P.032 星は未練の空を彷徨って
「んっ……」
「もう、いきなり気を失うから驚いてしまいましたよ?」
「あ……大変失礼いたしました……」
さっきまでオフィスの外でしゃがんでいたはずが、いつの間にかオフィス内のソファに腰かけていた。
どうやら俺は、恐怖心のあまり派手に気絶してしまったらしい。突然のことだったようで、俺が意識を取り戻すと目線をも覆い隠してしまうほどの長い髪を携えた女子は、パソコンから身を逸らし、やんわりと不平をこぼしている。
その女子がほかでもない。俺が霊威と信じてやまなかった存在である。もちろん、コミュニケーションが始まろうとしている点でその人が霊威でないことは明らかだ。そもそも、そんな確認を取らずとも霊威なんて存在するはずもなかろう。オフィスの外から眺めていたときの俺は、珍しく気が狂っていたようだ。なんて俺らしくない……
それでもはっきりとしないことはある。
「ところで……どなたです?」
「そういえば名乗ってませんでしたね」
髪の間から見える瞳はハッと何かに気づいたようだった。そうだ、この人の正体を俺はまだ知らない。そういうわけで、俺はまだ完全には警戒を解けていないでいる。
「私は岡に咲く楓の木と書いて岡咲 楓と申します。3年で、文芸部には委託契約で作品を載せてもらっています。とどのつまり、幽霊部員ってことですね」
「あぁ……部長から少しだけ聞いてます」
丁寧に丁寧に、自己紹介をしていただく。
いつだったか部長の掃除を手伝っていたときに岡咲先輩の存在はほのめかされていた。そのときは何気なくスルーしていたが、今こうして、そのレアエンカウントの人と思いがけず邂逅を果たしたというわけだ。
しかし……幽霊部員という自己紹介は少々改めることをおすすめしたい。なぜなら、地位のみならず、見てくれからして幽霊のそれだから。まぁ当然、こんな提案は初対面の俺が言えるはずもないが。
「俺は南原、1年の南原篤哉です。初めまして」
思うところはいくつもあるが、いつまでも返事をしないのは不自然で失礼なこと。そう判断して簡潔に自己紹介し返す。警戒心を解いて、淡々と会釈ほどのお辞儀をしながら。
「南原さん……確か強制れん、じゃなくて梨子ちゃんにスカウトされたあの」
「今強制連行って言いかけませんでした?ねぇ?やっぱり客引き的な一度引き込まれたら元に戻れない非合法部活勧誘じゃないですかッ!」
「そうですね……言い方に気を付けてと梨子ちゃんからも言われているけれど、確かに一度新入生が関わると拒否権は無いですからね」
「うわっ身内にも汚ねぇあの部長!?」
敵を欺くにはまず味方からとかなんとか。そんな感じのことわざがジャパンにはあるが、その実践例たるや……かなり汚れてるぜぇ、我が部長。
「そこまで言わずに南原さん。彼女が文芸部のためを思って、一生懸命やってる結果ですから」
「だとしてもやり方ってもんですがねぇ……」
幽霊のようであるという特質を除いては、論調も思考回路も部長に比べて非常にクセが少ないと思われた岡咲先輩。しかし、根本が部長に毒されてしまっている。にこにこできることではない。
「それに、彼女は無理をしてるんですよ。今でこそ落ち着き払っているように見えると思いますが、高校入学したころはもっとこう……熱い人間だったんですよ?でも活動していくうちに個性豊かな先輩たちとたくさん関わっていくうちに不法、いえ、一生懸命部に尽くすようになっただけです。だから、少しは大目に見てあげてください。同級生の私が言うのも変な話なんですけどね」
失言をして「やってしまった」と言わんばかりの表情を先輩は浮かべている。不法、とつぶやいたのちは再び平静を装っていたようだが、もはや遅すぎるというものである。
しかし、ここまで岡咲先輩が語って部長を必死に擁護しているということは、意を汲むべきか。個性的な先輩たち――おそらくその一人は部長も言っていた、例の聡太朗さんのことだろう。そうだとしてこれまで伝い聞いたエピソードから察すると、確かに、部長が変に染まってああなっても仕方ないようには思われる。
「個性的な先輩っていうのは、先代部長の聡太朗さんという方ですかね。星谷部長から聞きましたけど非人道的な担ぎ上げを……」
「待ってください!どうしてそれを」
「え……?」
穏やかな雰囲気が不意に一変。殺伐とする。
「いやぁ?文芸部合宿のときに、思い出話をするタイミングがあって、それで聞いたという感じです」
「はぁ……そうですか……」
略解を先輩に投げかけると、こちらに向けられていた視線はすぐさまパソコンのモニターへと向けられる。何か自己解決したような面持ちで。
「あの、先輩、一人で納得しないでもらって。どうしてそんな、慌てるんですか」
その先輩の奇異な反応に、俺もなぜだか発声に力がこもってしまう。あからさまに話題をはぐらかされて気分をよくする人間はいないにしても、なぜ初対面の先輩に発する声に憤りを織り交ぜているのか。自らですら掴めなかった。
「……ごめんなさい。話をそらしてしまって」
俺の声に感応してか、箱に向いた納得の面持ちはこちらへの申し訳なさに変わっていた。
「私が勝手に理由を話すと、梨子ちゃんの精神に負担だと思って、話すのを躊躇ったんです。でも、南原さんが聡太朗さんのことを知っているということは……問題ないかも、しれませんね」
「はぁ……?」
今度は話をはぐらかそうとする意図こそ見られないが、やはり先輩の自己解決を見せつけられている。俺は置いてけぼりを食らっているが、なにか希望を感じ取っているのは確実だ。
「……私から聞いたというのは、できるだけ梨子ちゃんには内緒でお願いしますね」
先輩は椅子からゆっくりと立ち上がって、日が沈みつつある窓辺に引き寄せられていく。そして、俺に背を向けながら、忠告を投げつける。
「はい。俺の心の中に留めておきます」
果たして何を明かされるのか。予想は一切つかないが、どうやら俺に信頼を置いて、岡咲先輩は告げ事をしてくれるらしい。俺はただ、黙って話を聞いて、その信頼に応えるのみである。
「彼女、ちょうど2年前くらいに……」
その先の俺の心理状態は――混沌を極めた。
※
他の部活動がどうであるのかは承知していないが、文芸部には新旧の部員の基本情報がまとまったファイルが残されている。昨今のプライバシー保護の風潮からはかなり距離のある所業だと言える。
そのファイルの中で俺は、4年前入部の生徒のページを眺めていた。
堺 聡太朗、2年前に部長を務めていた人物だ。以前、星谷部長が言及した聡太朗さんと同一人物であることは再確認するまでもない。添付のバストアップ顔写真に映っているその人は、野球部のように丸刈りでありながら、柔和な表情をこちらに向け、大変紳士的な人柄を俺に感じさせる。
なぜそのような人が、星谷部長の切なる気持ちをいとも容易く、踏みにじったのだろう。
星谷部長は、堺聡太朗という人間に恋をした。合宿のときに、どことなく察しはついていたが。ここにきて答え合わせを部長に側近である友人からされたという形だ。だが、俺が思いもしなかったことも同時に告げられた。
『単刀直入に言えば、彼女、フラれちゃったんです。強い感情を抱いていただけに、しばらくは落ち込んでしまって……だから、その後から梨子ちゃんが聡太朗さんについて話すことはなかったのに、南原さんが知っていたのが不思議で、びっくりしたんです』
どうやら、星谷部長は一度先代に想いを打ち明けたそうだ。そして、儚くも散った。
『それと、これ以上はお喋りのし過ぎかもしれませんが……聡太朗さんは「ダメだ」と彼女を冷たく突き放すだけだったようで。知ったような口を利くことになりますが、私は聡太朗さんの一点張りの姿勢に納得がいかなかったし、今もできません。梨子ちゃんはきっと、心の奥底で隠しているとしても、苦しいほどに、納得できていないんじゃないかなと……思います』
切なる気持ちを踏みにじる――その気持ちを相容れない理由が存在するのは、世の常だ。聡太朗さんとやらも例外ではない。だが、なぜ理由を星谷部長に伝えなかった?なぜ冷たく切り捨てた?
部室を去っていく岡咲先輩は、やるせなさをオーラに滲ませていた。先輩の言っていた通り、先輩の比ではなく部長は……完全燃焼できなかったやるせなさによって潜在的に支配され、呪縛されていることだろう。事実、あの夜の星見の一件からして、部長は聡太朗さんに対して、焦がれるほどの未練を抱えていたように思われるから。いつまで経っても成仏できない祟りのようだったから。
「……クソッ」
ファイルを棚へ戻そうとする俺の手癖は、到底他人様が見て気分を良くするものではなかった。どうして俺は一挙手一投足に力を込めてしまっているのか。それは間違いなく、部長への同情の精神と、聡太朗さんに向いた憤慨のためであることだろうと、ほのかに自覚している……
1か月以上お待たせして、本当に、申し訳ありませんでしたァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!帝愛グループもびっくりな焼き土下座を披露しておきますね……
ということで、今まで私生活がパンパンでしたが、また余裕が出てきたので投稿していきます。もう少ししたら毎日投稿とかしたいな、なんて思っていたりします。そのときはどうぞよろしくお願いしますね。
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