P.036 姉弟の嵐
「失礼しますよ」
声の主は、生徒会長・星谷悠李であった。いつか、文芸部を窮地に陥れた前会長に一矢報いた人物でありながら、姉である部長には尖った態度で臨むことから俺は全幅の信頼を寄せていない。今も、不意に身構えてしまう。
そしてそれは、同期たちも同様であるようだ。ほんの数秒前まで談笑に浸って緩んでいた表情筋が、すぐさま強張った。
「なんだい、悠李」
足取り重くはありながら、会長は部長のもとへ近づいてきた。ご丁寧なことだ。
「さっきの打ち合わせで説明した決算報告書。様式は後日渡す予定でしたが、早く出来上がったのでお持ちしました」
「それなら私が経理だからこちらで受け取ろう」
「よろしく頼むよ椛島くん」
何となく、会長のきな臭い雰囲気を感じて固まる1年たちとは反対に、先輩たちはあくまで大人な対応に徹する。
「それじゃあ。向こうは椛島くんに任せて、私たちは片付けといこう」
そして会長は、咲柚さんと事務的な会話をはじめ、一方の部長は俺たちに行動を促す。ひとまず、星谷姉対弟という薄く感じられる対立構図の形成は避けられたというわけだ。だから、俺たちも気兼ねなく指示通り動くだけ。
そのはず、だった。
「悠李?何を見ているんだい?」
数分経って、部長はあることに気づいたようだった。それは、連絡を終えたはずの会長が立ち尽くし、盛りだくさんに積まれた部誌を一点注視していることだ。
「本当に嘆かわしい」
「え?」
そして放たれた会長の一言は、理解に苦しむものだった。それは、部長も同じであるようで。てきぱきと撤収にかかっていた身体がピタリと止まった。
「星谷部長。いや、姉さん」
会長は、視線を部誌の山から部長に移す。その表情は、呆れ、わずかに会長の怒りを感じさせるものだ。呼び名も唐突にフォーマルなものから、家族という関係を分かりやすく示すものに変わる。
「アンタはどうして、才能がないものにこんなにも力を割こうとするんだ。これをやってどうなる?何になる?平凡な物語しか、つまらない物語しか書くことができないくせして、なぜなんだよ。何がアンタを、道の外に突き動かすんだよ!」
会長が口にしたのは、文学の活動に勤しむ姉に対する侮辱であった。言葉の最後には平静さを保てないほど、弟である会長は、姉に不平不満を持っているようである。苛立ちに支配されているらしい。
だが、苛立ち――もはや怒りに支配されているのは、こちらも同じだ。
「何が平凡だ……何がつまらないだよ……!」
「星谷、お前が梨子さんの作品の何を知っている。何を根拠にそんなことが言える!」
いつ以来か、またも反射で噛みついてしまう。だが、今回に限っては、咲柚さんも同様に噛みついている。
当然だ。発言した本人にとっては些細な侮辱であったとして、それを聞いた人間にとっては些細でないこともある。
「ちょっ、篤哉……!」
俺も咲柚さんも、衝動に任せて会長めがけて詰め寄る。確かに平凡かもしれない。が、文学につまらないなんてことはない。俺や、まわりのメンバーの信条を真っ向から否定されたように思ったから。怒りを抱かずにはいられない。
「そこまでだ2人とも。止まるんだ」
だが、部長の迫力が籠った制止を促す声が、2人の歩みを止める。そして部長は、俺や咲柚さんを追い越して、弟のもとへ至る。再び迫力を籠めて。こちらに語る。
「これはもはや文芸部や文芸部員としての私の話ではない。私と悠李、とある家族の些末な姉弟の問題だ。君たち赤の他人が出る幕じゃない」
『赤の他人』、そう言われてしまえば、もう何も反論はできなかった。それは、疑いようもない事実であるわけだから。晴れない想いはあるが、手出しは叶わない。それどころか後退りさえしてしまう。
「悠李、こっちに」
強く俺や咲柚さんの動きを止めた部長は、2歩ほど離れた会長に手招きする。それに応じて、会長も姉のもとに歩み寄る。そのまま、2人は会議室の出入り口に向かい、退室してしまった。家族で、一対一で話をつけて、頭を冷まさせようという魂胆なのだろうか。
「……とりあえず私たちは、片付けを続けるぞ」
俺も、咲柚さんも、会長に我が部長を貶されたままで、そしてその部長に梯子を外されたようで、煮え切らない。
光も、まりあも、目の前で発生した姉弟の嵐が根本的には消滅していないことで、後味の悪さをじっくりと感じているようである。ゆらゆらと周りを伺うように首を振って、落ち着かないらしい。
些末な姉弟の問題なのかもしれない。赤の他人が介在する余地は無いのかもしれない。けれど、その姉弟の嵐の中で部としての信条を傷つけられては……とても他人のこととは思えない。
「なにが出る幕じゃない、だ……」
小さきながら、咲柚さんのやるせなさが呟きとして漏れ出る。俺はその思いを、声を大にして叫びたかった。
※
「アツー、お風呂……ってなによんでんのー?」
「今日作ってきた文芸部の部誌」
「ふーん。あとでエマに見せてー」
「ヤだよ。なんで俺の心の恥部を家族に見せにゃならんのだ」
「ようわかりまへんけど、どケチぃ……」
床に三角座りをして、出来立てほやほやの部誌を眺めていると、風呂上がりの妹の襲来。ヤツは中身を覗きこもうとするが、夜間の反射速度でヤツは俺に敵わない。覗き込み防止も容易いことだ。
「ほれ散った散った」
「ぶぅ」
しっしっと、なおも俺の作品を拝もうと覗き込もうとする荏舞を手で払う。不満げながら、ようやくどこかへと行く気になったようだった。『ぶぅ』という抗議の鳴き声、成熟した豚のようでなんとかわいらしくないことか。
しかし今、俺が本当の目的としているのは自身の作品ではない。足並みそろっている同期たちの作品でもない。1年長く経験を積んでいる咲柚さんや風芽さんのものでもない。
もちろん、部長の作品だ。
なぜなら、単純に部内一番の年長者作家だから。なぜなら夏休みの缶詰合宿で、作品の方向性に悩み、立ち止まっていた部長の背中を、俺が押すことになったから。理由を語るなら、これだけでよかった。
だが、昼間の……会長のあの言葉が刻まれていた。『才能がない』『平凡な物語』『つまらない』など。どれも尖り切った、心無い評価だ。端的に言って許せない。もちろん、部長の作るストーリーは平坦で、平均点のようなものであるという印象を以前抱いたのは事実だ。だが、逆に安定感は抜群だ。落ち着いて、平穏に読むことができる良いストーリーだとも思った。賞という観点を持たなければ、とてもよろしい。
だから、会長の言葉を完膚なきまでに否定したい。実際に行動に移す機会はないにしても、そのために今回の部長の作品のついてしっかり理解したい。つまらないなんて無いことを、訴えられるようにしたい。そんな思いが、俺を突き動かす。
「さて……」
部長のページを開く。タイトルは『星の輝きとなって』。
本文を読み進める。急く気持ちから、手早く。でも、言葉の一つ一つを大切に。
「なる、ほど……」
読み切った。時間も忘れて。
やはりつまらないなんてことは無かった。むしろ、若輩者ながら部長の成長すら感じる。面白かった。タイトルの意味が本編に上手く落とし込まれているな。ふたりの登場人物の関係性が繊細に描かれているな。変な飾りは無しに、そう思えた。
そのような確信が原動力となって、俺はその場に立ち上がっていた。らしくないとは知りながら、アクションを起こせずにはいられなかった。
しかしその作品を読んだことで、心の片隅に靄がかかるような気もした。『星の輝き』……この存在が、俺を惑わすことになりそうだと、微かな予感を感じた。
~9月9日~
俺は放課後、ある場所へと向かっていた。クラスでの準備にも目もくれず、弥のノリも全てをスルーして、人の流れを切って向かっている。
「星谷会長」
「はい。って、なんだ君は藪から棒に。部活動の1年生は生徒会との折衝に関わらないはずだろう」
向かったのは、生徒会室。星谷会長の根城と言ってもいい。校内備品などで雑然としたその室内の中央、長机のお誕生日席と呼ばれるようなところに会長は座っていた。
引き戸を憤りに任せて勢いよく開け放ち、会長のもとへ。そして、例のモノを突きつける。俺は、行動の機会を無理矢理作り出したのだ。
「読んでください。部長、あなたのお姉さんの作品を」
「はぁ?君は何を――」
「アンタは本当に今までの、部長の作品を読んだことがあるのか?その上での、『平凡』だの『つまらない』だの、昨日の言葉なのか?どうなんです!」
姉弟の嵐に遭遇したときの本心をぶちまける。冷静を貫こうとしても、それは再び実現できなかった。対する会長は、黙りこくるものの真顔を崩さない。
「忙しいとか後でとか、そんなことは言わせません。絶対に、読んでください。いや、読め。この最新の部誌だけでも読めば分かる。つまらなくないこと、あなたのお姉さんはやり手の作家であること。一度見れば、あんな評価撤回したくなるはずです」
そして俺は、部誌を会長の前に叩きつける。もはや生徒の長とヒラという隔ては吹っ飛んでいた。
叩きつけても、会長は黙りこくったまま、真顔で視線をこちらから外さない。だが、目的は果たした。そのまま俺は、視線を意に介すことなく生徒会室から去った。
エゴだ。迷惑だ。会長がなにもしなけりゃ変わりはしない。そうは思う。だが、こうして正直な心境を吐露できたことに、大いなる達成感でいっぱいであった。
久しぶりにはやめの投稿出来た……
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