P.033 貴重なご意見
~9月6日~
「深町さんよ、このパナ〇ニックの冷蔵庫のやつでええ感じではないかね」
「あぁいい良い!それこっちにちょうだい」
週明け月曜日の放課後。我がクラスの企画内容からして、準備は地球46億年スケールのペースで行っても月末の本番には間に合うが、深町お母さまの先見性によれば、少しずつでも余裕をもって用意した方がよいらしい。こういうときのお母さまには絶大な信頼を置かれているため、クラス全体として彼女に従っている次第だ。
そして今日は……俺、お母さま、弥、洋輔という選定基準が一見明快そうで全く掴めない、そんなメンツで段ボールと格闘したりなどしている。もっとも、弥と洋輔は買い出しを任ぜられて今ここにはおらず、俺とお母さまの2人で材料と格闘しているが。特段気まずい空気は流れていないものの、盛り上がることもなく、ただただ作業がスムーズに流れていくだけである。
「っしょ。これで外壁は大丈夫そう。あとは2人の買ってくるガムテで繋げるだけだね」
「あぁ。なんか野郎どもばっかり力のいらない作業ばかりやって」
「いいのいいの、私が好きでクラス企画統括してるんだから。力仕事もちゃんとやるよ。ただそれはそうと……」
淡々とした深町からの気遣いを受けていると、深町がある机のもとに寄っていく。その上には俺がさっきまで作っていた段ボール製の着色前瓦があるわけだが、深町には疑問のようだ。まぁ、その理由は俺も十二分に理解できる。
「瓦、めちゃめちゃ作ったね? ありがたいし作業の早さにも驚いちゃったけど、10枚くらいでよかったんだよ?」
「まぁ、なんだ……考え事などしていたら、とめどなくやってしまったって感じだな。倍近く作ってすまんすまん」
「いやいや、別に多く作った分にはいいよ。それよりも、今日授業の時もボーっとしてたから大丈夫かなって。寺矢先生にもデコピンされてたし」
「そうだな、アレは痛かったわ。額も心も視線も」
「なんという重傷でしょう」
今日一日、というかここ数日俺の調子は上がらない。脳内でとある事象がぐるぐると駆け回って、あれこれと考えてばかりだ。
無論その事象とは、部長と聡太朗さんの過去のエピソードである。俺にとって身近な―星谷部長が確実に未練を抱えていること、伝え聞いた聡太朗さんの不可解な態度がよほどセンセーショナルなものであると心が判断したのだろう。そういうわけで、心ここに在らずの状態を、俺は現在進行形で味わっているというわけだ。数十枚もの瓦が、その事実を機械的に示している。
「まぁ何か思うことがあるなら、あまりため込みすぎないでね? 私じゃ無理かもしれないけど、誰かには相談、ね?」
「あぁ、ご忠告どうも」
そんな心の引っかかりにからめとられた俺を、深町は思慮深く逃げ道を開いてくれる。全く、できた母親だ。本人が煙たがるからその評価は決して言葉には表すつもりはないが。
ただ、ここで俺はそのできた母親の二面性を思い起こした。
「いや、待て深町」
「ん? どうした?」
「深町、無理じゃないと思うわ。いい機会だし相談させてもらうぜ」
「えっ? まぁいいけど……?」
再び段ボールの束のもとへ戻ろうとする深町を、無理やりに呼び止める。呼びかけられ、髪をたなびかせながら180度急転回するその様は、どこか滑稽さを感じさせる。
「それで、相談というのは?」
深町は目についた椅子に腰かける。対する俺は机に尻をよりかかり、体重を支える。行儀は悪いが、ほんのひと時の間だから許してほしいものである。
「そうだな……こんな話をいきなり振るのも甚だおかしなことだが、深町、お前は洋輔に片想いしている」
「え? あたし、ケンカ売られてる?」
深町の二面性とは、そう、母親のようでありながら恋する乙女であるということだ。しかも昔なじみの男に片想い中の。これは、俺の思考に絡みついて取れない件のエピソードについて意見を伺うほかない。ちょうど2人しかいないわけでもあるし。
もちろん、神経を逆なですることになるだろうというのは、承知の上であったが。俺と深町の仲は劣悪ということはない、むしろ先方の人柄もあって誰に対しても良好な関係を築いているものの、かといって彼女の恋愛事情に土足で踏み込めるほどのもの、というわけでもない。俺のむずがゆさ故、まるで不審者を見つめるような表情を深町にさせている。本当にすまないと思っているッ!
「まぁ待ってくれって。ハサミに手をかけないでくれ。本題はここからよ。その……」
次の発言は、少し気が引ける。
「これは俺が独りでに思いついたとりとめもない例え話だから決して本気にしないでほしいが……もし、これから先に深町が洋輔に交際申し出をしたとして、向こうに断られたとしたら」
「は? キレそう」
「待て待て待て!手にかけたハサミを包丁みたいに突きつけるな!唐突に言って悪かったけど俺の妄想だから本気にするなって!ここで俺を殺せば間違いなく深町に手錠がかかんぞ!」
「冗談だって。代表たる者、罪は犯さないよ」
「いや人間として罪を犯さないでくれ……」
俺の必死の宥めで、どうにか血しぶき滴る殺人現場の誕生は免れた。彼女は冗談だと言ってはいたが、ハサミを突きつけたときの鬼のような形相、とても冗談とは信じがたいものだった。キレそうというか、確実にキレていた。
なにはともあれ、本題へと再び軌道修正する。
「それでだ、洋輔が断った理由を深町、お前は尋ねるが洋輔ははぐらかすばかりで受け入れられないの一点張りだ。そんなとき、深町だったらどう思う? ってのを、聞きたかったんだよ」
まんま、星谷部長と聡太朗さんの一件である。
「そう、だね……」
そしてそのまんまエピソードに極々真面目に思考を巡らす女ありけり。ありがたいが、先ほどまでとのギャップが激しくて密かながら動揺してしまう。
「あたしだったら、気になってモヤモヤするかな。一応、長い間想い続けてきた相手なわけだし……って、なんであたしフラれてるの!」
「きっかけは疑いようもなく俺だが、その言い方をしたのは深町自身の所為だぞ……」
仮定をより現実味のあるシチュエーションに昇華させて自滅する。なんとマヌケなことだろう。すまなかったと思う場面はいくつもあれど、それによって負った精神的ダメージまでは負い切れない。
しかし、非常に興味深い回答である。
「で、そういうことはつまり、自分の心の中にモヤモヤを閉じ込めるだけで、洋輔が折れるまで問い詰めたりしないと?」
「まぁ、それはそうじゃない? そこまでしても喋るのを渋るってことは、よほど話したくないことだろうし。もしかしたら相手……私が聞いたらショックを受ける内容なのかも……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「変なこと訊いて悪かったから、落ち着いてくれ……」
さすがに深町の身の上を具体例にとった問いかけを本人に投げるのは不味かった。耳に両手を当てて精神酩酊状態に陥ってしまっている。
「うっーす、この残暑きびい9月の空のもと買って……って、どうしたんだ?」
「篤哉くん、女子を泣かせるのはいただけないね」
なんとタイミングの悪いことよ。この状況を最も見られたくない奴らに見られてしまった。腹切りしたい。
「泣いちゃいねぇだろ!ちょっと変なことは聞いたが……」
「篤哉くん、ハラスメントの基準は人それぞれ。君にとってはなんてことないことでも、深町さんには重大なことかもしれないんだよ?」
「南原くんの、人でなしぃ……」
お母さんが聞いて呆れるな。まぁ、諸悪の根源は俺であるし、お母さんというのも比喩であって深町そのものはただの高校生だから仕方ないのだが。
しかし、その深町の意見が気にかかった。
モヤモヤするが、それを心の中に閉じ込めるだけで想いの打ち明けを断る理由を問い詰めたりはしない。
なるほどな、と思った。
利害が関わること、精神衛生を良好に保つためのこと。これらのことは白黒はっきりつけるべきだと考えていた。当然、恋愛も同様だ。なぜ自分の想いを相手は受け入れてくれないのか。それが分からず心にわだかまりが生まれるくらいなら、俺はどんな手を使ってでも相手に問い詰めて、納得したい。
しかし部長は、早々に諦めた…………いや違う。部長は良くも悪くもあきらめの悪い人だ。問題は聡太朗さんとやらが、あまりにも意思強固な人間だった、ということなのだろう。
一体、聡太朗さんはなにを思って、部長の想いを跳ね返したんだ? 部長がそれを聞けば、誰も望まない結末がやってきたのか? …………そんなことは分からない。俺は、客席の前列で公演を観ることができる観客であっても、決して公演の当事者になれはしないのだから。それぞれの想いのすべてを、はかり知ることは叶わない。
脳内に絡みつく思考の渦は、ここで勢いを留めた。ここ2日3日、苦しめられていたものからようやく解放された。だが、それは疑問の解決を意味するものではない。これ以上しつこく考えたとしても、部長や聡太朗さんの真意を心得ないうちは、時間、エネルギーの無駄というものである。限りなく発生する可能性がゼロに近い事象が起こったその時には、再び思考の渦を巡らせるとしよう……
「あぁもううるせぇうるせぇ。深町、段ボール繋げっぞ。弥、ガムテよこせコラ」
この主人公、めんどくせぇな。と思いつつ、理解も追いついてしまうのがわたくしであります。長々と思考する主人公に、この先もお付き合いくださいませ……
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