P.030 相似なツーペア
~8月31日~
「はーいじゃあ!周りの人たちでテーマ考えてみて!」
今日は8月最後の日。休業明けの課題考査もものの見事に終了して、学校再開したばかりでありながら解放感に浸っているところである。
しかし、学校というところは生徒のことを悠長に待ってくれるところでもないわけで。次から次へと俺たち学生にタスクが襲いかかってくる。今日のLHRもそのタスクの一つである、文化祭クラス企画のテーマ選定をつぶしていく。
「篤哉くん、何にするか案はあるのかい?」
学級代表の問いかけによって一気に教室の中がざわめいていく。テーマ案を無尽蔵に挙げていくための時間であるから当然ではあるが。無論、俺もその流れの中に組み込まれていく。後ろの机の――おそらく友達である人間から呼びかけられる。
しかし俺が議論を吹っ掛けられた相手は、なんとも掴みどころの薄い人物である。
「別に俺は他の人が納得するんであればなんでもいいさ」
「それはなんとも消極的だね。なにか一つだけでも、ないのかい?」
「はぁ……」
そいつは、名前を北畠 洋輔という。いかにも現代女性に好まれそうな俳優顔で、加えて人当たりもよく誰にも物腰やわらかな紳士であるからクラスでの人気はとても上々であるのだが……正直、いつもにこにことした表情を崩さないために心の奥底で何を考えているかわからない。不気味さを感じてしまうのである。俺が非難されかねない答えを言い放ったとしてもやつには非難のヒの字もない。胡散臭い笑みを保ち続けるだけだ。
「そうだぞ篤哉!おめぇはいつも枯れてんなぁ!」
「うるせ。もはや騒音レベルだな……」
「ひでぇ言われようだな!?」
そこへ、良く言えば賑やかしメンツの弥が加われば、いよいよ収拾がつかなくなってくる。
長い付き合いだから許されるが、あからさまに煙そうな表情を作っておく。
「弥くんはなにか思いついた?」
「そうだな。ちとベタベタかもしれないが、俺はメイド喫茶なんていいんじゃないかと思った!」
「なるほど、それはいいね!」
「いやなかなかにハードル高いと思うが……」
その場のノリでアイデアを公表しないでほしい。プラスで大声をやめてほしい。アイデアを聞きつけたクラスの女性陣の視線が少しばかり痛い。突き刺さってくる。俺は発案者でも、同意したわけでもねぇのに!むしろ難色示したのに!
「それにただのメイド喫茶じゃない。コスチュームのスカート丈は極限まで短くしておいてさらにケモ耳を装着してもらう。これで集客力は抜群!男子たちのウケも大いにかくそげぶッ!」
どこからか大小さまざまな小物がいくつも弥の上半身にヒット。弱いものではあるが俺と洋輔にも流れ弾を食らう。当然の報いではあるんだけど、怒りと嫌悪感に突き動かされた女子たち、恐いっすね……
「さすがに羽目を外しすぎたね、弥くん」
「あの絶壁に何度殺されても懲りないだけあるわ、お前」
「くっそ……急に突き放してくれるじゃねぇか同志たち……さっきまであんなに盛り上がったのによぉ……」
「少なくとも俺は共犯者に仕立て上げるんじゃねぇ!」
「つまり僕は共犯者ということになるのかい?」
弥が死人のように机でうなだれる横で、洋輔は不思議そうに肩をすくめている。弥に唯一同意したのはおめーだと、頭をどつきたくもなったが、ぐっとこらえる。
「ほらほらほら!あまり騒がないでもっと穏便に!」
「頼む深町、俺は無実だ。鉄槌ならそこのアホと塩顔に下してくれ」
「別にどうにかしようなんて思ってないけど、少しでも首を突っ込んだなら南原くんもダメ!」
「お、お母さま……」
悪い意味でワイワイガヤガヤと騒ぎ立てていると、そこにポリ公、もとい三十数児の母、または学級代表である深町 陽向がやってきた。見た目は制服にストレートのロングヘアと、わりかし平均的女子高生に分類されるはずなのだが、やることなすことに肝が据わっていて、ど根性お母さんのようである。俺がつい発した『お母さま』に加え、『ママ』『母ちゃん』『マザー・ヒナ』など、クラス内での呼称は多岐に渡る。
しかし、当の本人は母親扱いに納得がいっていないようで。
「ちょっと南原くん!その呼び方やめてって何度言ったら……」
「まぁまぁ深町さん落ち着いて。イライラしてもいいことないよ。さぁ、これを飲んで」
「あ、ありがとうバタケ」
洋輔は颯爽と茶の入った紙コップをお母さま、改めて憤る深町に手渡す。どうやら俺と深町の間であれこれ言い合っているときに裏で注いだものらしいが、なぜ茶でもてなせるほどの用意を奴は備えているんだ………… なぜ深町も手放しでこの状況を認めているのか。
「ふぅ……いい香り。いつもほっかほかだねほんと。だから安らぐんけどさ」
「あぁそうだね。やっぱり緑茶をたしなむのであれば適度に熱いままでなくてはね。相変わらずのお手製ボトルマグを使っているよ」
そう言って、洋輔はグレー単色の水筒を深町に掲げる。胡散臭い笑みが、わずかにドヤ顔に変わる。ボトルの方は、いかにも保温性脳抜群といった外見をしていて、刻まれた小さなかすり傷は使用感を思わせる。
「まだ使ってるんだ!ほんと、いつもありがとうねぇバタケ!」
そして施しを受けた深町といえば、お母さま気質をほんの少しだけ離れた満面の笑みを放っている。洋輔の気遣いがよっぽどうれしいものであったようだ。
それもそのはず。深町の『バタケ』呼びからも察しが付くように、洋輔と深町の関わりはそれなりに長いものらしい。その長い関わりの中で、さっきと同様の施しをこれまでもしてきたのだという。昔、今よりもさらに子供な洋輔が緑茶の注がれた水筒を携帯していたのかと想像すると、不気味さも最高潮に達するが。
深町は、そのような洋輔の施しも含めた魅力に惹かれ、ついに――あるとき恋に落ちたんだそう。これは、洋輔以外のクラスメンバーでは有名な話となっている。
「どういたしまして。あっと、そろそろ時間じゃ?」
「えっ?あ、クソ……はァいみんな再集合ッ~!」
同時に、深町の報われなさも有名な話である。彼女としてはもう少し洋輔と会話を共にしていたかっただろうが、ほかでもない洋輔が深町を代表としての仕事へと仕向けさせた。仕方のないことではあるが、深町は歯がゆさのあまりストレスが積み重なってキレかかっている母親のようになってしまった。足音が大きいこと。
「深町さんどうしたのかな?」
黒板へと戻っていく深町を目にして、洋輔はまたしても肩をすくめる。バタケとは対照的に距離感を感じさせる『深町さん』呼びと、洋輔の甚だしいまでのタイミングの悪さ、というか良さ。ひなたおかーさんのなんとふびんなことでしょう。
「ふぅ……危うく死ぬところだった」
「社会的にはもう死んでいるから安心しなはれ」
「社会的死はそうだとしてもそれにどう安心しろってんだ南原篤哉よォ」
目をかっぴらいて起き上がった弥が訴えてきた。これだけの力説を生で唱えることができるのならフィジカル・メンタルともに問題なさそうだ。
「それで深町はま~たナチュラル洋輔に敗北してしまったんか」
そして弥は、身体を俺の耳元に軽く寄せて他には聞こえないくらいの小声でささやく。一応お母さまを気遣ってのことか。
「そのようだな。これは洋輔が悪すぎる。いつまで経っても何の成果も得られなそうだな」
「みなまで言うなって篤哉」
表向き俺の過言を諭す弥ではあるが、その眼と声色は吹き出しそうになっているのを抑えられていない。
「まぁ、もう一組こんな感じの男女を身近で俺は見てっからな。より深町が不憫でならねぇなぁ」
「ほう?洋輔みたいな空気読めてるんだか読めてないんだかわからないのがもう一人。この学校軽くイカれてるな」
恋路に苦心する少女が幼なじみのまわりで二組いるというこの事実。1匹見たら30匹はいるアイツみたいに、学校中にいるんではなかろうか。これは少年側の少女気遣いのクオリティ向上が求められそうだ。だからといって、俺が関与する理由は当然存在しないが。
「こいつもこいつで救いようがねぇっすね……」
「は?なぜいきなり貶されにゃいかんのだ?」
弥の身体は俺の方を向いている。こいつ『も』という助詞からしても、俺に非難が浴びせられているのは確実。しかし非難されるほどの謂れ・心当たりもない。ついに幼なじみは、精神科通いが決定してしまったらしい。
「もうええ帰れ帰れ。深町のおふくろさんがしびれを切らしそうだぞ」
「ここが俺の机なんだがな」
「おふくろさんは余計だよ高丘くんッ!」
弥の予言通り、深町お母さまはしびれを切らした。なかなか引っ込まない俺に対してではなく、弥に対してだが。ついに一喝された俺たちは、やっとこさ自席に戻っていくのであった。
それにしてもなぜ俺まで救いようがないのだろうか。俺は女子の恋路を遮断するような生き方はしていなし、そもそも恋路なんてものからは遠いはず……いや、もしかしたら遠いなんてことはないのかもしれないが、それを弥が知りうるはずもない。
そうして釈然としないままクラスの議事は進行していって、とんとん拍子でクラス企画のテーマが決定していた。それは男子が浴衣風、女子が袴風の衣装を着て和菓子と緑茶を提供する喫茶店、である。
これ、最初に弥が悪ふざけで言ったメイド喫茶に通ずるものなくね?俺は正直にそんなことを思ったが、今度こそ言い逃れできないまま攻撃を受けることは明確であったため、口を固く噤んだ。
いよいよ新章開幕。文芸部含め文化部が一生分の輝きを放つ文化祭編になっていきます!筆も乗って、久しぶりに早めに投稿できました。新章のモチベーションってすごいね。
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