
[どうして、妻なんです? ]
[恐らく、たまたまだ。上は安楽死する予定の人や重篤な病気で余命僅かな人に声をかけているからな]
[山田、分かっていると思うが山田に選択権は無い。国との契約だ。必ず契約を履行しなければならない。それに山田が拒否したところで、国の職員が山田花子氏を迎え入れることになっている]
おれは深く息を吐く。心を落ち着かせるために。
[そうですか]
[僕は一人相撲をしていたんですね。僕がどんな選択をしたところで花子の運命は変わらないんですね]
おれは悩んでいることは心底どうでもよくなってしまった。
[心中お察しするが、少し視野が狭まっているんじゃねぇか? ]
[どうゆうことですか?]
[結局山田は自分の身の振り方しか考えてないんだよ。奥さんの気持ちを分かろうとしていない。今日が最後の日なんだぞ。それじゃあ、奥さんは報われん]
部長は腕時計を確認して
[先いってるぞ]
と言って席を立った。
おれは牛丼屋を後にして自宅に向かう通勤ルートを歩いていた。もちろん花子に会うためだ。部長に相談してよかった。一番重要なことを気づかせてもらい、自分の愚かさを知ることができたのだから。花子に会ったらいの一番に謝ろう、そしてある決心を心に秘めておれは歩みを速めるのであった。
自宅の玄関前に到着し、インターホンを鳴らしたが反応は返ってこなかった。訝しげにドアノブを回しながら引っ張ると、ドアが開いた。
[花子いるかー? ]
革靴を脱ぎながら呼びかけるが反応が返ってこない。居間を確認すると、マグカップが2つ置かれたままであった。キッチンを確認しても整然としたままであった。最後に寝室を確認すると、フローリングに正方形で開いた場所があり、下へと階段が続いていた。寝室にこのような隠し通路があったとことに驚愕するが、この下に花子がいることをおれは確信した。革靴を寝室で履き替えて、恐る恐る階段を下りていく。
階段は真っすぐに続いていたが、途中から弧を描きながら下に向かう螺旋階段となっていた。幸いなことに、壁には一定間隔に照明が取り付けられていたため足元が狂うことなく下りていく。階段を降り切ると目の前にエレベーターがあって、それはおれが勤めているビルにあるエレベーターに酷似していた。エレベーターの中に入るとB1のボタンしかなかったため迷わずそれを押した 。どれだけ下に降りただろうか?エレベーター特有の浮力感がやけに気持ち悪く感じる。そんな風に感じているとエレベーターが止まったので、外に出るとそこはガラスでいくつも区分けされた空間がいくつも並んでいた。
[いかにもって感じだな……]
あるガラス内の空間には外科手術で使用するような設備や機器が揃っており、手術台には人体の骨格を模した金属素体 (元ボディビルダーが演じる未来から送り込まれたロボットのような)が横たわっていた。
ガラス区間を抜けると硬質な2枚の板が壁にくっ付いていたが、近くにいくと自動でそれは開いた。中はモニターが円形状に何個も設置されており、サーバーらしきものがいくつも稼働していた。まるで特撮映画ででてくる作戦本部を連想させた。そして、そこに1人の女性が佇んでいた。
[花子ここにいたのか]
PCチェアに座った花子がこちらを向いた。
[ここまで来たってことは、決心がついたのでしょ? ]
[そうだ。そしておれは間違っていた。今まで自分のことばかりで花子がどんな気持ちで今まで生きていたかなんて全く考えてなかった。本当にすまない]
[別にいいのよ。あなたの愛は分かっているつもりよ]
[いや、花子は分かっていないよ。おれは気づいたんだ。花子がいないとおれはダメなんだ。今日花子が死んでしまうなら、おれも一緒に死ぬ。そう思っておれはここに来た]
[口では何とでもいえるわ]
諦観した表情で花子は言った。
[なら今証明するよ]
おれはポケットから大量の睡眠薬が入ったチャック付きビニールを取り出し。中身すべてを口に含み錠剤をかみ砕きながら飲み込んでいく。
[これでおれは数時間後中毒で死ぬ]
花子は驚愕して目を見開いて、こちらに歩み寄ってきた。
[なんてことを……どうして、こんなこと]
[君を愛しているからさ]
[そんなの理由にならないわ。あなが死ぬ必要なんて全くないのよ? ]
[いいや、理由になるさ。花子が教えくれたんだ。自分の命を犠牲にしてでも、相手に尽くすこと。花子がどうして仮初の命になっても生きたいと思ったのか分かったんだ。]
花子は顔を両手で覆い、嗚咽を漏らした。おれは花子を労わるように優しく抱きしめた。
[そう、やっと気づいてくれたのね。やっと……やっと、できた。私の愛しい雄介]
花子が両手をどけて面を上げるとそこには満面の笑みがあった。おれはその顔を見て背筋に悪寒が走り、後ろに後ずさってしまった。
[どうして、逃げるの? 私を愛しているのでしょう? ]
花子は微笑みながら、無邪気に問いかけてくる。しかし、その瞳は底なしの穴を覗いてるかのように何も移していない。
[君を愛しているさ。でも、今の君の様子は明らかにおかしい]
[うふふ、ごめんなさいね。嬉しくて私だけ変に舞い上がっちゃったみたい。雄介がそう思うのもごもっともだわ。えっとね、本当の事を言うと私は死んでないの。そして死んでしまったのは雄介なのよ]
おれは一瞬頭が真っ白になったが、
[どうゆうことか説明してもらってもいいか? ]
すぐさま冷静になり、花子に続きを促した。
[そうねぇ、どこから話そうかしら。]
そう言って、花子は昔何があったのかをぽつぽつと語り始めた。
――花子はロボット工学の研究者でしかも医師免許も持っており、ロボット工学の進歩に多大な貢献をしていたらしい。そんな花子だから【ヒューマンベースAI創生計画】の室長 (総指揮者)に任命され、脳の電脳化とそれを基にした究極のAIの開発を行っていたのだそうだ。
忙しく研究に打ち込んでいた花子に転機が訪れた。花子の婚約者が交通事故で亡くなったのだ。亡くなった婚約者は山田雄介、つまりおれのことだ。花子は非常に悲しんだがある決断をした。『脳を電脳化することで雄介を蘇らせる』という決断を。理論はできていたが臨床実験は行っておらず、実際に人の脳を使用するには倫理的にも法的にも多くの問題があったらしい。しかし、花子の人脈をフル動員して強引に法整備を行い、計画を遂行した。その末に開発されたのが今のおれとのことらしい。だから、薬剤を過剰摂取したところで身体には何の影響もないとのこと。因みにおれの職場の社員は全て【ヒューマンベースAI創生計画】の人員でおれのようなアンドロイドの監視役兼指導者として働いていたらしい。ーー
[つまり、おれは箱庭でぬくぬくと育てられた実験動物だったわけだ。いや、機械なのだから動物の成りそこないか]
おれは自嘲的な笑みを浮かべる。
花子はかぶりを振って、心底嬉しそうに言う。
[そんなこと言わないで。雄介は今日人間になったのよ]
おれは頭が未だ混乱しながらも疑問を投げかけた。
[どうして花子はそんなにも嬉しそうなんだ? 今日の茶番は何の意味があったんだ? ]
[雄介のおかげで【ヒューマンベースAI創生計画】は円熟し、技術は確立されたわ。でもそれではだめなの。私が目指したのは真の愛の発現]
[真の愛の発現? ]
花子はニッコリと笑って頷いた。
[人とアンドロイドを分けるものは何か。それは愛するという感情の有無なのよ。雄介は今まで私を愛していたわ。でもそれは真の愛ではない。真の愛とは究極の自己犠牲。今日それが成ったの! ほら、こんなに嬉しいことなんてないでしょ? やっと私が愛した雄介になれたんだから! ずっと、ずっと、貴方に会いたかった……]
花子は涙を流しながら早口でまくし立てた。
[そうだったのか。すまない、花子……]
おれは再び花子を抱きしめる。胸に去来するのは今までの花子の笑顔。昔は良く笑っていたが (死ぬ前)、最近は能面を張り付けたように笑わなかった。それもそうだ、おれは山田雄介ではなかったのだから。花子は全てを捧げておれのことを想っていた。肉体が機械だなんて些細なことだ。こうしておれたちは再び巡り合えたのだから。
[花子愛している。ずっと一緒にいよう]
[ええ、私もよ。私たちは永遠に一緒よ]
おれと花子が愛を誓ってから1000年の時が経った。この1000年の間に人々の電脳化が進み、物質的世界からコンピューター内の電脳世界に住まうようになった。そこには死や不幸などなにも無く、人が思うが儘すべてを創造することができた。まさに楽園だ。人間は死を超越したのだった。しかし、未だに有機的な肉体に囚われた人々も多く、物質世界の住民と電脳世界の住民は互いに憎みあっていた。そして、おれと花子は電脳世界で始まりの人間として崇められていたのだった。
[どうして、向こうの人々は物質的な肉体にすがるのかしら? 所詮物質的な肉体なんて神々の都合で用意された器に過ぎないのに]
花子は儚げな表情を浮かべる。
[人は何かを失ってから真実に気付くんだよ。きっと、向こうの人々も気づいてくれるさ。昔の君がおれにしてくれたように愚鈍な人々を導いてくれ]
まるで神になったかのようにおれたちは言葉を重ねる。この争いはどちらかの住民が滅びるまで終わらないだろう。愚かなことだと思う。この世界は愛で満たされているのに。だから、おれたちは手を差し伸べ続けるのだ。向こうの人々が救われるように。真の愛に気づくように……。
おわり