P.004 戦いの幕開け
〈乗りかかった船〉
扉を勢いよく開くと、当然ながら室内の全員が視線を寄せた。特に罵倒の主は、これから退出するところだったこともあり、ことさら驚いているようだった。いいザマだとも思いつつ......とにかく流れるように訴えた。
「待ってください!」
「南原君......?どうしたんだい?」
「何かしら?見たところ1年生のようだけど、ご覧の通り今は取込中。」
退室しようとしていたのに、何を白々しい。
「ですから、そのことに関して自分からも、その決定の延期をお願いしたい。」
「......あなた、所属と名前は。」
桜ヶ丘高校生徒会会長・眞名田 琳音。この学校での最初の日の挨拶でも、こうして会話をする中でも、その威厳に満ち溢れる様や少しのことでは動じることのない様に、俺は今にも回れ右をしてしまいそうになる。だが......主体的に首を突っ込んでしまった以上、踵を返すような真似はしない!それならば、俺の片方に傾倒していた心も、180度方向を変えてみせよう。
「1年1組......文芸部所属、南原篤哉です。」
先輩たちが萎縮してしまっているが、俺は決してくじけない。
「1年ですって?冗談じゃないわ。この部のことだってよく分かっていないでしょうに、決定の延期を求めようだなんて。身の上を弁えなさい。」
「確かに、詳しいことはよく分かりません。だけどこの文芸部の存在が消えかかっているということくらいは分かります。それだというのに存在が消えかかっているのを見過ごすことなんて、できませんから。」
「あっそう。だったら何ができるのか、具体的に話してごらんなさい。説明できるのなら、ね。」
「それは......」
会長の言わんとすることは想像に難くない。俺は深い関わりがまだ無いとはいえ、会長から先輩たちへ投げかけられる心ない言葉の数々への衝動的な怒りに任せて部屋へ飛び入った。ただ啖呵を切るために。当然そこに会長に示す具体的な考えなどないわけで、会長をそれを悟っての俺に対する命令なのだろう。だが、テンプレートを持ち合わせてないのなら今作り出すのみ。そう会長の思い通りにはさせない。
「先輩!ここで実績というのは具体的に?」
「そうだね......」
「そ、それについては私から説明しよう。ちょうど資料がある。」
俺の攻勢を見て......というのは痴がましいことであろうが、会長に制されていた椛島先輩を再起を果たしたようである。
「文芸部において実績と呼べるものはいくつかある。だが直近で、かつ最もメジャーなものが県文芸部コンクールだ。それには散文、俳句、短歌3つのセクションがあって、それぞれで最優秀賞、優秀賞、佳作のいずれかを獲得することで入賞し、本校においては部の実績として扱われることになる。おおよそこんなところだ。」
「なるほど......」
資料の枚数からしてもう少し俺が知るべき内容はあるのだろうが、会長に太刀打ちするには十分だろう。
「会長、たまたま外から聞いていましたが、さっき部長に対して『無能』とおっしゃいましたよね。だから去年実績が出せないとも。」
「えぇ、その通りよ。」
反復することでさえ苦しい。だが本当に悪びれもしない様子を見させられている方がより苦しい。最初の日の会長とは違う、人間のクズと見えてたまらない。
そんな会長に、引導を渡してやる。
「会長が先輩たちに何も望めないというのなら......自分に先輩たちの尻拭いをさせてください。」
「何を言っているの。まだ学校に入ったばかりだというのに、どうしてあなたに実績を望めるのかしら?」
「それはどうでしょうかね......?」
「な、なによ。」
押してダメなら引いてみる。そうわけではないが、最終的な要求をもう入れても動きそうになく、ハッタリを駆使する他ない状況になってしまった。するとどうだろう、会長は意外にも気味悪そうにしている。これで、どうにかならないだろうか。
「分かったわ。あなたがそこまでというなら、星谷さんの言う通り文芸部に2ヶ月の猶予を与えてあげる。ただし......」
手探りの状況だったが、切り抜けられそうだ。もちろん、無条件ということもないだろうが。
「そこの南原君のわがままであなたたちには特別に猶予を与える。そういうことでいずれかの部門で入賞することで実績としているものを、今回に限っては各部門それぞれで入賞を条件とするわ。そしてそれが達成されなければ、有無を言わさず文芸部は解散。いいわね?」
有無を言わさず廃部、解散......ここに来て、迷いが生まれてしまう。ここまで取り決められた約束事は、全て達成されるか不透明なもの。俺のビッグマウスで解散かもしれない。そう思うと恐れずにはいられなかった。
だけれどその恐れも、すぐにあの人が吹き飛ばしてくれた。
「部長、星谷梨子。異存はない。他のみんなもそうだろう?」
「もちろんです!」
「私も賛成ですよ〜」
俺の中で熱さが込み上げてくるようだった。
「ならば交渉は成立。2ヶ月後、楽しみにしているわ。」
一仕事終えたよう、いや、面倒な状況から解放された後のような安堵を表情を浮かべ、会長はオフィスから退室した。無論、オフィスにいる4人にも安息の時が訪れた。その中での第一声は......
「篤哉くん、文芸部所属、だって〜?」
「ほう、所属してしまったからには......テキパキ働くことになるがな。」
「ははは......」
昨日から察してはいたが、形式はどうであれかなり歓迎されているようである。先ほどの会長との約束事で状況が変わったかとも思ったが、胸算用だったようだ。
「南原君、君にいろいろと背負わせてしまって申し訳ないね。」
一方、星谷先輩はどこかしょんぼりとして、申し訳なさそうに佇んでいる。俺は、若輩者ながら先輩を宥める。
「正直、部屋に入るまで断ろうと思ってましたよ。でも、会長あんなこと言われてちゃあ、人として無下にはできませんでした。一度は乗りかかった船ですし......ぜひ俺にどうにかさせてください。」
「そうかい。ありがとう、南原君......」
「礼には及びません。俺こそ、できるかも分からない約束を取り付けて、さらに文芸部を危機に晒してしまって。申し訳ない。」
そして誠心誠意、深々と俺は頭を下げる。おそらく先輩たちには強い愛着があるであろう部を、俺のビッグマウスで仮に即刻潰されることになってしまったとしたら......そう思うと、自然に謝意の礼を行っていた。
「いいんだよ南原君。むしろそれにこそ、私たちは感謝しているんだ。」
「えっ?」
先輩の言葉に呆気に取られて前に屈んだ状態から直ると、星谷先輩は表情は固いながらも眼の奥を輝かせているように思えた。俺には、理由に見当がつかない。
「私や楠見くん、椛島くんは眞名田会長に圧倒されてロクに食い下がることができなかった。だけれど南原君、君は必死に会長に噛み付いてはチャンスを手にしてくれた。つまりはだね......私たちだけだったら戦わずして負けていたところを、南原君は勝ち負けは別として戦う機会を作り出してくれた。それが、本当に嬉しかったんだ。だからせめて、感謝だけでも言わせてほしい......」
確かに......俺が口を出さずとも、文芸部は吸収か廃部になってどのみち崩壊の一途を辿っていた。遅かれ早かれ、という違いだけしかそこには存在しないのだ。そうとなれば、当たって砕けろの精神でもうやるしかない!
俺は先輩たちを目の前にして姿勢を正し、決意を語る。
「スカウトされた以上、そして何もしなければ終わりな以上......!全力で文芸部のために頑張らせてもらいますッ!どうぞ、よろしくお願いします!」
少々言葉に熱がこもりすぎて、自分ですら暑苦しいと思った。高校入学してからというもの、いや、一人前の社会的動物としての人間になってからというものこれほどまでに熱くなったことはないかもしれない。必要以上に熱くなることはバカバカしい、愚かしい。そんなことを考えていたからだ。でも、今は愚かしいなどとは思えない。あの暴君にあわよくば一泡吹かせてやりたいという清々とした感情が俺の身体を巡っているようだ。
「うん、よろしくね〜。」
「もちろんだ。」
「私たちも精一杯頑張るよ。無能部長と言われたままじゃ、終われないからね......!」
輝いていた星谷先輩の眼の奥が、今は燃え滾っているようだ。これまたおこがましくはあるが、俺の一声で闘志が再燃したというのなら、とても気分が良い。楠見先輩や椛島先輩も個性はそれぞれあれど、俺に燃え盛るような視線を送ってくれている。今この瞬間に、ここにいる4人の目指す方向が一致したようだった。
「部長、さっそくですがその文芸部コンクールとやらの過去何年分かの入賞作品、用意できますか。」
「それはできるが、何をするんだい?」
「何をって、それは......」
答えは、俺が最初ここに誘われた理由に詰まっている。他でもない、部長が推してやまなかった、俺の持つ可能性だ。こうなったなら、早速その可能性とやらを拓いてみよう。
※
「おかえりアツ〜、遅かったねぇ。」
今日も親たちの帰りが遅いのだろうか、妹は調理場で帰宅した俺を出迎えた。
「まぁちょっとな。今荷物置いてくる。」
「オッケー。そういえば明日もお母さんたち帰り遅いってさ。明日はちゃんと時間に帰ってきて夕飯手伝ってよね〜。」
おっと、それは無理な話となってしまったのだ。
「悪いな荏舞、明日......というかこれからしばらく俺も帰りは遅くなる。」
「どうしてー?」
「部活、やってみようと思ってな。」
おそらく荏舞は、突然のことにわずかながらも状況が呑み込めないことだろう。しかし他ならぬ俺も、これほど大きく事態が動くとは想像していなかった。すぐに全体を呑み込めなくてもいい。荏舞にも俺自身にも、そう心中で言い聞かせようと思う。
「なんだか、すごく急だねぇ〜。」
「まぁこれも、ちょっとな。まずいか?」
「ううん、別に。手伝えるときは手伝ってよー。」
「当たり前よ。」
思い通じたか、ひとまずこの場は収めてくれたようだ。それに感謝で応じるためにも......精進せねば!
なんだか、ラノベっぽい展開してますよね(そうか?)。こういうクールだったキャラクターが熱くなるの僕は嫌いじゃありませんが、みなさんどうですかね?こうして熱くなった篤哉はどうなっていくのでしょう。
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