まちまちさん
当たり前だ。ここは私の夢なのだから。普通は日本語の筈なのだ。
しかし。今まで聞きなれぬ言語を耳に入れすぎたせいか何故か非常に珍しく感じる。そう不思議がっていると、まちまちさんはこういったのだ。
「君ら、よくそれほどまで悠々としていられるな。肝が図太すぎるのか?それとも、まさか夢とでも思っているんじゃないだろうな?」
と。当然これで、私の脳内はパニックに陥った。それはもうとても収拾がつかないくらいにだ。私の脳内が読まれているんじゃないかと疑うほどピンポイントで来る指摘。
まあでもこれは私の夢だからとさっさと片付けようと思えば”夢だとでも思っているんじゃないだろうな”だ。
いやいやまておかしいだろう。夢じゃないか、ここは。というか夢じゃなかったらなんなのだ。そうだ夢だ。そうに決まっている。
「おいそこの君。今君が思っていることを当ててやろうか?」
まちまちさんは私をさしてそういう。だって夢だもんな。分かるよな私のことは。
「い、いや結構です」
別段興味もないので断っておく。先輩は耳元でなんで断ったの、だめだよこうちゃんと言っているがまあ無視に限る。
しかし今回のはちょっといけなかったのかもしれないな。なんでもかんでも口にするもんじゃない。まあ一応反省はしておこう。
「ほらほらそう言わず、ほうほう、やっぱり君はここを夢だと信じて疑わないようだな。どうしてだ?何故信じられない?まあ問い詰めても答えないだろうが…そうか、そうだろうな。こんなことあり得ない、信じられないと。君はお堅いやつだな。知り合いに日本人はこういうことを以外とすんなり受け入れられるの聞いたのだが…案外そうでもなかったみたいだな」
何いってんだこの人。私は心の底からそう叫んでしまいそうになった。それをさっきの反省も踏まえてすんでの抑えたのだが、そんな苦労をしている私とは裏腹に彼女、先輩は意外とすんなりそれを口にした。
「ねえこうちゃん、何いってんのこの人?」
そういうのものは言わないのがお約束ってもんじゃないのか。しかもさっきそれで私を注意してたじゃないか、おいおい自分はいいのか先輩?
何故そう軽はずみにそれを口にすることをよしとする。
しかもそれ、当の本人はまちまちさんには聞こえないくらいの声で話していると思っているらしいが多分バリバリ聞こえているだろう。当の本人は聞こえていないと思っているが!
なんとも腹立たしい限りである。本当に、何故こんなに自分の夢の中で腹をたてにゃならんのだろうか。
というか私は何故こんな夢を見ているのだ。不思議でしかたがない。
「理解できていないのか?仕方ない。私が親切丁寧に君らに教えてやる。感謝するんだな君たちは」
こっちもこっちでやっぱり訳が分からない。それも言わない方がいいんじゃないのか?私の知る常識はいつ変わってしまったというのだ。
いやいやでもここは夢の中だ。これも私の潜在意識の現れ…なのか?私はそんな人間だったのか、嫌でもいくら自分では分からないといっても本気でそんな性格ではないと思うのだが。
そう色々思考を巡らせているなか、まちまちさんと先輩は何か話を進めていた。
「あ、ありがとう…なの?まあとりあえず説明して下さいよ。ここがどこかもわかんないし…」
「だから今するといっている。少しくらい待て、これだから相手をするのはいやだといったのに…」
「ええと、ごめんなさい…?い、いやだから…ってやっぱりもう余計なことは話さないようにしますすみませんでした!」
不穏な空気が流れ出したので軽めに視線を送った。気がついてくれたみたいでよかった。
「はあ、まったく騒がしいもんだ。クロア、πξθπφοπ」
最後の方はまた謎の言語だった。きっと王様が話していたものと同じものだろう。そんな言葉で話されてもわかんないっつうの。ぶつぶつ文句のひとつや二つ垂らしてやろう。
そう、思ったときだった。
突然周りの景色が一変した。先程までの広い部屋も見覚えはないのだが、もっと見覚えのない平原に変わっていたのだ。
さっきまででわかったことなんてほとんどなかったのに、ここでまた状況をややこしくしてどうするんだ。夢の内容が突飛なのはよくあることだが、ここまで可笑しいことなどあってたまるもんか。
理解しようとしてもできない、なんとも厄介な夢である。
状況をややこしくしたのは他でもないまちまちさんだが、実際に平原に変えたのはポニ秘書さんだろう。
クロアと呼び掛けられたあとにすぐ、手を伸ばし何かを唱えていたのだから。クロアと言う名前はあっていると思うぞ。
さて、そんなとき先輩はと言うと。なんにも理解してなさそうな、否、理解するのも諦めたような顔でこちらを見つめている。
そんな顔をされても困る。早く違う方向を向くかもっと希望に満ち溢れた顔をしてくれ。というか無理にでもその顔を作ってくれ。頼むから。
原因のまちまちさんはこの事について説明してくれるのだろうか。
そこでふっと私はまちまちさんの方を見た。やっぱり文句を垂らしてやろう。さっきの分と今の分で二倍である。きっと喜んでくれる。
私は彼女がいた方に目を向ける。体をそちらの方向に向け、首をまわす。そして目を開いてそこにあるものを認識したとき、
ー呼吸が止まった。
そこにあったのはまちまちさんではなかった。
どこまでも黒く深く吸い込まそうになる鱗。
広げれば世界を全て覆い尽くせそうなくらいに雄大な翼。
その壮麗とした風格に思わず感嘆の声を洩らしてしまいそうになる。そんな風に感じさせるのはその外貌だけではない。今は何故かそう確信できる。
神獣、そう呼ぶに相応しいものだ。
そう、それはまさしく
ドラゴン、龍。
そう言い伝えられたものに酷似する生物だった。