P.006 ストラテジー
〈受賞作検討会〉
「ということで、昨日頂いた入賞作を一通り読んで分析してみました。」
会長との対峙から丸1日。過去の入賞作を手にして帰宅したのち、ただひたすらにその作品たちと向き合った。久しぶりにまとまった時間学習もせずにだ。それで得た俺にとっての新発見を、改めて部員たちと共有してみようと思う。
「先輩たちには当たり前のことかもしれませんが、過去の入賞作から見えてくる傾向や選定の癖というものを確認しましょう。」
「口挟むけど篤哉、質問。なんかプレゼン上手くない?」
「確かに、いきなりどうした南原。」
「お気になさらず......」
司会者ポジションと反対側の2人からまっすぐな疑問を呈される。弥との古典特講同様、なんとなく気分が高揚して饒舌になっているから。そう言えば簡単だが、ここでは議論を進めることを優先する。
「まず、文学コンクールという割にそこまで難解な語彙や表現が用いられた作品はないこと。これは1つ大きいことだと思います。」
「えっと、南原君いいかな?」
「おっ、もちろん。」
クセの沈殿のような先輩たちプラスαとは対照的な大天使・石川さんから質問を受けるのは雑多な感情を抜きにして心躍る気分である。
そんな天使は俺の感情とは裏腹に、至って真面目そうに口を開く。
「確かに堅苦しい言葉遣いを基調にした入賞作品は少ないけれど、それって重要なのかな?そういう作品がまったく無い、ってわけでもないし、たまたまな気も......」
「それはそうだな......」
石川さんの指摘は大いに正しい。入賞作の中に一切近代文学のような堅苦しい文章が無いわけでもない。平易な語彙や表現の作品が多数を占めているからといって、それにのみ傾倒すべき理由とはならないだろう。
「けれど、やっぱり大事だと思うんだ。それは......」
「テーマが青春だからかな〜?」
「楠見先輩、御名答。」
意外や意外。天然たらしとしか思えなかった楠見先輩が俺に先んじて答えの続きを口にする。今の今まで舐めていた、というかある意味恐れていたが、さすがに年数を積んでいるだけあって反応速度は目を見張るものがある。
「先輩の言う通り、入賞作は軒並み青春の苦悩であったり甘酸っぱさであったり、そういうものがテーマとなって、素直に表現されているものであるように感じました。」
「素直に、かい。」
さっきから俺の横で人一倍物静かにしていた部長がようやく言葉を発した。そしてその言葉、実に重要なものである。
「実際その通りでしょう?先輩たちなら分かるはず。」
少し、先輩たちに対する煽りとも取られかねない言い草になってしまった。
「確かに、南原の言う通りだな。青春のひと時を素直な言葉や表現で。完璧かどうかはともかく、私たちは気にかけてきたつもりだ。」
「やはりそうですよね。......石川さん、これでわかってもらえたかな。」
「......うん。あまり文が堅苦しいものだと若々しさが屈折して、フレッシュさが感じられない微妙な作品になってしまう。大体こんなところかな?」
首を縦に勢いよく振って、イエスのサインを送る。
作品の選者である大人たちがどのような思考回路で入賞するに相応しい作品を選んでいるのか、募集要項などを見る限りでは明記されておらずわかり得ない。しかしながら作品の傾向を分析してみればいとも容易く選者たちの意図を汲み取ることができた。
大人たちはあくまで平均的な高校生らしい生気溢れる作品、あるいは高校生特有の悩みを綴った作品を好むらしい。もちろん選者ごとに細かな選定基準はあるのだろうが、大筋ではそんなところだろう。
「大正解!ここまで共有できたら、あとはその傾向に則って作品を作れば大丈夫でしょう。」
ここからは"賞を取れる窮屈な"文学を書いていくことになる。石川さんは文学の多様性を知っているためにそれに対する理解にも苦しんだようだったが、ここで全員の足並みが揃ったようだ。
「でも、高校生一律にフレッシュさを求めるなんて、嫌な感じ。要はおじさんおばさんの固定観念に忖度しろってことでしょ?」
「光ちゃ〜ん、そこには突っ込んじゃいけないお約束だよ〜」
「そこには目を瞑るしかないわな。」
光のご指摘、良問の風ならぬ共感の風と表したいくらいには深刻な問題点だと思う。青春などクソ喰らえ高校生ー俺含めてーが全高校生の一定割合を占める現代。本当に俺の読み通りに選定しているんだとしたら、時代錯誤甚だしいとかのレベルでは収まらない。
しかしまぁ......本気で入賞を目指すのであれば、忖度は避けられない宿命にある。正直俺も忖度するのはまっぴらゴメンではあるが、部の存続が懸かる以上贅沢は言えないのである。
「そういえば、こんなこと言うのもなんですけど、先輩たち俺の発見は前々から分かっていたようだったのにその......なんで。」
「入賞できないのか、だろう?」
「......なんか、すみません。」
俺が濁しつつもそのように言葉を放った瞬間、オフィスは静まり返って空調音が響くだけとなった。先に立つことのない後悔をして、小声になりながら謝意を見せた。
「いいんだ、去年賞を取れなかったのは事実だからね。それよりも......そうだな、まず1年生たちに去年私たちが出した作品を見てもらおうか。2人とも、見せても大丈夫かい?」
「私はいいですよ。」
「大丈夫ですよ〜」
「はぁ......?」
こちらが罪悪感を感じていたら、なにやら自動的に話が進展していた。
「私たちだけで作品を作ってるとどうしても客観視に欠けてしまう気がしてね。今年の作品に活かすためにも、1年生たちから屈託のない意見がほしいんだ。」
部長はそう言いながら、席を立って棚の中を探る。部長のロジックは理解に難くないが、屈託ない意見など言えるだろうか。
少しして部長が文書を掘り出してきた。散文、俳句、短歌。それぞれ星谷部長、楠見先輩、椛島先輩の3人分。規定字数はそれほど多くないとはいえ、読むべき量は絶対的に多い。ひとまず俺、光、石川さんで回し読みをすることとした。
〈悪くはないだろう〉
「なるほどそういうことですね完全に理解しました。」
「それ全く分かってない人間の発言だから。」
それぞれ作風が違うこともあり、短時間で全てに目を通して少々疲労を感じている。その疲労の原因には、先輩たちの眼差しもあるかもしれないが。
「まぁそれは冗談として......石川さん、読み終わった?」
「うん、バッチリ!」
ただただ、その輝きを放つ笑顔がかわいい。
「オーケー。じゃあご要望にお応えして屈託して意見申し上げますが......あくまで賞を取れるか否か、の観点ですから悪しからずということで。」
誤解を生まないように、かなり慎重な但し書きを付しておいた。それに対応して、先輩たちも『異論なし』と言わんばかりの表情を見せた。
「では、まず楠見先輩の作品ですけれども......」
「篤哉、解説任せた!」
「私もちょっとなんとなく恥ずかしいから......」
「いや気持ちは分かるんだけどもお2人さんよ。」
早々に1年生女子である2人が楠見先輩の作品解説から匙を投げた。その理由は、その内容を見れば当然である。
「どしたの〜?」
「いや......先輩の作品、言葉遣いは平易ですし、テーマも高校生の淡い恋愛について綴られていて、さっき共有した観点に立てば文句がつけようがないんですよ。ただですね......」
「ん〜?」
「言い回しがなんだか絶妙に色っぽいんすわ!」
『彼の満面の笑みは、私の心に気持ちよい快感を与えながら入り込む。』『熱く際立つ彼のすべてが、私にとって彼を必要不可欠にさせた。』具体例はこれだけに留まらない。とにかく、一般文学として満点でも、青少年の書く文学として適合するか、とても怪しい。
「推測にしか過ぎませんが、多分そのちょっとした官能的表現が落選の原因かと。」
「私とまりあも、同じ意見ということで......」
「えぇ〜、そんなにまずいかなぁ〜......」
楠見先輩は自らの作品を見つめ、不満そうな表情で首を傾げている。本気で違和感を覚えていないらしい。
「おい南原、ちょっと気にし過ぎじゃないのか!?」
「私も同感だね。このくらいだったら大して影響もなさそうだが。」
「客観性失ってるにも程があるんだよなぁ!」
部長の読み通りであったが、さすがに予想の斜め上すぎた。客観性を失っているというか、一般的な感覚が麻痺しているという方が正しい。
そして、感覚が麻痺しているということは、次の椛島先輩の作品も......お察しである。
「高校生の友情物語というのは悪くないですよ、えぇ。ただですねぇ、『協調性を持たない男子たちをいい声で鳴かせたい』とか『とりあえず自由を認めてやろう』って......どこかサディスティックな感じがして。」
「そうか?このくらいの言動日常茶飯事だろう。」
「ん〜やっぱり客観性死んでるんですよねぇただの椛島先輩......」
もはや故意にやってるんでないかと思うくらい、楠見・椛島両先輩のイかれた、もとい少し特殊な性質が作品に反映されてしまっている。講評のとき、2人に対する突っ込みが止まらなかった。
その一方、意外な理由で惜しさを感じる人も。部長、星谷先輩だ。
「最後部長の作品ですけど、やっぱりこれも表現とテーマともにばっちりですよ?ただまぁ。」
続く言葉の厳しさに思わず吃ってしまう。
「どうしたんだい?言っただろう?屈託のない意見をお願いしたいと。さぁ、どんどん言ってほしい!」
「分かりましたよ......」
仕方あるまいと、息を呑んで自分の腹を括った。
「正直、平均点のような作品だなと思います。展開の組み立てはとても良いですし決してダメな作品ではないけれど、模範解答のようなストーリーであまり物語に引き込まれる感じがしない、ですはい.....」
正味、数日前只者ではないオーラを俺に感じさせた部長が書いたものとは思えない作品である。確かに前の2人に比べれば癖は薄い。だが、癖が薄過ぎてなんとなくオリジナリティを感じられない一作に思える。文章の作りはさすがのものがあるため、どこか複雑だ。
「そうだろうね。物語というのは本質的に作者の経験以上のことは書けないが、どうも私にはその経験というものが浅くてね、個性の薄いストーリーになっているだろう。」
「そんなやめてくださいよ部長、あくまで賞を取れるか否かの観点での話ですから。ね?」
「すまないね、気を遣わせてしまって。」
感情の起伏がそれほど大きくない部長であるが、心なしか沈んでいるように思える。遠慮なく意見を述べて良いことになっているとはいえ、さすがに正直過ぎたかと自省する。
「それじゃあ、ここからはどうするの?」
石川さんがこれからについて尋ねる。それは、考えるまでもなく一つに絞られる。
「先輩たちから課題なんかも学べたわけだし、とにかくストーリー性と表現を磨いていくことに注力しましょう。」
とにかく抗わなければ、あの暴君によって全てを終わりにされてしまう。実績を残すという形で見返すためにも、今は"賞を取れる窮屈な"文学作りに臨まなければならない。
受験勉強の息抜きということで続き書いてみました。久しぶりでしたがどうでしたかね?
☆☆お読みいただきありがとうございます。ブックマーク・お気に入り登録よろしくお願いします!☆☆