P.027 狂気!部員を蝕む創作意欲!
〈みじめさを実感するモーニングコール〉
合宿3日目朝。24時間前に野獣から人類を守れなかった反省を活かして、私とまりあの同期2人組で穏便に篤哉を起こそうと試みている。
まりあは枕元に寄り添って柔和に声をかける一方、私はその裏で腕組み仁王立ちで起床を促す。こうすれば間違いなくラグナロクは回避される。
「篤哉くん、起きてっ。」
「おぉ~聖母さまぁ~……」
だが、平和と結果は決して共存しない。手を抜いて促しても、篤哉は一向にベッドから立ち上がろうとしない。腕を目元に当てて、惰性で戯言を言い放つのみである。
「イエスのお母さんじゃないわよ。ほら、起きなさい篤哉。」
「なんかまっさらな壁がしゃべっとるぅ~……」
「光ちゃんっ、抑えて!」
「くっ……攻撃したら混沌渦巻くのをいいことに好き放題言いよって……」
戯言の中にはあからさまに私に的を絞って口撃してくるものもある。それは私の腹わたを煮えくり返させるにはあまりにも十分なもので、拳と脚、一緒くたになって振るいそうになる。すんでのところで足元のまりあが制止してくれるが……今にもリミッターが外れそうだ。
拳を力の限り丸めて、歯をこれでもかと食いしばって、耐える。一番の地雷原は私自身であると感じて、あとはまりあに任せることにした。
※
「ねっ、む。」
ようやく篤哉がベッドから身体を起こした。腰かけて、摩擦係数高そうに腕で両目を擦っている。
そんな篤哉に、まりあはしゃがんで、かつ上目遣いであれこれと問いかける。
「昨日夜更かししちゃったの?」
「ん……まぁ、ちょっとな。」
「もう、早く寝ないとダメだよ?いくら朝が弱くても、早めに寝れば変わるはずだからさ。」
「い、以後気を付けます……」
プンスカという効果音が聞こえそうになりながら天使さまは正論を投げかけ、一方の篤哉は委縮している。いつもタジタジにさせられてしまう相手から優しくありながらもお叱りを受けるというのは、男からすればみっともなくて気まずさこの上ないことだろう。それも相手は同じ部活の同期女子。
だが一応…………私は密かにまりあをライバルとして見ている。篤哉のあこがれであろう天使さまが愛のムチを振るうのならば、幼なじみで想い人の私は助け舟を出してやろう。そんな、親心にも似たお節介で不可思議な感情を抱くのであった。
「まぁまりあ、こいつ昔からいくら寝ても寝覚め悪いのよ。そこを正そうとしてもムダってものだからさ、その辺でね?」
「ひ、光ちゃん……そんな……」
「えっ?」
なぜかまりあから驚きの面持ちを向けられてしまう。おまけに両手で口元を覆っている姿は、さながら年収の低さに慄いている人間のようだ。それほど、私が篤哉を擁護することが奇異なのだろうか。
………………確かに、それは私自身否めない。恋情の裏返しで常に何かと強く当たってしまうのは自分でも理解している。それが比較的態度を軟化させたとすれば、違和感を抱かれるのも至極当然のことか。
「えっ……なんだ光、頭狂ったんか……?」
「ペーストにして殺す。」
「おいやめ、そんな怒るなってというかペーストって炒飯に入れるとうまくな、アァッー!」
こうしてまた、何気ない篤哉のからかいが、私に罪をひとつ重ねさせた。何某かの格闘技のタイトルホルダーも驚きであろう端正なハイキックをヤツの顎にお見舞いしていく。悲痛な叫びとともに、再び仰向けで伸びてしまった。
どうして………………ヤツの揶揄を軽く流せずにこういうことしかできないのかな、私。どうして戦闘力がアップしてしまうのか。
いい加減に、幼なじみの付き合いのノリから抜け出したいところだ。
〈狂気!部員を蝕む創作意欲!〉
「いってぇなオイ……今回ばかりは顎が砕けたかと思ったぞコノヤロー。」
「そういって、やっぱり砕けてないじゃない。人間の骨は案外丈夫だから私のへなちょこキックでどうにかなるものでもないわよ。」
「どこがへなちょこだ200字以内で述べてみやがれ。」
「私は光ちゃんと篤哉くんに心が砕けそうだよ……」
光の強烈な一撃で俺の脳内は完全に覚醒した。今ならなんでもできる。そんな自信があふれてくるほど、視界は良好、思考は明快、足取り確か。やはりヤツの足蹴はへなちょことかで片付けてよいものではない。対物ライフルだ。世界最強の拳銃・M500だ。
それでも光は不服なようで。背後からぶつくさとつぶやく声が聞こえる。しかしなにゆえまりあが呆れているのかは承知していない。なぜ?
「おっと。みんな、おはよう。」
「「おはようございます」」
気持ちの上で頭を抱えていると、ダイニングのテーブル前で立ち尽くしている部長と視線がかち合った。
昨日―正確には今日のことであるが、寝る前にいろんな部長の姿を垣間見た。あまりにも多種多様な姿であったから、今思い返してみれば、正直信じられない、情報処理が追い付かない。精神年齢が若干低めの姿とか、俺に負ぶられる姿とかは特に。
だが、こうして目の前に全形を見せる現在の部長は、脚の関節に大判の絆創膏を張り付けている以外はいつも通りの変わらない姿である。ちっぽけでありながら堂々たる立ち振る舞い。他の存在にけが人とは思わせない。
とどのつまりは実家のような安心感・安定感というわけだだ。だから、不思議とばつの悪さや気まずさを感じることはなかった。しっかりと、今ここにいる部長を見据えられている。
「どうも、おはようございます。」
口どもることもなく、人としての当たり前のルーティンを遂行できている。おまけに部長の方も、昨夜のことを追及しようとする様子は見受けられない。ほかのメンバーに怪しまれることのない、普遍的なイチ部長とイチ部員という関係性がただただ広がっているのだ。
なんと快適な朝だろう。
「うん。みんな快調のようだね。さぁ、まずはこれを飲むといい。」
ダイニングにやってきた3人に視線を配ると、部長はその次にテーブル上の手のひらをかざした。そこには6つの紙コップが鎮座している。個数からして文芸部全員分のものであろう。だが、なぜかサイズは異様に小さい。
「それじゃあいただき―ってすくなっ?」
光が先陣を切ってテーブルまで駆け寄ったが、瞬間驚嘆の声を上げた。俺とまりあもワンテンポ遅れて駆け寄り、コップのもとに目を遣る。2つは空であり、残っているカップのその中身は、確かに少ない。透明な液体が目測で20ml程度注がれているというものであった。寝起き一発目の水分補給としてはいささか粗末がすぎる……
「部長、本当にこれで合ってます?」
この有り様を見て、内心一昨日の咲柚さんから話してもらったエピソードがフラッシュバックしてきた。もはや飲料の提供すらもままならないのかと、これまでになく猜疑心が溢れかえっている。
「あぁ問題ない。ちょっとしたジュースみたいなものなんだが、元々の量がそれほど多くなくてね。」
「本当だ。確かに甘い匂いがします。」
「まぁ、そうだけど……」
同期女子たちはコップを鼻元に寄せて液体のにおいを嗅いでいる。本来だったら、鼻に直接当ててにおいを嗅ぐというのは理科を少しでも学んだことがある人間であれば禁忌であると理解しているはずであるが、女子たちは好奇心の方が勝ってしまったらしい。不審そうに見つめる光ですらもスンスンとにおいを感じている。
俺としても、年長者から差し出されたもので、かつ身体に害が無いのであれば口にするほかない。部長の厚意を甘んじて受け入れ……たいのだが、それ以上に現在進行形で気にかかることがある。
「というか、咲柚さんと風芽さんも起きてたんですね。もう執筆ですか?学習タイムはいいんですか?」
ダイニングの向かいのリビングルームでは2年生の2人がパソコンを見つめているということだ。ここにやってきたとき、あまりにもこじんまりと、ひっそりと、しかし噛り付くようにキーボード操作をしていたから、なんとなく声掛けが躊躇われた。
そしてたった今、躊躇われたそれをしてみたが、無視されてしまったようだ。俺の問いかけの声が小さかった?いや、2人の距離からでも十分に聞こえるはずだ。ならば、俺が2年生2人組の不興を買うようなことをしてしまったから?これも、考えられない。少なくとも寛容な心の持ち主である風芽さんは不愉快を感じても相手をシカトするような人ではない。
なにより不思議、というより訳がわからないのは、2人とも口角を上げて不敵な笑みをささやかに浮かべているということである。何も言わずただ怪しげな微笑みでパソコンに固く張り付く様子は、ある種の狂気を感じる。
「あの、部長。2年生2人はどう―」
事の成り行きを尋ねるために部長のいる方へ振り向こうとしたが、それと同時にコトッという軽やかな打撃音が響いた。
フローリングの上には、ふたつの空の紙コップが横向きに落下していた。それらは、光とまりあのものである。
そして―カップのみならず、2人も床に膝をついた。
「え、おい、どうしたんだ?」
緊急事態であることは明白である。無論、しゃがみ寄り添って状況確認を行う。
「はぅ、なんか力が入らない、っん……なにこれ……」
「頭が熱いよぉ……視界がふわふわするぅ……篤哉くん、助け……」
意識がもうろうとしているようで、さらには発する声がいちいち艶めかしい。まるで…………媚薬でも摂取したような症状だ。普通なら興奮せずにはいられない状況なのだろうが、あまりにも唐突で、しかも重症とくればそんな気には到底なれない。
待てよ、媚薬?
2人のそばに横たわっている紙コップに視線が向く。空ということは、2人がすでに中の液体を飲んだということになる。そして、飲んでからすぐにこの熱さや脱力感に2人は苛まれている。
真相は、誰がどう見ても明白である。俺の右手のカップもすぐにテーブルに置いて手放す。
「部長!あんた何飲ませて―」
立ち上がり、犯人に違いない人物……星谷梨子容疑者を問い詰める。だが、彼女は瞳の輝きを失っていて、言葉に詰まる。
ただ、誠実に答える意欲はあるようで。
「心配ない南原君。媚薬なんて女子の敵ともいえるものを私の手で飲ませるわけがなかろう?」
この部長もまた、2年生2人のように怪しげでささやかな微笑みをこちらに見せつける。目のハイライトは抹消されているが。
「私が飲ませたのはね、私たちの持つ創作意欲を極限まで引き出す、文芸部秘伝のドリンクなのだよ。」
「ドリンクって、冗談言わないでくださいよ!いやもうなにがどのように冗談か自分でもわからないですけど、これは明らかに媚薬の症状でしょう!」
「それだったらじきに収まるから問題ない。何かを書きたくてしょうがない気分が次第に現れてくる。楠見くんや椛島くんを見てもそうだろう……?」
「なっ………………」
部長の言うことには、整合性が見て取れる。だから言葉に詰まる。
テーブルの上の空のカップはふたつ。先輩たちが飲んだものということになる。それに、今パソコンと向き合っている先輩たちは、驚異的な、裏を返すと狂気的な集中力を発揮している。悔しいが、液体の効能は部長の証言通りということだ。
「これ、頭が熱いとまりあが言ったということは、脳にもはたらきかけがされてるってことですよね。こんなもの飲んで、悪影響はないんですか?」
「確かに行われてはいるが、致命的なものでは決してないさ。まぁ、唯一あるとすれば、摂取することで愉悦を感じてまた飲みたくなるということくらいかな。これを飲んで執筆すると、本当に楽しい。ハッピーだ!」
ハイライトを失くした部長の微笑みが、次は狂気的な笑顔に変わる。
「………………それじゃあ、ただの麻薬とか合法ドラッグなんかと変わりありませんね。こんなもの、やめましょう?」
俺は文芸部員ではあっても、あくまでひとりの善良な市民。無色透明な実質麻薬に手を染めるほど堕ちてはいない。だから、部長の穏やかな説得に努める。
………………多分、聞く耳など持っていないことだろうが。
「そうかい……代々築き上げてきたものに賛同できないと。残念だね……」
「な、なんのつもりですか部長。」
案の定、説得に応じる心づもりは無いらしい。そんな部長は目元を暗くして、悠然とした足取りでこちらに向かってくる。
「石川くん、本荘くん。彼を抑えてくれ。」
「は……?」
歩みをこちらに進めながら、部長は俺の背後に呼びかける。後ろにはうずくまっているはずの同期たちがいたはずであったが……
すでに、デキあがっていた。
ドリンクの効能が十分に現れたのだろう。2人とも何も喋らない上、不気味な表情をして棒立ちになっている。間違いなく、先輩たちと同じ様になっている。
そんな2人は部長の問いかけに行動で応えた。俺を取り押さえるという形で……!
「バカッ、やめ!って力つよっ?」
それぞれ同期が両腕を固くホールドする。なぜかあまりにも固く、男の全力をもってしても解けそうにない。さらに力ない視線が、俺の精神を委縮させる。
「そうだ。身体強化と心理掌握のオプションつきなのだよ。そして掌握の権限があるのは部長である私だ……」
「どの世界線のアイテムだッ!……クッソ、これほどまでに喜べないオプションは初めてですよ!」
「喜べなくて結構だ。なぜなら、摂取した者にとっては喜ばしいことだからね……!」
「あぁっ!もうおしまいだッ!」
もう打つ手なしと悟って、嘆きを含蓄した悪態をつく。いや、口先では諦観を表していても、思考の上では絶対に屈服したくない。無表情で女子2人にがっちりホールドされているという役満な状況だとしてもだ。むしろ逃れたい!そう思ってもがいて足掻くのだが………………身体強化とやらがあまりにも悪質だ。
「そう暴れるな、南原君……これをひと口ぐいっと飲めばすべて受け入れられる。さぁ、口を開いたまえ。拘束されては自分で飲めないだろう。私の手でコップから口へ直接垂らしてあげよう。」
「へっ、そう言われて誰が開きますか!そんな法の抜け穴突いた麻薬には手を染めねぇ!俺を両手に花の形で辱めたいならそれでいい!そんなことずっとは無理でしょうがね!」
洋画に出てきそうな小物キャラのような捨て台詞であると、自分でも痛いほど感じる。動きはすでに封じられているから、より一層終末のようだ。
そんな捨て台詞をよそに、部長の顔は一瞬にして強張っていく。闇に染まっていく。
「ならば………………こんな野蛮なマネはしたくなかったが、致し方ない。実力行使に移るまでだ。」
「ふぇ?」
野蛮とか実力行使とか、不穏な単語を感知したと同時に間抜けな声が漏れ出てしまう。そして、部長はカップを持った腕を振りかざして……
決して関わりを持ちたくない液体が、顔面にぶちまけられた。
なんとも甘い匂いだ。トロピカルフルーツが熟れ切ったような、虫が寄り付きそうな強烈な甘さだ。
その様は、液が白濁していて、かつ俺の生物学的性別が逆であったら性的消費の格好の的に……いや、そんな場合じゃないッ!
「なにしてくれるんですか!」
「言ったろう?自分から飲まないのなら実力行使に移すと。それに対して後出しジャンケン的に不平を言われても……契約の不履行ってものだ。」
平気な顔して頭のネジが外れた発言をする。部長の特質のひとつであるが、こうして顔がずぶぬれの今ほど腹立たしいものはない。
「アホなこと言わないでくださいよ!これのどこが契約です!拘束され1つの選択肢だけで、自由意志の介在する余地なんて1ミリもっ……」
部長の飛躍論理に憤慨を込めて迎撃を仕掛けていると、突如、下半身の力が抜け去った。もはや起立姿勢は保っていられなかった。腕への固い抱擁があるにも関わらず、その場に堕ちてしまう。……液体が、ぶっかけられたはずみでわずかながらに体内へ入ってしまったらしい。
姿勢が保てないだけでなく、頭は茹でられているかのように熱くなってきた。その熱さに悶えているうち、呼吸も荒くなっていく。数分前の同期ズと同じ症状が、発現しているようだ……
「うんっ……、さて、私も調子あげていくとしよう……!」
そして、地から見上げる先では、最後のワンカップを部長が勢いづいて飲み干していた。視界が揺らいでいるが、ふてぶてしいにやけははっきりと視認できる。次第に、部長も意識を制圧されていくだろう。
たった今をもって、まともな人間はいなくなった。俺も含めて。
あとは、狂気的な創作意欲に吞み込まれていくのみだ。
こんなヤクに漬けられて……ごめんよ、父さん母さん妹………………
※
「さっきから真顔だが、やはりお気に召さなかったかね。南原。アルカイックスマイルを忘れるなかれ。」
南原篤哉は、行きの車内と同じく助手席で路面整備の甘さに揺られていた。すぐ後ろでは寺矢茜に見守られながら本荘光と石川まりあが肩を寄せ合い眠りについている。最後部の上級生も眠りかけである。
そんな最中、運転手である寺矢千種は当然のことながら、起きている必要のない南原篤哉までもがよどみなく覚醒している。進む先をただ凝視するだけで、顔色に一切変化が無い。
「真顔じゃなくても古拙の微笑なんてしませんよ。というかむしろ………………」
「むしろ?」
だが担任から声掛けを受けた刹那、南原篤哉の味気ない表情はあっという間にほどけていった。
「あんなに楽しくて充実していたことは学校に通っていて、いや、今まで生きてきた中でもありませんでしたよ!やる気に満ち満ちてましたし、気がつけば文化祭号の作品も9割がた書きあがっている。最高だなんて陳腐な言葉じゃ収まらない………………この上なくッ!いみじくッ!うれしきことなりッ!部長たちもそうでしょうッ!」
「お、おう。まぁ、それだけテンションを上げているならいち教員としても企画した甲斐があったってもんだ?」
あまりの南原篤哉のあまりのギャップに、運転手も意識を奪われそうになるようだ。これ以降、南原篤哉は地元に戻るまで在りし数日間を思い起こしてはエキサイトしていたという。
秘 伝 ド リ ン ク の 効 能 で 。
かくして、3泊4日の文芸部缶詰合宿は幕を閉じた。一応、文化祭のための作品を作り上げるという当初の目標は達成され、このイベントが次世代にも受け継がれるべき根拠がまたひとつ、強固なものになったことだろう…………
逃げちゃダメだの精神でどうにかこうにか27話目書き上げました。(なお、作者はエ〇ァの該当回を未履修の模様) 今回で缶詰編はおしまい。ついに新章スタート………………ではなく、もうちょっと(1話)だけ続くんじゃ。篤哉がとにかくモテるんだなこれがまた。ということで、お楽しみに!
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